中央への移動は魔列車
目が覚めてから3日目の朝。
相変わらず私の体は回復しきれずにいた。ドラゴン戦では、魔鉱石で死なないように治療したが、体の内部だけで一杯一杯だった。だが、それでも副作用で体力も底上げできたことにより、1日で目が覚められた。今回のダメージも魔鉱石があればどうにかなるのにと思ってしまう。
もう寝たままの検査生活に飽きた。
最近はやたらと検査、検査、検査。
そこまで重大な病気もないのになぜだろうか……。私にはあまり説明のないままなのも腑に落ちない。
親鳥ことサラは、あいかわらず私の手を握っている。目が合うと、「早く治そうね」と満面の笑顔を向けてくれるだけに、『入院生活に飽きた』とは死んでもボードに書けそうにない。
そんなことを考えていたら、エリスが勢いよく入ってきた。
笑顔なのだが、その表情には少し違和感がある。
「今日も仲がいいわね。ちょっと急用が入ったから、中央へ移動することになったわ」
「え? でも、ククルちゃんはもう大丈夫なんですか? 移動はククルちゃんの体調が戻ってからって言っていましたけど……」
「ごめんなさいね……。移動してからの治療になるわね」
そうエリスが口にして、私の方を見る。
私はすかさずボードに文字を書く。
『行こう!』
最高のタイミングで、この言葉を書くことができた。
この退屈な治療ともおさらばだ。魔鉱石が回収されてなければ、サラがまだ持っているはずだ。かなり劣化しているだろうが、それを使ってサクッと回復したい。
しかし、その光景をエリスたちに見つかることはできない。
魔女であることを隠さなければならない。最善の注意を払わなければ……。
私がそんなことを思っていると、ポイポイっと病院着から着替えさせられて、荷物のようにエリスに抱えられ車椅子へと乗せられる。
エリスの荷物なども車椅子の横に引っ掛けられて、そのまま勢いよく病院を出て街の北へと向かった。
サラも私たちの後ろをついて来る。
エリスの早歩きでの移動はとてもスリルがある。周りの景色をゆっくりと眺めていたいが、そうはできなさそうだ。通り過ぎていく街並みを見ていると、近代的な建造物と古い建造物が混ざり合う街なのだということがわかる。
レンガで作られた6階建ての古い建物のようなものや、真新しい卵のようなオブジェ型の12階建て建物もある。どのようにして建てられたのか、詳しく聞きたくなるほどの建物が多数存在する。
爽快なスピードで進むため、外の風は心地よい。
今の私の格好は、黒のワンピースとその上に白のカーディガンも羽織っている。
昨日、エリスからいただいた物だ。なんとも動きにくそうなフリルが付いているが、意外とそうでもない。肌触りは、シルクのような心地よさ。私は、このような物を今まで着たことがない。高級品なのではないだろうかと錯覚してしまい、私は高そうだから安いのでいいとボードに書いたら、エリスに泣かれた。
ついでに、サラにも涙目でなぜか頭を撫でられた。
これは一般的な生地らしい……。
私が彷徨っていた700年で、洋服の素材はかなりの進化したのだなと思う。
頬ずりしたくなる代物。いい、凄くいい……。一式上から下まで揃えてもらって、なんと2000リラ。
知っている価値で、宿屋に一泊二食付きより少し安い値段だ。当時は1日どのような劣悪な労働をしても、1万リラは貰えるのだから格安にも程がある。
サラの洋服は、私と逆で白のワンピースに黒のカーディガンだ。2人横並びになると、姉妹なのではないかと思わせる。
病院での周りの反応はとてもよかった。サラと横並びして話をしていたら、他の職員が微笑ましいといった表情で見つめてくる。少し恥ずかしかったが、嫌な気分ではない。
そんなことを思っていると、目的地に到着する。
目の前にはレトロなターミナルがある。レンガとよくわからない鉱石で作られてあるようだ。
内部に入るとそこには人が大勢いた。
「中央行きの魔列車は7時に出発です。あと30分で発車いたします。チケットを購入される方は、あちらへどうぞ」
