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「こちら新しい先生。大道寺くん」
「……はい……はい?」
「ああ、あなたはさっきの。奇遇ですね」
「授業は秋からなんだけど、慣れてもらうために早く来てもらってるんだ」
「今日、
「大丈夫です」
「そしたらあとは大道寺くんが直接、東雲さんの話を聞いてくれる? 共同研究室でいいかな。今日は勉強会とかやってないでしょ」
「分かりました」
理子たちがいる九号館の建物には、教員の個人研究室とは別に、哲学専攻の「共同研究室」がある。共同研究室には、「助教」が在室するほか、哲学専攻の学生たちが授業の合間にやってきては、お喋りをしたり自習をしている。四限以降の、おおむね放課後にあたる時間には、学生が自主的に集まって勉強会をやることもある。
理子は柳井に挨拶をしてから、先に部屋を出た大道寺のうしろをついて、同じ階にある共同研究室に向かった。そのあいだ二人はまったく口を利かなかった。
助教の
「さて」
大道寺は反対側に回り、理子の正面の椅子に座って、テーブルのうえで両手を組み合わせた。
「東雲理子さんでしたっけ。修論のテーマはどうされるんですか」
「……あの……その前に、お聞きしてもいいでしょうか」
「はい、なんでしょう」
「さっき図書館で、『あなたでしたか』って私におっしゃったのは、指導教員のことだったんですね」
「どういうことですか?」
「どうして指導学生が私だって分かったんですか? 哲学やってる女子なんて少ないから、私だと思ったんですか? それとも……あの辞書……」
「えーと、なにを言っているのか、よく分からないんですが」
「だいたい、なんであの辞書使ってたんですか。私が返したばっかりだったのに」
「ああ、それですよ、僕が言ったのは。『辞書を返したのはあなたでしたか』という意味で言ったんですよ」
「……え?」
理子は目をパチパチさせた。
(……やっぱり私のあとをつけてたんだ……それで私が返した『哲学大辞典』をすぐに持ち出して、地下一階に先回り……そのあとそしらぬ顔で「あなたでしたか」って聞いたんだ……私に声をかけるために……どうしよう)
眉間に皺を寄せて黙りこくっている理子を、不思議な笑みを浮かべた大道寺が見つめていた。
(続く)
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