3

「……指、大丈夫なの?」


 おたがいの自己紹介を終えたあとも親指を気にしている如月友香きさらぎともかに、理子が尋ねる。


「……はい、あの、どうかお構いなく」


 お構いなく、というわけにはいかない。理子自身にも経験があるからだ。


 おそらく友香はシャープペンシルを逆さまにノックしたのではないか。無意識にシャープペンシルの芯を出そうとする力がどれほど強いかは、同じミスをしたことがあるひとなら誰もが知っているはずだ。


「血、出てない?」

「……大丈夫です」


 友香は両方の耳を桃色に上気させて、ふたたび本に集中している。


(……本人が大丈夫って言ってるのに、しつこくしない方がいいか……)


 心のなかでかすかなため息をついて、理子も自分のドーナツに集中しようとした。友香のドタバタに気を取られたせいで、理子はまだ「サタド」のオールドファッションの4分の1をかじったにすぎない。


 ガコッ。


 硬いものと硬いものがぶつかったような乾いた音が響く。それからドンッとテーブルになにかを勢いよく置いた音が聞こえた。


 見ると、友香が手で口をふさいで下を向いていて、テーブルに置かれたペットボトルの水面が揺れている。


「……如月さん? どうしたの?」

「…………」


(……さっきの音……もしかして?……)


 理子の問いに答えない友香は、必死でなにかに耐えている様子だ。しばらくして友香は顔を伏せたままペットボトルをつかみ、ゆっくりとふたを開けてから口に運んだ。さすがの理子にもこれと同じ経験はない。


(……この子……ひょっとして、ポンコツ?……)


「ポンコツじゃありません………」


 理子は驚いて眼を見開いた。


「……私、なにも言ってないけど」

「あ、いえ……よく言われるので」

「…そうなの? しっかりしてるように見えるのに」

「………そんな……あ、ドーナツおいしそうですね」

「………あ……うん、おいしいよ」

「………あの……東雲さん………」


 急に友香がもじもじしながら理子の顔を見つめる。


「……ドーナツ……一口もらってもいいですか……さっきから気になっちゃって……」


(……まさか、そのせいでポンコツだったの?……元々そうなのかもしれないけど……)


 理子は残っていた4分の3のドーナツをきっちり半分に割って、全体の8分の3になったドーナツを笑顔で友香に渡した。


(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る