始まりの魔女の力

 飛び出した体は、妙に軽かった。

 ドラゴンの背後で3つの魔鉱石をポケットから取り出し、私は限界ギリギリまでの魔力を抽出して魔法を執行した。



『頭を穿け! ロック・ブラスト!』



 ドラゴンがサラに向けて火球を吐く直前に、ドラゴンの顎元を轟音とともに上へと打ち上げる。

 それも凄まじいスピードでだ。土の中級魔法に分類されるため、無効化はできなかったようだ。ドラゴンは、口に貯めていた火球が強制的に口を閉じさせられて、口内でもの凄い音を立てて爆発した。

 口から皮膚の焼けた匂いを漂わせながら、標的がこちらへと変わる。



「ク、ククルちゃん……」



 涙声で私を呼ぶが、今はそれに答えていられない。

 目の前の敵をどう撃退するかで、頭のキャパシティが一杯一杯なのだから。ドラゴンもそうだろう。口に入れていた魔鉱石も先ほどのアッパーで、粉々に砕け散ってしまっていた。口の中に砕けた魔鉱石が突き刺さってドクドクと血が流れている。

 痛いというものではないだろう。私が憎いだろう。その憎悪で、周りが見えなくなってくれたほうが助かる。攻撃が単調になるからだ。

 だが、こいつは賢いようだ。

 雑魚の私にさえ確実に殺せるように狩りをしてくる。

 空中に飛んでくれればいいのに、飛ぶ気配はない。飛べば有利と考えるはずが、私が魔法を使ったから、それを打たせないために接近戦を仕掛けてくる。

 よわった……、残り魔鉱石は6個。

 これでどうにかしたいのだが、難しそうだ。奴は尻尾を使って、私ごとなぎ倒そうとする。辺りの木々は、それで根本から引っこ抜かれて、粉々に砕け散りながら死体などに突き刺さる。

 一発でも当たればゲームオーバー。

 尻尾の攻撃を私は躱すだけでも風の魔法を使う羽目になり、また1つ消費する。下級の風魔法を体に纏わせ、できるかぎり消費を押さえる。この体での執行はかなり負担になる。

 まだ、自分自身の魔力の特徴などを調べていないからだ。

 しかし、そのようなことを言っていられない。

 死へのカウントダウンが、刻一刻とさしせまってきているのだから。ドラゴンに対する攻撃に回すための時間を取らせてもらえない。どんどん焦りは溜まってくるが、焦れば即死だ。目の前に迫る尻尾の連撃を躱すためだけに集中する。

 好機がくるまでは……。

 そして、私は息が上がり始める。

 どれだけの時間を回避に費やしただろう。集中しすぎたことで、辺りは日が登り始めているのに気が付かなかった。ぎりぎりのラインで躱すことを余儀なくされ、だんだん集中力も切れてくる。

 採掘作業後に睡眠も取ってないから仕方がない。

 よくもったほうだと言えるだろう。



『辛い……苦しい……』



 そう心の中で呟く。

 今まで生きてきた中で、ここまで辛い戦闘はない。

 残り魔鉱石はあと2つ。

 サラは、祈りながらずっとこちらを見ているが、ちょっと無理そうだ。向こうも、そろそろこちらにトドメを刺そうと動き出している。ちょこまかと動かれて、向こうも決定打が打てない状況。