駅員がそう大勢の客に対して大声で伝える。
皆大きなバックを持っている。家族連れや軍人などさまざまな者たちはチケットを購入するために移動していく。
人の流れが通り過ぎると、目の前には古い先頭車両が現れた。
「ククルちゃん! 凄いよ! 魔列車だよ♪」
サラは真っ黒な鉄の固まりを見てはしゃぐ。
私は車椅子の肘掛けに頬杖を突きながら、『そうだね』とボードをサラへと向けて魔列車を見つめる。これもまだ存在しているのかと思いながら。
陸路の長距離移動を可能にした魔道具の1つ。私が作った術式は、まだ健在なのだろうか……。
残りの空路と海路も残っていればあるだろう。かなり高度な術式で動かしているため、整備が大変なはずだ。
技師はこれを700年間ずっと整備し続けたのだろうか。
もしくは、新たに手を加えているのだろうか。
気になるなと私は思いながら、魔列車を見つめる。
「あ、いらっしゃいました! エリス中佐! こちらですよぉ~」
騒がしいターミナル内でもよく聞こえる声で、私たちを呼ぶ軍人を2人発見する。
この2人は顔見知りだ。ここ3日間の入院しているときに私の病室に来たりしていた。あと、その中でエリスは軍の中佐だったことを聞いて、私とサラは名前で軽く呼んでいたことに頭を下げたのは別の話。
大きな声で私たちを呼んでいるのはティナ伍長。
種族はヒューマン。ちょっとおせっかい焼きだけどいい人だ。茶髪でミディアムヘアの髪の毛をポニーテールにしている。現在、国家魔導術師試験で一杯一杯になっているようだ。
私が見る限り、素質はあると思うが術式においては凝り固まった古典魔導書を引用している。新たな物を作るにはかなり苦労するだろう。ちらっとだけ、その研究を見せてもらった。
ティナは私にはわからないだろうけど、興味を持つのはいいことだよと言ってきた。そして、得意げに話をしてくれる姿は、本当に魔法が好きなのが伝わってくる。
私にも、そのようなころがあったなと思いながら、懐かしい気持ちがした。
その横で、溜め息を吐いているのがグレゴリー少尉。
黒髪短髪の好青年。誰にでも平等だと高らかに宣言されたちょっと変わった人でもある。だが、小さなことにもよく気が付き、いろいろな手続きをエリスが言う前に取り付けている辺り、頭のキレる人物である。
長年いろんな人物と会ってきたため、そういった雰囲気を読み取れる。
2人はエリスの部下で、本当は私の体調が戻り次第レジデンス連合国の中央へと行く予定であった。
だが、何らかのトラブルが発生したのだろう。
先ほどはあまり深く考えなかったが、アルダール帝国の密偵が動きを見せたのかと思う。そうだとすれば、長いはできない。私はどうにかできるだろうが、サラは自衛できるか不安が残る。
いや、現時点で私は魔鉱石を持っていないので、大掛かりな魔法は使えない。
使えるのは自身の魔力での執行を余儀なくされるため、無駄遣いはできない。
もどかしい……。
そんなことを考えていると、ティナが私の車椅子をエリスから交代した。
「エリス中佐、これを」
グレゴリーが人数分のチケットをエリスに渡す。
「仕事が早くて助かるわ」
「いえいえ」
軽く笑みを見せて直ぐに引き締めるグレゴリーは、私の方を見て苦笑いを浮かべた。
なぜそのような顔をするのやらと思いながら、私はサラに服を引っ張られて魔列車の方を見る。
「ククルちゃん、大きいよ! どうやって動いてるんだろうね」
『わからないけど、凄そうね』
「エストル王国の魔列車はもう1車両しかないから、軍事用でしか使われてないの。まさか、乗れることになるとは夢にも思わなかったよ」
サラはワクワクが止まらないという感じだ。
もの凄く興奮しているのが見てわかる。乗車までにまだ時間がかかるようだ。
私はいろいろと周りを見ていると、魔列車の整備技師たちに目がいく。
「どうだ? ちゃんとチェックは終わったか?」
