目覚めた先はふかふかのベッドと動き出した闇

 ふかふかな手触りの布。

 ほのかに香る花の香料に心が休まる。体の節々に痛みがまだ残っているが、動けないほどではない。ゆっくりと目を開けると、そこは真っ白な部屋の中だった。

 手には誰かが握っている感覚がする。

 目線を手の方へと向けると、そこには可愛らしい女の子がいた。綺麗な艶のある栗色の髪の毛。服は白のワンピースで、どこかのお嬢様なのではないかと思ってしまう。私の手をギュッと握ってはなそうとはしてくれない。

 私の手が動いたことで、その女の子が目を覚ました。

 目は充血していて、今にも泣き出しそうな雰囲気が見て取れる。



「ククルちゃ~~~ん! よかった、よかったよぉ~」



 この可愛らしい女の子はサラだった。

 ここまで綺麗に変わってしまうと、完全に別人だ。今までのサラは、ごわごわとした髪の毛で頬には傷や泥で汚れていたためだ。声を聴くまでまったくわからなかった。

 これは、本人には言わないほうがいいのだろう。

 なんとなく、わからなかったと言ったら、怒られそうな気がしたからだ。抱きついてくるサラを私は宥めながら、この場所はどこなのかを聞きたいと思うが、今はそれどころではないらしい。

 私が苦笑いを浮かべていると、知らない女性が入ってきた。



「あら、賑やかだと思ったら、目が覚めたのね。どう? 痛みとかは感じる?」



 そう聞いてくる女性は、エリュシィー族のようだ。

 女性で髪の毛はロングヘアの白髪。獣耳を生やした綺麗なお姉さんといった感じだ。軍服を着ているところを見ると、軍人だろう。

 私は、軍服のお姉さんに頷く。



「そう、あ、ちょっと待っていてね」



 そう言ったあと、一度部屋から出ていってすぐに戻ってきた。

 手には小さなボードとペンを持ってだ。

 それを私に渡してきた。



「はい、どうぞ。声が出せないと聞いていたから、これがあったほうが会話をしやすいでしょ? 私はエリス・ヴィルディ。レジデンス連合国の軍人よ」



 頼れるお姉さんオーラを全快に出しているエリスに、私はボードに文字を書いていく。



『ありがとう、ヴィルディさん。私はククル』



 そう文字を書いて、エリスに向ける。

 お腹に抱きついたままのサラを私は落ち着くまで頭を撫でながら。



「うふふ、3日も寝ていたから、体がなまっているんじゃない? あと、エリスでいいわよ」

『わかりました。えっと、そんなに寝ていたの?』



 正直、エリスの言葉に私は目を丸くしてしまった。

 まさか、そんなに寝込んでいたとは……。

 私の驚いている顔を見ながら、大丈夫と安心させるようにエリスは言葉を続ける。



「殺傷能力の低い玉だったんだけど、子供に対しては当たりどころが悪いと死んでしまうわ。皮膚が薄いから、玉が皮膚を貫通してほとんどが体内に残ってしまってたの。だから、緊急手術をして全部取り除いたわ。傷のほとんどは魔法で消せたけど、完全にとはいかなかったの。ごめんね、女の子なのに傷を残してしまって」



 エリスの言葉に、私は首を横に振る。

 そこまで手厚い治療をしてもらっただけでもありがたいことだ。だが、そうするからには何かしらの思惑が裏で動いていると相場は決まっている。いつの時代もそうだ。

 だから、聞こえのいい部分だけを聞くのはよろしくない。

 こちらから動かなければ……。



「それと、あなたたちはレジデンス連合国で保護しますから、安心してね」

『対価は、アルダール帝国の採掘場の情報でいい?』



 私がそのように書いてエリスに見せると、表情が笑顔から真面目な雰囲気にゆっくりと変わる。

 私たちが持っている最大限の情報。途切れ途切れだが、最後の記憶の中に石というキーワードがあった。

 それの情報がほしいというのが本音だろう。

 しかし、真面目な顔からエリスは思わず吹き出した。



「うふふ、あなたたちは似た者同士ね。もう本当にね」



 エリスの言葉に、私はつい首を傾げてしまう。



「たしかに、あなた方が持っている採掘場の情報を我々は欲しています。1日でどのくらいの採掘量があるのかだけでもわかれば、計算ができるので。現在、アルダール帝国の新しい採掘場の情報は、完全にシャットアウトされて外からではなかなか情報が手にはいらないんですよ。なので、貴重なんです」

『じゃあ、やっぱり情報がほしいだけでは? 私たちはそのあと用済みになる』

「とんでもない! あなた方の安全は確実に保証しますよ。レジデンス連合国が、アルダール帝国みたいな非道なことをすると思われるのは心外ですね」



 エリスの言葉に、サラもむくりと顔を上げる。



「約束は……守ってください……」

「あははは、そんな涙目で訴えかけないでよ……。私が悪者みたいじゃない。あのね、1つ勘違いをされているようですので、訂正させていただきますね。私たちはあなたたちに何かしらの危害をくわれることはないです。最初から、ククルさんもサラさんも保護する予定でしたからね。まさか、そちらから交渉をふっかけられるとは思いもしませんでしたけど」