 並の人間なら即死レベルでも、私はそれを回避する。

 しかし、大きな咆哮を上げるドラゴンは、翼で突風を打ち込んだため私は行動を誤った……。

 そのまま私の体は宙へと飛ばされる。



『しまった!?』



 完全に空中に浮き上がった体を制御できずに、私は目の前に迫る巨大な尻尾がスローモーションに見える。

 勝ち誇った顔のドラゴンに舌打ちをし、私は尻尾で打ち飛ばされた。

 撓った尻尾の先端は、音速を越える衝撃を打ち出す。



「いやあああああああ!」



 サラの悲鳴が聞こえた。

 あまりにも強い衝撃を背中に受けて、意識が飛びかける。

 どこかに突っ込んだみたいだが、目の前が赤い。

 朦朧とする視界に空中を飛んでいるドラゴンが視界に入る。



『ああ……、これは終わった……』



 ギリギリで魔法障壁を作ったが、たった2個の魔鉱石では、防ぎきれる威力ではない。

 体はもうぼろぼろで、いたるところから血が吹き出ている。たぶん、内臓までやられているだろう。痛みの感覚が麻痺しているのか、今は痛みをあまり感じない。

 いや、少し寒いかな……。

 体を動かそうにももう限界がきたようだ。ああ、せっかくあの生活から脱出したのに、これで最後とは……。こんなドラゴンの子供に負けるとは情けない話だ。

 あの時代なら他の魔女たちに笑われるレベルだ。他の魔女は、どうしただろうか……。皆、まだ生きているのだろうか……。今の私にはどうでもいいか……。

 空中で口を開け、口に大きな火球を作り出すドラゴン。

 やはり、怒りを押さえつけていたようだ。

 渾身の一撃を虫の息の私に叩き込もうとしているのだから。

 まだまだ、このドラゴンも餓鬼だな……。



「やめて! どっかいって! ククルちゃん、逃げて―!」



 サラは、ダメージなどまったく与えられない石ころをドラゴンに投げつけ、注意を引く。

 だが、そんな行動を気にすることなく、ドラゴンは火球に魔力を注ぎ続ける。

 じっくりと、こちらに絶望を与えて殺すようだ。



『サラだけでも、逃げて……ほしいな……』



 私はそんなことを思っていると、上から何かが落ちてきて肩に当たる。

 七色に輝く魔鉱石だ。1つ落ちてくると、それに続くようにポロポロと落ちてくる。ふと見上げると、私が叩きつけられたところは、魔鉱石を出荷するためのコンテナだったようだ。

 魔鉱石が朝日に照らされたことで、私はそれを理解した。



『ああ、これは……使え……る』



 感覚のない腕を動かし、魔鉱石を握る。

 コンテナには大量の魔鉱石。純度はそこまでよい物ではない。だが、すべて使えば……、いや、それをさせてくれる時間があれば……。

 目線を上げると、目の前には火球が見える。喰らえば塵も残らないのは確定的だ。思考が目の前の情報で乱される。

 だが、それを一度遮断させる。

 私は目を瞑り、



『集中しろ……。たかが餓鬼のドラゴンに何を焦っている……。私を……誰だと思っている! 始まりの魔女と呼ばれ世界が恐れた存在だぞ。こんなところで死んでたまるか!』



 目を開くと、研ぎ澄まされた思考へと変わる。

 手に持つ魔鉱石から魔力を吸いながら、他のコンテナ内にある魔鉱石と共鳴させて、どんどん魔鉱石から魔力を吸い尽くしていく。

 私が急に強大な魔力を帯びたことで、ドラゴンも焦りを見せる。

 その焦りからか、1メートルを超える火球をそのままこちらへと打ち込んできた。

 十分、私を殺せる威力はある。

 だが……、遅い。



『スペルドミネーションフィールド・ゼロ……起動』



 私がそう詠唱すると、辺りが一瞬にして闇に包まれて、巨大な火球がピタリと止まる。

 ドラゴンはありえないものを見るかのような目でその状況を見つめていた。

 真っ暗な空間の地面から、数々の魔法陣が書かれた機械じかけの塔が顕現する。

 空間を完全に支配し、おぞましい魔力が私から溢れ出ていく。

 サラはこの光景に腰を抜かしたのか、その場でペタンと座り込んでしまっていた。



『怖がらせてごめんね……。すぐ、終わらせるから』



 サラの表情を見て、寂しさが私の心を締め付ける。

 離れていくならそれでもいい。だが、今はこいつが先だ。私は目の前に止まっている火球に手を翳すと、その火球は私の手の中へと吸い込まれる。すべてを魔力へと変換して、先ほどの魔法で消費した分を補う。

 そして、自身の体の怪我を回復させる。あまり回復に多く魔力を使うわけにはいかないため、死なない程度の回復に留める。

 私はひしゃげたコンテナから立ち上がって、ドラゴンを見つめる。

 ドラゴンは得体の知れない者を見るような目で私を見てくる。

 どちらも同類だろと私は思いながら、一歩前進する。

 すると、空間に歪みが発生しながら私の体に真っ黒な法衣が具現化する。

 これを羽織るのは久しい。

 何十年と羽織ることをしなかった。恐れられたり、化物を見るような目で見られるのが嫌だったから。

 私が始まりの魔女だという象徴と言われるこの魔法の法衣。

 計算に計算を重ねて作った法衣。魔法を効率的に操るためのデバイスなだけなのだが、これが放つ印象は最悪というのはよく覚えている。

 私はそっと法衣を撫でてから、念じるだけで青白い9つの魔法陣が現れる。私の体の内部に蓄積された莫大な魔力が、その魔法陣へと流れ込んでいくとドラゴンは後ずさりし始める。

 完全に怯えているといったほうが正しいだろう。

 そして、私の行動に身の危機を察知したのか、ドラゴンは背中を見せて飛び立とうとする。

 逃がすとでも思っているのか?

 お前が手を出したのは、どのようなやつか……身をもって知れ。



『捕らえろ……終わる世界アブソリュート・テンパチャー



 執行した途端に辺りの魔素が急激に9つの魔法陣へと吸い込まれ、一気に気温が下がる。私の吐息は白く、まるで氷点下の部屋にでもいるかのような空間へと変える。

 そして、飛び立ったドラゴンへと光速で氷の鎖が数十も打ち込まれて、地面に強制的に落下させ拘束する。

 鱗を貫かれてもがき苦しむドラゴンの周りに9つの魔法陣がゆっくりと1つに重なる。



『少し、頭を冷やせ……』



 そう念じると、それがトリガーとなりドラゴンをまるまる覆う氷塊へと一瞬で変えた。

 緊張感が解けた途端に目の前の景色が歪む。空間支配を維持できずにガラスが破れるように解け、私が羽織っていた魔女の法衣も光の粒子へと変わった。

 呼吸が苦しくなり、咳込んで喉に絡みついている血を吐き出す。口の中は鉄の味で満たされる。

 気持ち悪い……死にそう……。

 ふらつく私は、そのまま倒れ始める。地面が近づくに連れて意識が遠のき始める。ぶつかると痛いだろうなと思いながら目を瞑るが、待てども痛みはやってこない。

 ゆっくりと目を開けると、そこには大粒の涙をボロボロと流して、顔をくしゃくしゃにしたサラの姿があった。

 地面に倒れる前に抱きとめてくれたようだ。



『ふふふ、可愛い顔が台無しだ』



 そう私は心の中で呟いて、サラのぬくもりに触れる。



「ククルちゃん……ククルちゃん……ひっぐ」



 血だらけの私に抱きついて、わんわん泣く。

 落ち着かせたいが、そこまでの体力はもうない。このまま眠りにつきたいくらいだ。

 私はコートから牢屋の鍵を取り出し、サラの目の前に持ってくる。

 それを不思議そうに見つめて、サラは私が言いたいことを察してくれた。



「ククルちゃん、大丈夫……だよね」



 サラに私はゆっくりと頷いて、ハイヒューマンたちを解放させに行かせた。

 私は疲労困憊で、もう魔法も使えやしない。

 私はそのまま、まどろみの中に沈んでいくように眠りについた。


 真っ暗な空間にポツリと私1人だけがいる。

 何度も見たことのある風景。誰も私の周りにはいない。

 私が怖いから……。化物だから……。私が魔女だとわかったとたんに、皆は離れていく。

 酷く沈んだ心のせいか、ゆっくりと体が闇へと沈んでいく。

 体は重く、どうすることもできない。光のないこの世界に、私はどうすることもできない。

 魔女だと呼ばれるのに笑えない。

 欲しいものは何一つ手に入れられなかった。体を丸めて、只々沈んでいく。

 もう、いろいろと疲れた……。

 サラもいない。また、私は同じ失敗をしたのか……。また、離れていってしまったのか……。とめどなく涙がポロポロと流れる。止めることができずに、只々溢れ出てくる。

 声を上げて泣きたいのに、その声はもう出ない。

 助けて……助けて……誰かたすけてよ……。

 そう私は何度も心で叫んだ。



『……ぶだよ。ククルちゃん、大丈夫』



 真っ暗な闇の中で、サラの声が聞こえた。

 幻聴なのかわからない。

 だが、私は顔を上げて辺りを見回す。優しく、安心できるその声を求めて手を伸ばした。

 何度も何度も空を切る私の手を優しくしっかりと包んで、『大丈夫だよ』という言葉を聞いた瞬間、辺りが光りに包まれた。


 うつろな目で前を見る。

 すると、栗色の髪の毛のつむじが見える。



「大丈夫だよ。ククルちゃん、大丈夫」



 そうサラは言いながら、私の背中を優しく撫でてくれる。

 地面に視線を向けると、ゆっくりとだが前に進んでいた。どうやら、おんぶされているようだ。

 私は、ギュッとサラの背中に顔を押し付けるとサラが声をかけてきた。



「あ!? ク、ククルちゃん、起きた?」



 明るい声で、私に問いかけてくる。

 あの真っ暗な世界は夢だったようだ。いや、私の弱い心が見せたのかもしれない。全身筋肉痛で腕も上がらない私は、どうやってサラと会話するかと頭を悩ませる。

 とりあえず、頬を押し付けて大丈夫だということを表してみたが、あまり大丈夫だとは伝わらなかった。

 サラはくすぐったそうにしながら、私に謝罪と感謝を言ってきた。



「部屋で待っていなくて、ごめんなさい……。外が騒がしくなって、心配で出てきちゃって……。そのせいで、ククルちゃんを危ない目にあわせちゃった……」



 鼻を啜るサラは、本当に申し訳なさそうに言う。

 私は、強めに頬をぐりぐりとサラの頭に押し付けた。もう終わったことだし、助かったのだから問題はない。

 終わりよければ全てよしだ。



「それとね……。ククルちゃん、助けてくれてありがとう。また、助けられちゃった」



 あのときは、無我夢中だった。

 サラを失いたくないと思っての行動だったし、私は後悔していない。ただ、サラはまったく私の魔法について聞いてこない。それに、他のハイヒューマンたちがいない。

 多分、一緒に行動するのを拒否されたのだろう。

 理由はなんとなく察しがつく。私のことが怖いのだろう。あれだけの魔法が使えるということは、魔女だということ。

 厄災を振り撒くドラゴンをあのような氷塊に変えたのだから、自分たちもあのようにされてしまうのではないかとね……。

 しかし、サラは私と一緒にいる。

 あのような光景を目の当たりにしてもだ。

 それが、凄く嬉しい……。

 その気持ちをまた私は強く頬を押し付けることで伝えてみる。そうしたかった。サラはくすぐったそうにしているだけで、私の気持ちは伝わっていないだろう。

 でも、それでいい。

 一緒にいてくれるだけで、前は誰もが私の下から去った。ずっと1人で、魔法の解析や研究しかしなかった。本当は寂しかったし、辛かった。でも、それを口にすることをしなかった。そうしてしまえば、私の心が音を立てて崩れそうだったから。

 人々の生活がよりよいものになるようにと、私は魔法を研究しているのに、作っている私を化物だと指を差す。

 現実に目を向けることが怖かった。只々、魔法にその寂しさを打ち込むだけしかできない。

 今思えば……すごく虚しい。

 こうして、私のことを思ってくれる者がいるのなら、私はその者のために何かしてあげたい。

 でも、いつかサラが私の前から居なくなってしまうかもしれない。皆と同じで、化物を見るかのような目を向けてくるかもしれない。魔女である私のことが怖くないのかを聞くのが……、今は1番怖い。

