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「うわっ!」
ふたたびリビングのソファに戻った理子は、二階から聞こえてきた良子の叫び声を聞いて一人ほくそ笑んだ。
階段をドタドタと駆け下りてくる音が響いて、リビングのドアがぱっと開く。
「理子! なにこれ! 心臓止まるかと思ったじゃない……」
「ごめんごめん。ほんとに増えるのも面白いかと思って」
良子の手には、理子が子どもの頃に買ってもらった黒猫のぬいぐるみが握られていた。良子が一階のトイレに行っているすきに忍び足で二階に上った理子は、自分の部屋からぬいぐるみを持ち出し、良子の寝室の布団のなかに隠しておいたのだ。
「……あんた、いい年して……冗談は哲学だけにしときなさいよ」
「冗談は哲学だけ? 哲学はいつも本気だよ」
「…………あー、もういいわ、ふぁぁあ」
呆れた心がそのまま口から放たれたようなあくびを残して、良子がリビングを出ていく。
(……ここまでしなくてもよかったかな…………ま、たまにはいっか)
「ねー、キタロー」
理子は専用のベッドで眠るキタローに手を伸ばした。今度は嫌われないように、キタローのしなやかな背中に優しく手を
(ん?……なんだろう)
理子は尻尾の付け根からそう離れていないあたりの毛を、両手でそっと分けてみた。そこにあったのは、乾いたばかりと思われる小さなカサブタだった。
(……ああ……だから帰ってこなかったのかぁ……様子が変なのもきっとそのせいだ)
名誉の負傷かどうかは分からないが、外でほかの猫と喧嘩をした傷跡なのだろう。喧嘩のあと、キタローは物置かどこかに隠れて、傷が癒えるのをじっと待っていたのかもしれない。とりあえず生傷が乾き、さすがにお腹も空いて、ようやく家に帰ってきたとはいえ、本調子と言えるほどの元気が戻らないのは自然なことに違いない。
「もう、キタにゃん…………ケンカしちゃダメっていつも言ってるじゃん。あんたは
卵を持ち上げるような形をした理子の手が、キタローの狭い額をぞわぞわと撫でる。丸くなっているキタローは、眼を閉じたまま前脚をぐぐぐっと伸ばして、舌で鼻先を一、二度ペロペロしたあと、また動かなくなった。
(第三講 終わり)
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