目の前の壁はどうにかするもの

 真っ暗な森の中。

 斜面を下っていくが、かなり足場が悪い。

 人間が手をくわえていないため、緑が豊富なのだが体力はかなり持っていかれる。



「ククルちゃん、大丈夫?」



 私を心配そうに見るサラは、少し肩で息をしていた。

 サラに心配ないと頷いてから、身体強化を使用して前へと進む。現在16日を費やし、国境を超えるために獣道を歩いている。普通に考えたら、子供が山を越えるなど無謀とも思える行為だが、私たちハイヒューマンなら可能にできる。

 身体強化を長時間扱えることと、私は初めて知ったがハイヒューマンは魔物に襲われにくいらしい。

 元の時代は普通に襲われていたため、私は倒して進めばいいかと思っていたが、本当に襲われることなく現在に至る。まるで、私たちには興味がないような感じだ。多分、こっちが手を出さなければ襲われることはない。ドラゴンなどもそうなのだろうかと思ったが、私から手を出したためそれは証明できない。

 しかし、野生の肉食獣たちは魔物とは違う。

 それらが、私たちを狙ってくる。襲ってきた奴らは、お肉に変わったのは言うまでもない。新鮮なタンパク源だ。

 私は解体もできるが、まさかサラもできるとは思わなかった。採掘場から持ってきていたナイフで解体して、私たちの栄養源となった。元々持ってきていた食料は3日で底をついていたため、本当にありがたかった。

 しかし、強者と弱者がわかってしまうと、相手も迂闊に攻撃してこなくなる。動物も賢いということだ。貴重な食料を小分けにして、少しずつ食べて今に至る。

 獣道を進んでいると、木々が開けた場所に出た。

 正面には、明かりが灯った大きな街が2つ見える。

 巨大な建造物が、ここからでもはっきりとわかるレベルだ。

 ああ、やっと目的地だ。



「ククルちゃん、国境の街が見えるよ。手前がアルダール帝国の街で、奥がレジデンス連合国の街だよ。でも、どうやってあそこを越えようか……。障壁があるから、あそこの街以外は無理だし……。街の外に人がいるし……。あれって、私たちを探している人たちかな?」



 サラは指を差してそのように言う。

 街の外には複数の人間がうろついている。明かりを灯して、誰かを探しているように見える。街の見張り台から、大きなライトが辺りをくまなく照らしていた。脱走からかなりの日数が経っているため、完全に対処されているようだ。

 サラは悩みながら、こちらへ来るのは失敗だったかと思っているのか、腕を組んでうーんと唸る。

 私は街と街の間をじっと見ていると、時折薄い青色の障壁が出現したり消えたりする。

 絶対に突破できないと言われる魔導障壁。

 これは、まず通り抜けることはできない。両国の国境の街を境に、巨大魔道具で障壁を構築しているためだ。どこまでも続く障壁にはところどころに見張り台が設置されている。

 現在の私たちでは、この場所ではないと通過は難しい。

 他の場所は、沼地や私たちが超えてきた山よりはるかに標高が高いものばかりだからだ。

 私は唸るサラの肩を叩く。



「ん? ククルちゃん、どうしたの? 何かいい方法があるの?」



 ハの字に眉を下げているサラの手のひらに、私は文字を書く。



『障壁に穴を開ける』

「へ? あれに穴が開くの!?」



 サラの言葉に私は頷く。

 大体、あの障壁魔法の製作者は私だ。

 目的地を決めるときに、地図上で領土境界線が昔と変わってないところを見ていたので、まだこちらの障壁が健在なのだろうと思ってこちらを選んだ。700年以上経った今も稼働している魔道具。

 原理とエネルギー供給、術式を知っているのだからそれくらい可能だ。私たちが通り抜けられる小さな穴くらいなら、数秒であれば開けられる。ただ、純度の高い魔鉱石がかなりなくなってしまうし、共鳴して使わなくても劣化するが、それだけの代償で進めるのならそれで構わない。

 私とサラは、街から離れた障壁の前まで急いで進んでいく。

 朝になれば、かなり目立ってしまうからだ。

 捜索している人間を避けつつ、私たちは体を低くして障壁の前までたどり着いた。私は、そっと目の前の壁に手を触れる。触れた部分は、淡い青色に変色する。

 冷たい無機物のような感触。

 大気中に漂う魔素をエネルギーとして動く障壁。厚さは触れた部分だけに2メートルできるようにしてある。

 随時障壁を張れば、大気中の魔素が不足して簡単に壊れてしまうが、こうして一点集中型にしてしまえばそこまでエネルギーを消費しない。大量の軍などが来た場合は、今まで貯めていた魔素を使い完全なる障壁と化す。術式も700年経ってもまったく劣化することはなかったようだ。