 私は……弱い……。

 そんなことを考えていると、目の前に川が見えてくる。川のせせらぎが聞こえてきて、乱れた心が少し落ち着くような気がする。

 嫌なことを考えると、とことんドツボにはまる。

 今は空っぽにして、何も考えないほうがいいだろう。



「ククルちゃん、一旦下ろすね」



 サラがそう言ったあと、私をゆっくりと地面に下ろす。

 太い木が後ろにあるため、後ろへ倒れることはない。サラの格好をよく見ると、大きめのコートと胸の前にリュックを背負っている。私をおんぶしたため、前に持っていたのだろう。

 私の頭や体からは、まだ血の匂いがする。ドボンとあの川に飛び込みたい。そんな衝動にかられてしまう。

 サラも荷物を置いて、少しきれいな布切れを手に持ち、川へと向かう。

 じゃぶじゃぶと布を洗ってから、こちらにやってくる。そっと私の頬を拭こうとするが、そんなのではきれいにならない。

 なので、私は枝をなんとか手に持ち、地面の土に文字を書いた。



『川入る』

「え? ほ、ほんとに入るの? 寒いよ」



 大丈夫なのかといった表情を見せるサラに、私は軽く頷く。

 寒くてもあとで温まれればいい。ただ、私1人で入ることはできない。動きようがないからだ。サラに親鳥でも見るような目線を送ってみる。

 それに気がついたサラは、クスクス笑いながら私を川の岸まで移動してくれた。

 サラは親鳥だったようだ。

 それに、洗剤に使える実を探してきてくれた。ブラシなど今はないので、ごわごわになるだろう。それでも、この血と汗の匂いよりかはマシだ。

 芋虫のように私は服を脱いでいくが、完全に脱ぐことができずにサラにまた手を借りることになった。

 なんとも申し訳ない感覚が、私の心を締め付ける。この激痛がなくなったら、お礼をしようと心に誓う。

 何をしてあげたら喜ぶかな……。わからないけど、何かしてあげたい。

 あと、女同士なのだから、私の裸であたふたしないでもらいたい。

 私の背中をチラチラと時折見てきた。

 多分、ムチ打ちでミミズ腫れになっているのが痛々しいのだろう。

 私は、サラに頭を洗ってもらいながらそんなことを考えていた。



『あ、もうちょっと右……。あ、そうそう、あ~気持ちいい♪』



 首を傾け、痒いところをお知らせする。

 これはなんとも極楽♪

 私の気持ちよさそうな表情に、サラも私と一緒に水浴びを始めた。

 汗でベタベタな体を洗い流すだけでも違う。洗剤の実を潰して、それを泡立て体や髪の毛を洗う。肌寒いが、外気よりは水の中のほうが温かかった。私は体を縮めて、首だけ水面に出した状態でサラを見る。

 サラの体にもたくさんのミミズ腫れの痕がある。

 私もそうだ。

 背中や太もも、体の至るところにだ。なぞるとデコボコとしていて、なんとも言えない感覚がする。これは、早く消したい。

 ただ、今の自身の魔力では回復できる魔法が使えない。

 もどかしいな……。



「ククルちゃん、上がるよ?」



 可愛らしい顔が私の目の前に現れる。

 私は、目をぱちくりとさせ頷く。強化魔法での移動なので、私を抱えるのは赤子を持つようなものだ。

 その後は、サラは急いで私の体を布で拭いてくれる。なんか、王女様にでもなった気分だった。なったことはないが、このような感じなのだろうか。そんな馬鹿なことを思い、私はくすりと笑う。

