4
「え? ほかに黒猫? いないわよ」
母の
「そうだよね……いたら話題にしてるもんね。気のせいかなあ……」
「変なこと言わないでよ」
良子がふたたびネギの刻み作業に戻る。
「でもお母さんが知らないだけかもよ。近所に別の黒猫がいたりして」
聞こえているのか聞こえていないのか、良子は理子に背を向けたままザクザクと包丁を動かし続けている。
「ねえ、お母さん」
「なに」
「キタローだと思ってて、実は別のネコだったりして。ほかの黒猫とすり替わってるの」
「そんな馬鹿なことないでしょ」
「違う感じがするって言ってたじゃん。違うネコなら違ってて当然じゃん」
良子の返事はない。さきほどのキタローと同じく、諦めの境地に入ったようだった。
「お母さん」
「なに、しつこいわね」
良子が右手に包丁を掴んだまま振り返って、責めるような眼を理子に向ける。
「そんなにネギ
まな板の上では、二人前のうどんの薬味には多すぎる量のネギが輪切りにされていた。
*
うどんをずるりと平らげて食休みをしている理子には見向きもせず、キタローがのしのしとリビングを歩いている。お腹が満たされて窓の外をぼーっと眺めていると、また黒い影が外にちらついて見えた気がした。
「んん?」
食後で
「……あれ、なんだろ?…………ねえ、お母さん」
「ん?」
良子はダイニングテーブルに朝刊を広げて、クロスワードパズルを解いている。
「なにあれ?…………鏡?」
「そうそう。車出すときにさあ、表の道が見えづらいでしょ。自転車ほんと危ないのよ」
理子の家の正面の道路は狭く、塀もあるせいで左右の交通がよく見えない。猛烈なスピードを出して走る自転車や、逆に道の端をスローペースで歩くお年寄りなど、良子は車で外出する際に何度も冷や汗をかく思いをしていた。
「昨日届いたからさ、今朝とりあえずつけてみたんだけど。どうかな?」
「どうかなって……家のなかのネコ映してどうすんのよ!」
「えっ、そうなの? 角度がおかしいんだ。あとで買い物行くときに、運転席から見て調整しようと思ってたのよ。早速直さないと」
「もう〜、紛らわしいことしないでよ……」
理子はすっかり気が抜けて、ソファーにどすんと座りこんだ。キタローは窓際で姿勢を正し、静かに外の景色を眺めている。ネコの一番高貴な姿だ、と理子はほれぼれとキタローの横顔に
(…………でも別のネコだってのは理屈としては成り立つよね……よし、仕返ししよう)
ふふふ、と理子はひそかに口元を緩めた。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます