目の前のハイヒューマン

 サラ視点

 

 目の前で壁に寄りかかったまま眠るククル。

 黒髪のセミロングヘアで、純血のハイヒューマンである象徴の真っ赤な瞳を宿している。

 段々、少なくなってきてはいる純血のハイヒューマン。混血がほとんどになってきているため、この目の色はかなり珍しいらしい。

 その他で、ハイヒューマンと人間の違う点は長耳くらいしかない。

 ククルは華奢な体で、私とあまり身長はかわらないのに強い心を持っている。正直、羨ましいくらいに……。私は弱い……。

 取り柄なんて、ハイヒューマン特有の魔力量がただ多いのと丈夫な体くらい。最下級の強化魔法をなんとか上手く扱えるレベルだ。

 ヒューマンよりも私たちは劣る。

 でも、ククルは違う。自分が生きるだけでも辛いこの環境の中で、私を救ってくれた。ドジでのろまな私をかばってくれた。

 本当に嬉しかった。

 他の人たちも逆らえないから見て見ぬふりをする。それが、ここでは当たり前……。関われば、自分に厄災が降りかかる。

 だけど、私は今日それに飛び込んだ。

 あんなの……絶対におかしいから。もう、見てられなかった。喋れないククルに、謝ればムチ打ちをやめるだなんて……。

 それはククルに対して、死ぬまで痛めつけるという死の宣告でしかない。でも、ククルはジッとそれに耐えていた。周りのハイヒューマンたちから、看守に対して殺意が湧いているのもお構いなしに、ムチ打ちを続ける。

 あの看守は、私たちを虫けらのように扱う……。元はヒューマンと同じなのに……。なんで優越を付けたがるの……。

 他の看守の人たちは、あそこまでではない。あの看守だけ、なぜか私たちハイヒューマンを目の敵にする。

 ああ、今日の疲れからか、睡魔が襲う。

 やっとククルにお礼も言えた。本当はもっと早く言いたかったけど、なかなかタイミングが合わなかった……。いや、もっと早く言えたのに、怖くて言えなかったのが正しいかな。

 私のせいで、巻き込んでしまったという後ろめたさがあったからだ。私はやっぱり弱いし、卑怯なハイヒューマン。

 私はそんなことを思いながら、肩に寄りかかってくるククルに気がつく。疲労でまったく起きる気配はない。このままだと、休まらないだろうと私はククルをそっと毛布の上に寝かせる。

 冷たい床に寝るのは体力の回復が悪い。だけど、それ以上に寝ないと明日の作業に支障をきたす。大きめの毛布なので、中心にククルを寝かせて、それに寄り添うように私も横になる。半分から毛布を折り曲げて、私とククルをサンドして完成。

 ククルの体温を感じながら、私は眠りについた。


 翌朝、私が起きたときにはククルはもう起きていた。

 ぼーっとした感じで、壁を見つめているので大丈夫かなと声をかけた。考えごとをしていたようだ。

 それから、昨日の続きで筆談をした。ククルと会話できて、私は凄く楽しい。

 けれど、ククルの質問は誰でも知っているようなことばかり。外の世界を知らないのだろうか? そういえば、ククルは私よりも前からここにいる。

 私は別の採掘場からこっちに移されたので、ククルのことはほとんど知らない。あまり深くは聞けないけど、ククルにもいろいろあるのだろうか。あと、ククルはちょっと無表情なところがある。

 感情をあまり外に出さないといったらいいのかな?

 土と汗で汚れているからわからないだろうけど、ククルは普通に生活していたら可愛いだろうなと思う。

 笑顔を一度でもいいから見てみたい。そんなことを考えていると、思わぬハプニングがあった。

 ククルが私の頭を撫でてきたのだ。なぜか、恥ずかしくも思ったが、死んだお母さんを思い出させてくれるそんな撫で方だった。気持ちよくて、気分が落ち着く。

 体の疲れがとれているような感じがした……。



「ん?」



 私はそこで、微かに自分の体から私の魔力ではない物が湧いてくるのを感じた。

 昔、私が怪我をしてしまったときに、お父さんから施してもらった回復魔法の微かな変化と類似していることに。私のお父さんは、魔法使いだ。この世界に害をなすと決めつけられ、迫害を受けてきた魔女と同等の扱いをされる……。