 私たちは、そのまま服を着てから腰を切り株に下ろした。

 髪の毛はまだ乾いていない。水気は取りきれていないから仕方がない。ときどき、ぽたりぽたりと雫が落ちる。

 私はサラをちょいちょいと手招きして、私のひざの間に座るように指示する。

 きょとんとした顔で、サラは私のひざの間にスポンと座る。何かするのかワクワクしているようにも見えるが、今は気にしない。私は自分の魔力を使って生活魔法を使用する。

 サラの髪の毛は綺麗に乾き、ほんのりと艶が出た。



「おぉ~! 凄い」



 自身の髪の毛を触りながら、サラはそう口にした。

 続いて自分にもそれを使う。ふんわりと暖かい風が頭皮から毛先にかけて流れて、余分な水分を飛ばす。

 さっぱりとした私は、目の前のサラの背中に額を引っ付けて、目を瞑る。

 こうしていると、なぜか落ち着く。



「ねぇ、ククルちゃん」



 サラの言葉に、額を背中から離す。



「あのね、これ、使うよね」



 ごそごそとリュックから純度の高い魔鉱石が10個出てきた。

 サラはこちらへ向き直り、私のほうを見る。私は1つ魔鉱石を手に取り、回復魔法で筋肉痛を治す。

 まさか、サラが純度の高い魔鉱石を持ってきているとは思わなかった。ただ、いろいろ聞きたいというのはその目を見ればわかる。私の使う魔法を珍しそうに見つめているからだ。

 私も1つだけ聞きたいことがある。

 だから、枝で地面に文字を書く。



『魔法のこと?』

「うん、実は使えるのはもっと前から知っていたの」



 サラは、頬を掻きながら私に答える。

 それは私には初耳だった。どこで見られたのだろう。

 私は地面の文字を消してまた文字を書く。



『だから、あまり驚かなかったんだ』

「でも、まさかあそこまでできるとは思わなかったよ。あんなの見たことなかったから……。あのドラゴンは死んじゃったの?」

『水の上級魔法で凍らせただけで死んではいない』

「あ、あれで死んでないんだ……」



 サラは、頬を引きつらせながら氷塊のことを言う。



『驚かせて、ごめんね』

「謝らなくていいよ。そのおかげで私も助かったんだもん」

『なぜ、魔鉱石を?』

「魔鉱石を部屋に隠していたのを見ちゃってて……。魔法を使うための魔力源にしていたから。それに、最近は回復魔法を私にもかけてくれていたのは知ってるよ。凄く助かってた」



 私の方を真剣な表情で見つめてくるサラ。

 いろいろとバレていたようだ。だけど、そのときに聞かなかったのはどうしてなのかはわからない。私は、サラのことをよく知らないからなのかもしれない。

 私は、意を決して聞きたかったことを書いていく。



『私のこと……怖い?』



 この言葉を書くのに、持っている手が少し震えて書き終わるのが遅くなった。

 サラが離れていくなら……仕方がない。ここにいないハイヒューマンたちと、一緒にいたほうがいいのかもしれない。私に関わると、これから傷つけてしまう可能性もある。

 それに、あのとき重なった魔女と同じ運命になってほしくない。

 それだけは、絶対に嫌だった。だが、サラは私に抱きついて言葉を発する。

 声色に怒気を帯びていた。



「ククルちゃん、怒るよ! 怖くなんてないよ! なんでそんな悲しそうな顔で、そんなこと聞いてくるの!」



 スッと離れたあとに両頬をつねられ、顔を上げらさせられた。

 目の前には、涙目のサラが映る。



「他の人たちと一緒にしないで! 何がククルちゃんは魔女になりうる存在だから危険よ! 誰が助けてくれたのよ……。ククルちゃんがいなかったら、あのまま誰も来ずに皆餓死してたっていうのに! 自分たちのことばかり……。誰もククルちゃんのことなんて考えてないんだから! 魔女ってだけで、悪い魔女と一緒にするのは間違ってるよ! ククルちゃん、私がここにいるのが答えだよ! 私は、私は、どんなことがあっても絶対に裏切らないから! もう、同じ過ちをしたくないから……。大切な人をなくしたくないから……。だから……、私の前から……ククルちゃんだけは絶対に消えないで」



 肩で息をするサラに圧倒されて、私は言葉が出なかった。

 今の言葉が私の心を優しく包み込んでくれる。私が魔女だとしても離れないと言ってくれる。裏切らないと言ってくれる。怯えることなく、まっすぐ私を見てくれる。

 私の抑えていた感情が一気に決壊して涙が溢れた。私は、サラの胸の中で泣いた。背中を優しく擦られて、とても安心できて心地よかった。自分のことをこうして、ちゃんと見てくれる者がいるだけで、私の心が救われる。

