採掘場からの脱獄は想定外を生む

 計画を立ててから4日目の夜。

 皆が寝静まったころに私は動き出す。床のブロックを1つ引っこ抜いて、中に溜め込んでいた魔鉱石を回収する。

 全部で12個の純度の高い魔鉱石。最近は下層部に潜っているからか、上質な物が取れやすいのだろうか。

 私は、1つ1つの魔鉱石に魔法術式を刻んているため、用途によって使い分けれるようにしている。

 まずは、この鍵の掛かった部屋からの脱出だ。

 私は1つの魔鉱石から魔力を吸い出し、風の魔法を執行する。



『切り裂け』



 そう念じると、外側の南京錠がカチャンと甲高い音を立て、地面に転がる音が聞こえた。

 風を圧縮させ、鋭い刃を形成させて南京錠を切り裂いたためだ。その音は、静かな空間にはよく響く。 気持ちを落ち着かせて、私は探索の魔法を使って看守がこちらへと来ていないかを調べた。

 結果は、問題ないようだ。

 監視で回ってくるのは1時間に1回のペースとここ数日でわかっている。



『順調順調』



 そう思いながら、魔法の精度を広げて看守の動向を探る。

 今現在も、地下2階層の小部屋から動く気配はない。

 安堵して、そのままドアに手をかけたとき、



「ククルちゃん?」



 私は、その言葉にビクッと反応する。

 眠っていたはずのサラが、こちらを見てそう呟いたからだ。不安そうな表情でこちらを見てくるサラ。

 私が脱走をすることがわかっているようだ。どうしたものかと私は迷う。これからすることに、サラを巻き込みたくはない。すべてが終わったあと、この鉱山にいるハイヒューマンを解放する予定だったからだ。

 今一緒に行くと、確実に足手まといになるのはわかりきっている。

 私が迷っていると、サラは私に抱きついてから、



「ク、ククルちゃん、気をつけてね……」



 サラは力になれないことを悔しく思っているのか、私にそう告げてきた。今は、ここでジッとしていることしかできないのがわかっているようだ。しかし、いろいろと察しがよすぎることにも疑問が私の後ろ髪を引く。

 私がこのようなことをすることを知っているかのようだ。

 黙ったまま少しの時間がすぎると、



「少し前からこうするんじゃないかなって思ってたの。私は力になれない……。ごめんね……ククルちゃん」



 そう私に告げてきた。

 サラの目を見て、いろいろと考えた末の言葉なんだなと思う。私のことを思ってのことだろう。可愛い子だなと思い、私はサラを抱きしめ返して、背中を2度ポンポンと叩く。

 その気持ちだけで私は嬉しいから。

 そして、ゆっくりと離れた私はそのまま通路へと足を踏み出した。


 通路はひんやりと冷たい空気が漂う。

 まだ、部屋の中の方がマシなレベルだ。私は魔鉱石を使って魔法を執行しながら、このフロアの監視がいる場所へと向かう。そこを通らなければ、上へはいけないからだ。

 監視がいる小部屋の近くまで進むと、声が聞こえてくる。



「たく、今日は一段と寒いな……」

「魔道具が使えないんだから仕方ないだろ……。魔鉱石と共鳴したら、良質な魔鉱石の価値がなくなってしまうからな」

「ああ、だけど、もう少し生活を充実してほしいもんだよなぁ。相当な利益になっているのに、この場所はまったくかわらないんだからよぉ」

「いい酒でも出してくれれば、文句も減るんだけどな」

「あははは、そうだな」



 2人の監視が愚痴をこぼしているのが聞こえ、そっと息をひそめる。

 四つん這いになり、気配を消してからドアへと近づく。この感覚を懐かしいと思う。初めて帝国の危機を救ったときも、このような感じで帝国から逃げ出したなと。

 まさか、帝国を救った私が幽閉されるとは夢にも思わなかった。本当に意味がわからない。恩人に対する礼儀もできないのか、あのアホどもは。思い返したらイライラしたため、私は思考を止める。

 まずは、壁の向こうにいる奴らを魔法で位置は把握し、1つ息を吐いてから私はポケットから魔鉱石を取り出した。

 探知を使いながら、2人の座標を合わせる。

 そして、その目標に合わせて引き金を引くように、私は魔法を執行させる。



『痺れろ』



 執行したあと、部屋内で倒れる音が2つ聞こえた。

 探知の魔法を使い、部屋内の状況を確認してから部屋の中に侵入する。念には念をというやつだ。脳天まで痺れた2人は、白目を向いて床で痙攣していた。死ぬような電撃ではない。

 だが、明日の夜までは目を覚まさないだろう。最初に使った看守の魔法と同じだ。

 周りを見渡しながら、私は欲しいものを確保していく。

 フード付きのコートは男物のため、少々大きいが、今はハイヒューマンである特徴的な耳はこれで隠れる。コートのポケットに魔鉱石を移し、私は壁に鍵がぶら下がっているのを回収する。