 エリスの言葉に、サラは目をぱちくりとさせて固まる。

 エリスは、もう私たちが脱走したことをアルダール帝国から情報を得ていたようだ。だが、こちらへ来るかわからなかったため、国境のアルダール帝国側の街にも何人か潜り込んでいたのだとか。

 しかし、結果的にサラが交渉をしたことでの保護となり、こちらへそのことを伝えられずにいたのだ。

 思わぬ言葉に、私も気が抜けてしまう。

 肩の力が抜けて、私はそのままベッドに倒れ込む。



「あらら、まぁ、疲れが抜けてないでしょうから、もう少し休んでいなさい。用があれば、ベッドの側のボタンを押せば誰かしら来るわ」



 優しい笑みを浮かべたエリスは、そう言ってから部屋から出ていく。

 扉が開いたとき、外にもう2人の軍人がいた。何やら私たちのことを1人の軍人が根掘り葉掘りエリスに聞いているようだったが、エリスが脳天に鉄拳を落としてから去っていった。

 たぶん、あの2人はエリスの部下なのではないかと思う。

 2人きりになった私たちは、どこか気の抜けた表情で笑う。



「えっと、その、私あのとき必死で……」

『私を守ってくれてありがとう』

「そ、そんな……、私なんて、ククルちゃんに助けられてばかりで……。本当なら守ってあげないといけないのに……」

『気持ちだけで嬉しい』

「うぅ……、は、恥ずかしいよ……。でも、次はククルちゃん、絶対に私が守るからね!」



 そういったあと、毛布を顔に当ててサラは顔を隠した。

 そんなサラに、私はワシャワシャと頭を撫でるのであった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



囚われた女性ハイヒューマン視点。



 エストル王国との国境線より1キロメートル離れた荒野。

 そこで、数十人のハイヒューマンたちが囚われていた。皆、首と手に鎖が巻かれている。肉眼ではエストル王国が見える。

 目の前に自由がぶら下がっているのに、そこに届くことはない。



「ふむ……、これで大半は捕まえましたか……ね」



 黒い二頭の獅子の刺繍の入ったローブを身に着けた者がそう呟く。



「名簿は燃やされていて、実際に何人脱走したかはわからないですから、引き続き捜索をします。情報によれば、数人はもうエストル王国に入ったと聞いています」

「なるほど、引き続き調査を続行で……。エストル側に潜んでいる者たちを動かしてもかまわない。それと、念のためレジデンス側の方も潜んでいる者を動かして、様子を見るように」



 部下であろう者にそう告げて、私たちを見る。

 皆、純血のハイヒューマンではない。ハイヒューマンとヒューマンもしくは、エリュシィーとの子ばかり。ハイヒューマンの女性から生まれた子はどの種族からでもかならずハイヒューマンが生まれる。

 エリュシィーもヒューマンも同じだ。

 母体が基礎となる。

 純血以外は、髪の毛の色と目の色が異なるのと魔力において差が生まれる。



「そこのハイヒューマン」

「……」

「正直に話してくれたら……君を開放してあげよう」

「ほ、本当か!?」

「ああ、私は嘘をつかない……。ただ、君じゃなくてもいいんだよ?」



 ローブを身に着けた者がそう口にしたら、他のハイヒューマンたちもざわつきだす。情報を売れば、自由になれる。

 だが、嘘とも考えられる。皆、バカではない。

 ここからは交渉となるのだから、慎重にローブを身に着けた者を私はよく観察した。



「ああ、だが、あちらへ行けるのは1人だけだけどね。早い者勝ちだよ」



 ローブのフードで顔が見えずに、思考を読み取れずに皆どうしたものかと周りのハイヒューマンたちの行動を見ながら、内心焦り始めていた。私もそうだ。早い者勝ちという言葉に正常な思考などとれはしない。