「イングリッド技師局長、システムおよび点検オールオッケイです」
「燃料の補充も十分か確認したか? 今回は荒れるかもしれないから、余分に積んどけよ」
「了解!」
バインダーに細かい項目が書かれているのを1つ1つチェックしているようだ。
イングリッドという者は、白い髭を生やした男で、現在腕を組んで魔列車を見つめていた。
技師が燃料も積み込み完了と伝えたら、イングリッドは魔列車の紋章に手を触れて小さく祈る。
「よーし、野郎ども! 機材積んで俺らも乗り込むぞ!」
「「「「了解!」」」」
そう気合いの入った声を上げたら、一気に技師たち専用の車両へと乗り込んでいった。
ちゃんと整備され、大切に扱われていることに私は少し嬉しくなる。そんな私の目線に気がついたのか、イングリッドはニカッといい笑顔を私に見せてきた。
そして、そのまま技師専用列車へと乗り込んだ。
「ク、ククルちゃん、知り合い?」
『知らない人』
サラもあのニカッとしたいい笑顔を目撃したのだろう。
ちょっと困惑するのは仕方がない。
そして、私たちが乗車できる時間になった。
私たちは乗車して内部にはいる。客室車両は、昔よりも広々としていた。内装をいろいろと弄ってある。
魔列車は18両編成の全席指定席。
約1300人が1回で乗れる。
私たちは2番目の客室車両から乗車して、席の上にある荷物棚に荷物を載せて皆席に着く。3列シートと2列シートに分かれていて、2列シートに私とサラが座る。
窓際にサラを行かせたが、申し訳なさそうな表情をしていたため、『移動しやすいからこっちでいい』とボードに書くとわかったと返事が返ってきた。
私は車椅子から座席に移動し、ふかふかの椅子に大変満足だ。サラも同じで、ふかふかの椅子に体を沈めてとろんとした表情になっていた。互いに同じような感想に見つめ合って、くすくすと笑う。
そんな私たちを微笑ましそうに見つめてくるエリスたち。
ジロジロ見られると、ちょっと恥ずかしいな……。
そんなことを思いながらも魔列車は定時になり出発した。
ほとんど揺れもなく、どんどんスピードが上がっていく。サラが窓際のため、外の過ぎ去っていく景色に釘付け状態だ。
最高時速は直線で165キロメートルまで出る。
私の知っている最高の状態でだが。
ゆるりとしたカーブに入ると、サラは私の方をキラキラした目で外を見てといった感じで手招きする。
私も外を見ると、先頭車両の下をサラは指差す。
「凄いよ! レールが走る先にどんどんできてるよ♪」
大はしゃぎなサラを見ながら、私はくすくすと笑う。
この大陸には魔物がはびこる。そのため、決まったレールを作ることが困難。作っても壊されたり、整備するにも危険が伴う。だから、魔法でレールを作って走る魔列車を開発した。
目的地まで十数個のルートを記憶させられるので、何かしらの災害があっても他のルートを使って目的地までいくことも可能としている。
そして魔物がルート上にいても、魔列車から放たれる魔物が嫌う周波を出すので必ず避けてくれる安心仕様。それに、この車両自体に魔法キャンセラーの効果が発動しているため、車内での魔法の執行はできない。
よくもまぁ、こんな大掛かりな術式を使った代物を作ったなと思う。
700年以上前に、いろんなところへ簡単に行ける画期的な乗り物を作って欲しいと依頼された。
要は陸路の開拓だ。当時は馬車が主流だったので、この魔列車はかなりの発展だったと思う。人々は大陸のいろんなところへこれで移動でき、気軽に旅行を楽しめる。
一回で1000人単位が移動できるのだから大発明だ。しかし、こいつの使い道は戦場への物資を運ぶために使われた。
そんなことのために作ったわけではないのに……。
嫌なことを思い出してしまい、私は首を左右に振って忘れる。
今、このように気軽に魔列車を使用してもらっているのだから、これが私の思い描いていた本来の使い方だ。これがずっと続けばいいなと思う。