 まるで、自分の子供のように思ってしまう。



「ククルちゃん、大丈夫そう?」



 サラは匍匐前進で私の横にきて、コンコンと障壁を叩きながら聞いてくる。

 まったくびくともしないため、不安そうな表情でだ。

 私は頷いてからサラの手のひらに文字を書く。



『合図をしたら前に走る』

「わ、わかった」



 サラからの返事を聞いたあと、私は4つの魔鉱石を取り出す。

 この魔道具である障壁のせいで、少し魔鉱石が劣化してきている。急がないといけないと思い、魔鉱石から魔力を吸い上げた。

 その瞬間、私たちに光が向けられる。私は、魔力反応で察知されたかと舌打ちをした。

 完全に迂闊だった。

 大きなライトで照らされ、十数人もの警備兵たちがこちらへと走ってくる。



「お前ら! 何をしている!」



 大声を上げる警備兵たち。



「ク、ククルちゃん! み、見つかっちゃったよ」



 慌てるサラに、私は焦ってしまう。

 大きく息を吐いて、焦る気持ちを落ち着かせ、4つの魔鉱石を指の間に挟み、それを壁に当ててから術式を描いていく。複数の複雑怪奇な紋章は、触れた障壁の紋章に干渉しだす。

 背後からは、足音がせまるのが聞こえてくるため、集中が途切れそうになる。

 早く! 早く! 早く! そう思っていると背後から魔力反応を感じる。



「頭以外なら、どこでも撃っていい。絶対に殺すな。必ず生け捕りにしろ!」



 男の声が聞こえたあと、銃声が鳴り響く。

 私は条件反射で、サラの手を空いている手で引いて、守るように体で覆う。障壁と干渉している手は動かさずにだ。動かせば、干渉していた魔法は不発する。

 それだけはあってはならない。

 そう思った矢先のことだ。

 脇腹や右足全体に、焼けるような痛みが稲妻のように走り抜ける。



『っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?』



 声にならない痛み、もしも声が出ていたら発狂していただろう。

 目の前の景色が歪み、気が狂いそうになる。

 痛い、痛い、痛い、痛い、いたい……いた……い。



「ククルちゃん!」



 サラは、私の変化に気がついた。

 歯を食いしばってはいるが、喘ぎがサラの耳元に漏れる。守られていることに気がついたのか、サラは私から離れようとする。

 だが、もう少しだけそのままで居て……。もう、終わるから……。

 私の触れている壁がぱちぱちと音をたて、重なり合った紋章が渦を書いて向こう側へと凹んでいく。

 そして、私たちが通れる道を作り出す。私の手が、スーッと壁に埋まっていくのをサラははっきりと見えたのだろう。

 指に挟んだ魔鉱石は、すでに七色の輝きを失って、ただの石ころになって私の手からこぼれ落ちる。

 私は、これ以上動くことができずに、サラの背中にもたれかかる。覆いかぶさっていたため、サラにおんぶされている形になった。私は、痛みに耐えながら、顎でサラに合図する。

 サラはそれが合図だとわかったのか、私をおんぶした状態で壁に突っ込む。

 しかし、私たちが動いたことから、また銃声が鳴り響く。

 私の背中にまた数発の銃弾を受けて、荒い吐息が漏れる。

 痛みというより、もう体の感覚がなくなってきている。



「くぅぁあああああああああああ……、あっ、ぁ……、い、いたぃ……くぅっ」



 意識が朦朧とする中、サラがそう叫んだあと私は地面を転がった。

 視界に、横たわってふとももを押さえているサラの姿が見える。

 サラにも銃弾が命中して、そのまま転げてしまったのだろう。だが、転げたおかげで障壁の向こう側へと抜けられた。障壁の途中で止まっていたら、大惨事ではすまない。互いにぺちゃんこになるところだった。

 銃声は未だに鳴り響いているが、もう障壁の穴は塞がっているようだ。

 ぼんやりと歪む景色の中で、アルダール帝国側の兵たちの表情が見える。

 驚きを隠せないといった顔だった。

 私たちが通り抜けたところをしきりに触っているが、そこには壁しかない。

 眼の前に私たちが倒れているのに、手出しがこれ以上できないことにかなりご立腹のようだ。



『悔しかったらこっちに来てみろ……』



 私はそう心で叫んだ。

 レジデンス連合国側から先ほどの騒ぎで、人がこちらへと向かってくるのがわかる。光がちらちらと見えるからだ。

 あれだけの銃声が鳴り響いて、出てこないわけがない。

 私はサラの下まで移動して、そこで力尽きる。もう、指1本動かない。

 それに、血を流しすぎた。

 意識が真っ暗に染まっていく中で、連合国側の兵たちの声とサラの声が途切れ途切れに聞こえる。



「お……ます。クク……た……て」

「ここ……ともう……だ」

「わた……は……脱……きたの……石……を持ってる……だ……て」



 私はそれ以上意識を保てずに、そのまま暗闇の中へと吸い込まれるように意識を失った。

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