 私が落ち着くまで、時間がかなりかかった。

 穴があったら入りたくなるレベルの失態だ。



「ククルちゃん、大丈夫?」



 心配そうに顔を見てくるサラに、私は枝をイソイソと走らせ文字を書く。

 恥ずかしい気持ちで一杯になり、かなり走り字になってしまった。



『大丈夫』

「よし、それじゃあ、次の目的地を決めるね。一応、今いるのがここだよ」



 リュックからサラが地図を取り出し、私に見せてくる。

 採掘場からかっぱらってきたのだろう。指差した場所は、私が昔閉じ込められていた場所に近かった。

 地図上に明記されている名前で知っている国はほとんど存在しない。

 確実にほとんどの国は崩壊している。



「あのね、ククルちゃん。このままエストル王国に行くか、レジデンス連合国に行くかで迷ってるの。ここアルダール帝国は論外だよ。ヒューマン至上主義だし」



 現在の位置から東がエストル王国、北がレジデンスという国になっている。

 どのような文明が栄えているのか、まったく今の時代がわからないため、私は首を傾げてしまう。それを見たサラは、私に説明してくれた。

 エストル王国は差別はほとんどないが、現在この地を支配するアルダール帝国と紛争中らしい。最悪の場合は、戦争に巻き込まれる可能性がある。

 レジデンス連合国は、小国が集まった国で中立派を貫いている。

 3つの国の軍の勢力はともに現在は五分らしいが、アルダール帝国内の複数の鉱山で新たに魔鉱石が発見されたため、武器に有利な点が出てくる可能性がある。

 私たちがいた採掘場も、その発見された採掘場の一部のようだ。



「どうする?」



 サラは私の方を見つめて聞いてくる。

 悩ましいことだが、サラの出身地であるエストル王国に行くのはかなりリスクが高いと思う。ここから国境が近いが、脱獄がアルダール帝国にバレれていれば即対応されてしまうのと、他のハイヒューマンたちはここにいないことを考えると、もうそっちへ向かっているはずだ。

 他のハイヒューマンとかち合えば、見つかるリスクが高まる。1人見つかれば、芋づる式に捕らえられてしまうのは目に見えているためだ。今からどんなに急いでも、エストル王国に着くには7日はかかる。

 そのころには、情報がもう広まっているだろう。

 私は地図を見ながら、あることに気がついてから文字を書く。



『レジデンス連合国』

「レジデンス連合国だね。アルダール帝国も、まさか私たちが山越えをしてくるとは思わないよね。あ、ククルちゃんは大丈夫?」



 サラの言葉に、私は頷く。



『故郷じゃないけどいい?』

「うん、あそこには、もう私の居場所はないから……」



 そのようにサラは口にして、私に対して無理に笑顔を作って向けてくる。

 サラはサラで色々あるのだろう。私はそれ以上サラに聞くことができず、話を終わらせた。

 そっと無理しているサラを抱きしめて。

 レジデンス連合国は、よい国であればいいなと思いながら……。


 ククルたちが去った採掘場。

 3日くらいたったころ。

 氷は溶けずに、氷塊と大量の魔鉱石だったただの石ころだけが寂しく残る。

 そんな場所に、1人の人影が動く。



「なんですかこれは……。連絡がないから来てみれば、災害を撒き散らすドラゴンが氷塊に覆われているなど……」



 その者は、そっと氷塊に手を触れる。

 それは、膨大な魔力が圧縮してできたことが伺え、背筋がゾクリとする。



「氷漬けにする魔法が使える者は、近年では報告がありませんね……。魔女になりうる者が出てきたということか……。それとも、隠れていた魔女が出てきたか……」



 そう呟きながら、ただの石ころが大量に入ったコンテナに目を向ける。

 これだけの魔法を執行した代償がこの石ころだ。

 それを使って執行できる知識があるのは、厄介でしかない。

 


「これは、探さなければなりませんね。これ以上の魔女の流出はあってはならない。他国へ行くなら……始末しなければ……。まずは採掘場から情報を収集しますか」



 そう口にした者は、採掘場の内部に入っていった。


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