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「…………これって、卒論とかですか?」
「修論もあるかな。何十年分あるんだろ」
「すごいですね、先輩たちの論文が詰まってるんだ」
助教専用のデスクの背後のキャビネットには、専攻で保管するための過去の学位論文が収められている。所狭しと詰め込まれた論文の山を理子が眺めていると、丸山がそこから何冊かを取り上げて、表と裏を見返してから、安堵のため息をつく。
「……あー、よかった。ただ順番に重ねられてるだけか。新しい学生さんが自由に見れるように、整理するように言われてるんだよね。年代がぐちゃぐちゃだったら、あやうく過労死するところだった」
「ふふふ、それは困ります」
「あ」
「?」
なにを思いついたのか、丸山がニヤリと意地悪そうに笑う。
「……
「えっ」
「うそうそ。言い方が微妙だったな。浅田さんのことが知りたいならここを探してみれば、ってこと。探すついでに、横に重ねられた論文を、縦に並べ直しておいてもらえると嬉しいけどね」
「……そのくらいなら、いいですよ。先輩方がどんな修論を書かれたのかも知りたいですし」
「なんか無理強いしたみたいで申し訳ないなぁ……ごめんね、適当でいいからさ」
そう言って丸山は両手を合わせて、拝むような格好をした。横のものを縦にするだけで、大した仕事ではないが、そうした単純作業が好きではないのかもしれなかった。
*
「んしょ」
(……理子の理は、いつから整理の理になったんだっけ?……)
丸山が申し訳なさそうに帰宅し、共同研究室に一人残った理子は、積み重ねられた卒論と修論の山から一冊ずつ論文を取り上げて、提出された年度順に端から並べていった。丸山が言っていたとおり、論文は無造作に下から上に重ねられていただけだったから、それほど大変な作業ではなかった。むしろ哲学専攻の卒論や修論がどういうテーマで書かれてきたのかが分かって、これから修論を書く立場の理子にとって得ることが多かった。
論文の表紙で提出年を確認し、題名を見てそのつど「へー」とか「ふうん」と言いながら、理子が論文を並び替え始めてから10分ほどが経ったころだった。
「あっ」
(……もしかして、このひとが「浅田の掟」の浅田さんかなあ?……)
理子が手にした◯◯年提出の修士論文の表紙には、「ニーチェの芸術論」という題名の下に、
(続く)
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