 後ほど解放のために使う。

 さて、残りは1階の大広間に5人で外に10人。その他、大勢の者たちは大広間の更に奥の寝床だ。

 まずは、外で警備をしている奴らを全員気絶させてから、大広間へ行くことを決めた。大広間の奥は寝床となっているため、下手をして増援されたら困る。私1人で、探知に引っかかっている人数は捌けない。

 今は魔鉱石でのドーピングだから、使用回数制限がある。

 元の魔力量と魔法技術があれば、一瞬でこの範囲一体を先ほどの光魔法でポンと終わる。

 今使えば、高純度の12個の魔鉱石など一瞬で灰になって、魔法は不発してしまう。

 悩ましい……。

 あのころまでに戻るまで、どの程度の時間と鍛錬が必要だろうか。今は考えたくないレベルの時間がかかりそうだ。まぁ、今はそのようなことはどうでもいい。

 初日に探知で計ってみたが、そこまでの強者はいないのは知っている。

 それだけが救いだ。

 階段を上がり、外へつながる道を進む。外が近づくに連れて、寒い風が肌を撫でる。外は松明でライトアップされ、警備の者たちは辺りを警戒していた。

 だが、あまり緊張感はないようだ。ただ周りを観察して、異常がないことを見ているというのが正しいか。

 皆、剣や銃を身に着けている。

 厄介なのは銃だ。

 この体で受ければ、たぶん確実に死ねる。痛いとかを感じることなくだ。

 ああ、前の体でもそうか……。

 銃弾に魔障壁貫通の術式が入っているため、防御などしてもそのまま貫かれる。



『痛いのは嫌だな……』



 深い溜め息を吐いてから、ソッと正面に見える者たちに座標を合わせ、私は魔法を執行しようとしたとき、



「な、何かこっちにくるぞぉおおお!」



 大声が暗闇の中から聞こえてくる。

 その声に合わせて、警鐘が鳴り響いた。



『う、嘘でしょ……』



 採掘場の入り口で、私は顔を引き攣らせる。

 空中を飛び回る1頭のドラゴンを目撃したからだ。真っ赤な体で体長は10メートルは超えている。

 これでも子ドラゴンだ。これが大人のドラゴンだと、体長は30メートルを超えて、1つの国を消滅させるほどの災害を振り撒く。

 かつて、私がそれを止めた経験もあるが……。やっかいなことこの上ない奴だ。

 赤いドラゴンは、初級、中級の魔法に対して無効化の鱗を持っている。倒すためには、上級で高度な魔法でなければならない。目の前にいるのは子ドラゴンだが、確実に初級の魔法は無効化されてしまうだろう。

 嫌な汗が背中に流れる。

 赤いドラゴンは、明かりが灯るこの場所へと舞い降りてくる。



『でかい……』



 素直な感想がぽつりともれる。

 風圧で辺りを照らしていた火はほとんど消えて、暗闇が辺りを支配する。

 警備していた者たちはパニック状態になり、叫びまわる。



「赤龍だぁああああああ。助けてくれぇえええええ」

「なんで、こんなところに……おしまいだ……」

「助けてくれ……。死にたくない……」



 皆、逃げ惑い始めて、収集が聞かない状況へになる。



「は、早く増援を呼んで来い! 寝ている奴らを全員叩き起こせ! お前ら、うろたえるな! こいつは子共だ! よく見ろ!」

 


 1人の男がそう叫ぶ。

 いやいや、子供でもどうにかなるレベルではない。確実に奴に突撃したら、ミンチになるのがオチだ。

 だが、1人の男の言葉に、皆なんとかなるのではないかと思ったのか、腰につけている銃や剣を抜いて、ドラゴンを向かい打とうとする。



『こいつらはバカなのか……』



 盛大に溜め息が漏れてしまう。

 こちらへ、走ってくる警備兵がいたため、私は急いで暗闇に溶け込みながら、外の茂みへと隠れる。ドラゴンは、キョロキョロと何かを探しているようだ。何を探しているのかわからないが、手を出さなければ大丈夫そうだ。

 こちらにはまったく興味がない。

 しかし、ドラゴンが採掘した魔鉱石に目を向け、歩き出したとき、



「しょ、商品に何しようとしてやがる!」



 そう口にした警備兵が銃の引き金を引いた。



『あぁ……なんてことを……』



 パンッと銃声が鳴り響いたあと、ドラゴンはゴミでも見るかのような目をその男に向けて、大きな尻尾を横振りした。



「え?」



 銃を撃った男はそう言葉を残して、ドラゴンの尻尾にさらわれる。

 銃を持った男は勢いよく叩き飛ばされ、岩場に叩きつけられ絶命した。見るも無残な姿に変わり果てたのを周りの者たちは見つめながら、何が起こったのか理解できていないようだ。

