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久しぶりに降り立った実家の最寄り駅には、早くも暑い夏を予感させる生暖かい風が吹いていた。自宅までは、昔ながらの薬局や
正午前に実家に着いた理子は、部屋に荷物を置くと、すぐにキタローと対面した。対面といっても、キタローの方はいつものようにソファーのうえの定位置で寝ていただけだったが。
「ちょっとちょっと、キタさん」
理子が馴れ馴れしく話しかけながら、丸くなったキタローの首のうしろから尻尾の付け根にかけて、手を背骨に沿わせるようにして繰り返し撫でる。キタローは「んぐ」と声にならない声を出して眼を開けると、ぐぐぐっと前脚を伸ばして、面倒くさそうな顔で理子を睨んだ。
「なんか変なんだって。キタにゃん」
理子は遠慮なしにキタローをごいごいと撫で続けている。キタローは舌を出して鼻の頭をペロペロしたあと、「こりゃだめだ」と言わんばかりに、前脚を枕にしてまた眼を閉じた。
「どう、キタロー?」
母の
「……どうって言われても……なにが違うんだろう?」
「久しぶりだと分かんないのかな」
「かなあ……普通にかわいいけどね」
言いながら理子はまだキタローを撫でている。完全に諦めモードで服従していたキタローだが、あまりにしつこい理子の愛撫にさすがに嫌気がさしたのか、背中で弧を描くように大きく伸びをしてから、すとんとソファーを降りてどこかへ行ってしまった。
「あーあ、嫌われちゃった」
良子が意地悪そうに言う。
「大丈夫だよ。長い付き合いだもん」
「じゃあ分かってもよさそうなのに。なんか元気ない感じしない?」
「うーん……毎日見てるお母さんが言うなら、そうなのかなあ」
理子は首を
ほんの一瞬だった。黒い塊が外をすうっと歩くのが見えたような気がしたのだ。
「ん?」
キタローはいつのまにか戻ってきていて、すたすたとリビングの隅を歩いている。
(……いま庭にキタローがいるように見えたけど……気のせいかな)
ある可能性に理性を刺激された理子は、キッチンで昼食の準備を始めていた良子の背中に向かって大きく声をかけた。
「お母さん……この辺にさあ、ほかにも黒猫いる?」
(続く)
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