車内ではしゃぐ子供たちに目を向けながら、中央まで約7時間の旅をのんびりと楽しもうと思うのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
4両目の客室車両。
アタッシュケースから資料を取り出し、それを見る女性ヒューマンと男性エリュシィーの2人組がいる。
資料に載っているのは、ハイヒューマン2人の情報。純血のハイヒューマンと混血のハイヒューマン。
名前は両方とも不明と書かれてある。そっと純血のハイヒューマンの下の空欄を撫でると、そこに新たに文字が浮かび上がる。魔女になりうる知識を持つ、もしくは魔女の可能性がある者。
確保できるなら確保する。
できない場合は、抹殺が今回の任務。
「確保できるなら……確保ねぇ……」
走行の音にかき消されるくらいに小さな声で会話する。
「さっき見たが、ヴィルディー中佐がいたな。魔法キャンセラーを解除しても俺は勝てる自信はないぞ? 怪我とかじゃすまないからね」
「はぁ、面倒な人がいるね……。じゃあ、確保は無理そうだねぇ……」
飲み物を飲み干して外の景色を見つめる女性ヒューマン。
「アヴィス、暗殺でいいかい? 確保なんて下手すると、こっちが危ないしね。それに失敗しても、そのまま俺たちは雲隠れでいいんだし」
「そうね。ジーク、安全第一でいこうか……」
ジークの提案に軽く返事を返したアヴィスは、あまり乗り気ではないといった雰囲気を醸し出す。横目で資料をくしゃくしゃに丸めるジークを見ていると、その資料は手の平でポンッと青白い火とともに跡形もなく消える。
アヴィスは溜め息を吐きつつ、
「ていうか、こっちが本命とは思ってないんでしょ? エストル王国に入った純血のハイヒューマンが本命って聞いているわよ。本当にうちの国は何を怯えているのやら……。ヒューマン至上主義掲げているけど、ここ数年はブレッブレよね。魔女に対してだけど。それに、子供を抹殺するって気分も乗らないわ。間違いなら、その子の人生壊しちゃうんだし……」
「あははは、そんなこと言ってたら粛清ものだよ。気をつけてくれ」
「ん~、了解」
「でも、子供を殺すのは俺も反対かな……。本当は俺も乗り気じゃないしね。まぁ、本部は魔女の可能性があると思ってるみたいだから、エストル側のがハズレていたら面倒ってだけだろうけど。それでも、こっちは確実に失敗することが前提で話が進んでいるのも気に食わないね。ははは、俺らは捨て駒かな?」
少しおちゃらけた感じでジークは言葉を吐く。
だが、その言葉の中には少し怒気が混じっていた。
「あんたも粛清されるわよ。それでなくてもエリュシィー族ってだけで、肩身狭いのはあんたが1番わかってるでしょ。たくもう、上司がバカだから仕方ないか……。けど、もうちょっと考えてほしいよね。潜入してる私たちが危ない目に合うんだから……。あ~、もう顔が割れちゃうから再潜入もできないじゃないの!」
「いいじゃないか、そのあとはのんびりと休暇でも貰おう。今度はエストルで諜報員として動くようになるだろうから、ゆっくり多めに休んでもいいだろうしね」
肘掛けに肘を突いて、ジークはくすりと笑う。
「呑気でいいわね……。せっかく楽しい生活を送ってたのに、もう!」
「ほらほら、そんな顔したら可愛い顔が台無しだよ。いろいろと友達もできて順風満帆だったのを壊すのは気の毒だろうけど、仕方ないよ。」
「うっさい……」
頬を膨らませて、アヴィスは外の景色にまた目を向ける。
「仕方ないよ。命令だからね……」
ジークは何とも言えない表情を浮かべながら、手の平で小型の起動装置を転がす。
「決行はヘーゲル山脈のトンネルでいいかい?」
「そうね、それが最善だと思う。それまで寝とくから、起こしてね」
「はいはい、ゆっくりおやすみ」
「ん~」
ジークは、起動装置をポケットにしまってから本を取り出し、計画実行の時まで待つのであった。
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