 そのようなことがあったとは知らずに、この採掘場にいる者たちが全員外へと出て来る。どれだけ集まろうと、力の差は歴然だ。

 先ほどの鉛弾の銃では勝てない。



「魔道具の使用を許可する! 少しくらい魔鉱石の純度が落ちても構わん! この採掘場を守れ! 絶対にここを死守しろ!」

「「「「了解!!」」」」



 この現場の総指揮をとっているであろう人物がそう叫ぶ。

 魔道具を使うのなら、子供のドラゴンの撃退くらいできる。私はそう思っていたが……。

 数十人が銃のマガジンを取り替え、特殊なスイッチを押してから、ドラゴンに連射で打ち込む。銃声が辺りに響き、私の目の前を色とりどりの光の玉が高速でドラゴンに命中する。

 集まった兵たちは、命中していることでなんとかなるのではないかと笑みを浮かべていた。



『あぁ……、これはダメだ……』



 銃から射出される玉の威力が弱すぎる。

 ドラゴンの鱗が、すべて無効化されているのが私には見えた。あんな陳腐な魔道具でどうするのか……。

 鉛玉の方がまだダメージを与えられる。私がいなくなったあと、魔法は劣化でもしたのかと疑いたくなるレベルになっている。

 あんな物を量産したところで、何も変わらない。



「グルゥウウウウウウ」



 鬱陶しいと言わんばかりに、ドラゴンは長い尻尾を振り回し、固まっていた兵たちを一瞬で薙ぎ払った。

 尻尾の強打で武器はひしゃげて、人間が石ころのように宙を舞う。手脚は曲がってはならない方向へと曲がった者が大多数。



『あぁ、これはヤバイ……。取り返しのつかないことになってしまった』



 その光景は、まさに地獄絵図。

 手で薙ぎ払われれば即死。尻尾で打たれれば、再起不能な状態に持っていかれる。現状では、もうどうにもならないレベルまで進んでいる。

 血の匂いが私の方にまで漂う。気持ち悪い……。

 目の前で行われている殺戮の惨状に吐き気がする。ドラゴンは、邪魔した者たちを全員手や足で踏みつけて絶命させていく。これ以上、自分の邪魔をするなと言っているかのようだ。

 逃げ惑う者にも容赦はない。

 ああ、失禁しているのは私をムチ打ちしていた奴だ。

 涙目でぐしゃぐしゃになりながら、何か叫んでいる。



「嫌だ! 死にたくない……。なんでこんな目にあわなきゃいけないんだよ! こんな、こんなところでぇえええええ……」



 そう叫んだあとに慈悲もなく、あっさりとドラゴンに踏み潰される。

 踏み潰したドラゴンの足は、血に染まってどす黒く変色していた。数十人いた兵は全滅。この鉱山でたぶん生きているのはあの監視部屋の2人くらいだろう。

 このまま、この場を去ってくれればいいが……。息を殺して、私はその場に身を潜める。ドラゴンがいろいろと魔鉱石を物色したあと、満足いく物を手に入れたのだろう。

 口に咥えて飛び立とうとしていた。

 そんなとき、鉱山の入り口から悲鳴が聞こえた。



「な、なんで、ド、ドラゴンが……」



 入り口で尻もちをつくサラの姿だった。



『なんで出てきた……。くそ……、あともう少しでやり過ごせたのに……』



 苛立つ心を抑えて、ドラゴンの動きを観察する。

 首が鉱山の入り口の方へと動く。完全にサラを目視しているだろう。

 そのまま、飛び立ってくれ……。

 私は、そう祈ったが見逃してはくれないようだ。



『どうして、こうもうまくいかないの……』



 大きく口を開け、口に魔力が集まる。

 先ほどの魔鉱石を舌で転がしながら、火球でも吐くつもりだ。体勢を低くして、サラのいる入り口に照準を合わせている。隙間から見えるサラの表情は、完全に青くなっていた。

 このまま、私が動かなければサラが死ぬ。



『どうする、どうする、どうする、どうする……』



 ここで出ても、私に勝ち目があるわけじゃない。

 目まぐるしく思考が走る中で、あのサラの温かいぬくもりを思い出す。不器用だけど、頑張る姿。私のことを筆談が始まってから知ろうとしてくれた。私のことを考えてくれた。まだ、魔法のことは言えてないが、たぶん今1番の理解者なのではないか。

 いろいろな迷いが私の中で渦巻く。

 どうせまた化物を見るような目で見られるのではないか……。あの閉鎖された部屋からこうして移ったのに、同じ道を辿ってしまうのではないか。不安で心が押しつぶされる。

 ソッと、サラに視線を向けると私と目があった。

 なぜ、彼女が私の居場所がわかったのかわからない。

 そして、サラは必死に笑顔を作って小さく口が動く。



『あ・り・が・と・う』



 サラの口がそう動く。

 その光景が私の脳内の記憶を呼び覚ます。

 かつて救えなかった魔女と重なる。

 真っ赤な鮮血を流したあの悲惨な光景が。



『ああ、ダメだ……。私はダメなハイヒューマンだ。失くし続けて生きていたあのころに……また戻るのか。只々苦しいことだとあれほどわかっているのに……。あの空っぽになった私に戻りたいのか? 絶対に、それは嫌だ。もう失いたくない!』



 私はそう思った瞬間、隠れていた場所から飛び出すのであった。

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