6
「ちょっと待って」
屁理屈娘への落胆から回復した
「いま
「お、お母さんノッてきたじゃん」
「茶化さないでよ。じゃあ、h1とh2が両方抜けたキタローはどうなるの」
「どうなるんだろうね〜、ねえ、
理子は甘ったるい声を出しながら、自分の太もものうえで丸くなったキタローを撫でている。キタローはわずかに薄目を開けただけで、また眠ってしまった。理子が手を動かすたびに、細い毛がふわっとキタローのなめらかな身体から飛び立っていく。
「やめなさいよ、今朝掃除機かけたばっかりなのに」
「ああ、ごめんごめん」
理子はキタローを撫でる手を止めて、少し考える素振りをしてから言った。
「仮にh1からh1000までの1000本だけを考えた場合、それぞれの毛に対して〈ある〉〈ない〉の2通りがあるわけだから、全部掛け合わせて、2の1000乗匹のキタローがいます」
「2の1000乗っていくつよ」
「そんな大きな数を表す言葉、日本語にないんじゃない?」
日本語で最も大きい数の単位は
「でも対数を使えば何ケタかは分かるはず」
理子はスマートフォンで常用対数表を探した。
「えっと、2の常用対数が0.3010だから……10の301乗。てことは302ケタか。大きすぎてイメージ湧かないね。そんなにたくさん、うちに入りきらないよ」
「あんたに付き合ってると頭が痛くなってくるわ……でもさあ」
「うん」
「そもそも毛を区別するからいけないんじゃないの。抜けていく順に1000本を数えていけば、1000通りで済むでしょ」
302ケタのキタローの襲来から逃れる良いアイディアだと思った良子だが、良子がこの推論に至るのがまさに理子の思うつぼだった。
「ふーん……じゃあお母さんはキタローが1000匹いるのは認めるんだ」
理子が不敵な笑みを浮かべて良子の顔を見る。
「あー、やだやだ。もうやめよう。こんな馬鹿馬鹿しい話」
「キタローはどうするの? なんか様子が違うんでしょ。1000匹いたら、そりゃ色々違うだろうね。あ、毛が抜け始める前のキタローも入れて1001匹か」
「もうあんたの話に付き合うのはやめた。違いが分からなければ同じってことでいいわ」
「えっ」
理子は驚いて良子をまじまじと見つめた。
「お母さん、自力でそのことに気づいたの? すごいね……もしかして1000年に一人の天才?」
「なに言ってるのよ…………疲れたから、上で横になってくるわ」
ソファーから腰を上げると、良子はあくびをしながら両腕を伸ばし、背中のコリをほぐした。リビングを出た良子の足音が一階のトイレに向かっていくのを確認した理子は、
「ちょっとごめんね、キタローちゃん」
と、寝ているキタローを静かに持ち上げて、ソファーの隅に設置してある専用のベッドに移動させた。口が顔のほとんどを占めるほどの大あくびをしたキタローは、左、右の順番に前脚を丸めて
(続く)
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