 そして、勇気を振り絞って私は手を上げた。



「わ、私が話します!」



 心臓は異常なほど早く脈打つ。罠かもしれないが、もしも本当に開放してくれるのであれば……。その希望だけを信じて……。



「ほう、君は幸運だ」



 鎖でつながれている拘束具をそのローブを身につけている者が外してくれた。

 それを見た他のハイヒューマンたちは、罠ではなかったのかと思い、あのとき手を上げておけばと後悔の表情を浮かべていた。

 だが、私はそんなことよりも目の前の男に心臓が締め付けられる。

 口元は笑っているのに、どこか怖いのだ。

 そんなことを思っていると、質問が始まる。



「では、始めようか」

「は、はい」

「君は氷塊で固まったドラゴンを見たかい?」

「は、はい、見ました」

「それは……、誰がやった? ここにいる者たちの中にいるかい?」



 ローブを羽織った者は質問を投げかけて、私の答えを待っている。

 魔女となりうる者、もしくは魔女である人物の情報をだ。



「純血のハイヒューマンです。ここには……いません」



 私は、辺りを見回してからそう答える。助けられた身だが、今は自分の命が大事だ。サラたちには悪いと思いながらも答えていく。

 助けに来たサラは、通りすがりの魔法を使う者に助けられたと言っていたが、外の光景を見たら、誰もがあの純血のハイヒューマンがやったと思うのが普通だ。

 体中ボロボロで、目の前のドラゴンと戦っていた痕跡が多々ある。それに、手に持っている石ころは、魔鉱石であることはあの採掘場にいる者なら誰でもわかる。

 出荷するためのコンテナにはただの石ころのみ。血だらけなのに、まだ生きている。いや、回復魔法でも使ったと思うのが正しい。それも、私たちの知らない魔法を使ったのは明白だった。

 私たちが感づいて、魔女になりうるのなら純血のハイヒューマンを殺すことを提案したが、サラの子供とは思えないほどの恐ろしい殺意をぶつけられ、誰もそれ以上彼女たちに関わらなかった。

 あの目は、彼女も魔女になりうるのではないかと皆が思ったはずだ。

 だから、こっちも干渉はせずにそっちはそっちで勝手にしろとなった。

 


「その者はどっちへ行った?」

「え、えっと、私たちとは違う方向からエストル王国に向かっていると思います」

「たしかか?」



 私は少し考えてから頷く。

 それ以外にレジデンス連合国に行くことも可能だが、食料的に見ても難しい。山脈をあの疲労状態で越えるのは自殺行為だ。それに、魔物は襲ってこないが野生の肉食獣はいる。強化魔法でどうにかしていても、それは永遠に続けられるわけではない。

 魔鉱石の魔力を使ってもそうだ。魔力が底をついたら、待っているのは死しかない。

 だから、そう答える。



「最後の質問です。名前は?」

「ご、ごめんなさい。名前は知らないの……」

「そうですか。ふふふ、有益な情報をありがとう」



 そう言葉を発した後、ローブを羽織った者はそっとその女性のハイヒューマンの肩を叩いて「行っていいよ」と耳元で呟く。

 開放されたと、自由を自分の勇気を振り絞ったことにより勝ち取ったと、私はその場からエストル王国へと走っていた。

 他のハイヒューマンたちは悔しそうな表情を浮かべているのが私の視界にはいる。

 私は助かったんだ。やっと自由を掴み取ったんだ。

 本当に開放されたことにより、他のハイヒューマンたちは我もククルたちの情報を売ろうと動きだそうとしているのを尻目に私は荒野を魔力強化して走る。

 目の前にエストル王国の兵が何か叫んでいる。

 でも、そんなことどうでもいい。あの男の心が変わる前にあの安全な地に……。

 そう思った矢先だった。

 私の目の前の光景は、大きな衝撃によって一瞬にしてブラックアウトする。

 息を吸うと、火薬の匂いがほのかに香る。



「え……」

「どういうこと……」

「か、開放すると約束したじゃないか!」



 ハイヒューマンたちの声がかすかに聞こえる。

 視界が少しずつクリアになっていくと、私は地面に横たわっているのだと理解した。体を動かそうとしてもまったく動くことはない。ひんやりとした感覚と痛みが私の体を襲う。指が少し動く。指先に生暖かい水気を感じる。

 目線をどうにか下にしたら、私は絶望した。

 体の下半身を失い、地面に血だまりゆっくりとひろがっていた。

 そして、あの男の言葉が私の耳にも聞こえる。



「おやおや、私はちゃんと開放しましたよ? まさか、あそこに魔地雷があるとは……、不運でしたね。せっかく逃してあげたのに……残念だ」



 あの男の私は知らなかったという言い草に、私はなんて愚かだったのだろうと悔いた。だが、それはもう遅い。自分のことばかりでそれを招いた。あの状況で、思考が麻痺していたのだろう。もう、目の前がぼやけて見える。意識が……遠のく。



「舐めてるのか……」

「舐めてなどいませんよ。まぁ、情報は手に入ったのでよしとしましょう。そうそう、あなたたちは、また採掘場で働いてもらいましょうか。無能で出来損ないは……死ぬまで、ずっと採掘がお似合いですよ」



 そう口にしたあの男は、さぞ恐ろしい顔をしているだろう。


 私は、もう駄目みたい。ごめん……な、さい……。


「さて、有益な情報が手に入りました。皆さん、エストル側を重点的にやりなさい。レジデンスは保険です。そうだった場合のためのね」



 あの男がそう言うと、他の兵たちが何か通信機のような物を取り出して、連絡を取り合っているのだろう。

 私の視界は、そこで真っ暗になってプツリと消えた。

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