 そのせいで、私とお母さんの前からお父さんは姿を消してしまった。厄災から街を救ったのに……。国家魔術師として、国にたくさんの貢献をしてきたのに……。

 街の皆は、誰が救ったのかを知らない。

 本当は、それは私のお父さんが救ったんだと言いたかった。でも、それは叶わなかった。それを言ったとしても、私のお父さんは帰ってこない。もしも、あのとき私が勇気を出していたら……、お母さんと一緒にその後もいてくれたら……、お母さんは死ななかったかもしれない。

 私はククルに魔法のことを聞こうとしたが、食事が運ばれてきたため、その日はそれ以上聞けずじまい。

 いや、聞けなかったことに感謝かな。お父さんのときと同じ過ちをしそうだった。軽率な行動は、絶対にしてはいけない。

 その後は、私はククルを観察していた。

 硬いパンをもしゃもしゃと食べている姿は、ちょっと可愛かった。

 あと、さん付けはやめてと言われたので、ちゃん付けにしてもらった。その方が、ククルには合っているから。本人は、ちょっと不服そうな雰囲気を醸し出していたが、それで決定させてもらった。

 それからお礼を言えた日から3日目のこと、私は決定的瞬間を目撃することになる。

 早朝、いつもより寒くて私は早く目が冷めてしまった。横でまだククルは眠っている。私の体温が温かいのか、隙間なく引っ付いている。私ももう一眠りと思って目を瞑っていると、ククルはもごもごと動き出した。

 起きたようだ。

 私も起きようかと思ったとき、ククルは私を起こさないように毛布から抜け出して、床の1ブロックを抜き取り、その中から魔鉱石を取り出していた。虹色に輝く鉱石。

 今も昔も採掘には魔道具は使えない。使えば、その魔道具の魔力に共鳴して魔鉱石の純度が下がってしまうから。魔道具に使われる魔鉱石は、加工されているためそのようなことが起きる。

 だから質のよい物を採掘するのは、基本的には人の手で採掘することが大前提となる。ハイヒューマンの魔力は、この魔鉱石には共鳴しないのも大きな点だ。ヒューマンでもできるが、魔力量が少ないため採掘には適さない。

 エリュシィーは、素の体力が続かないのと魔鉱石に共鳴し易い体質ため、こちらも適さない。

 なので、ハイヒューマンが適正となる。採掘限定でだが。

 ククルの行動を見ていると、その魔鉱石に魔法式を書き込んでいくのがわかる。細かい作業に、私はめまいがする。飴玉サイズだが、純度は高級品に匹敵するものだ。私も採掘場に来てから、幾度とそれを目にしている。

 だからわかる。

 しかし、なぜ今それをたくさん集めているのか……。大量の魔鉱石をこの採掘場で持っていても宝の持ち腐れだ。外では、かなりの値段で取引される。そう考えると、ここから脱走するかのような……。

 いや、脱走するための準備をしているのではないかと推測できてしまう。

 ただ、今までそうしてこなかったのはなぜなのかわからない。それができるのなら、私がここの採掘場に来る前に脱走しているはずだ。それができない状況だったのかも……。もしかしたら、あの看守がいなくなったから?

 そう考えると、しっくりくるような気がする。推測にすぎないため、ククルの心中まではわからない。

 聞きたいが、ククルとの関係が崩れてしまうのではないかと思うと、聞くことを躊躇してしまう。もやもやとした感情が私の思考の邪魔をする。

 そんなとき、ククルはその石を手に握り、祈るような姿勢で体がほんのりと光を放つ。



『回復魔法?』



 私はそう心の中で思いながら、ククルの動向を見守る。

 ハイヒューマンは、魔法を扱うのが不得意なはずなのに、あれだけの細かい魔法術式を操り、魔法を扱えるなんて……。そのようなことを私が思っていると、ククルがこちらを振り返ってきた。

 私は慌てて目を瞑り、そのまま寝ているふりをした。忍び寄るククルの気配が、目の前に迫っているのがよくわかる。緊張感が私の心を乱す。

 そのとき、ふんわりと優しい魔力が私の体を包み込む。その優しい魔力は背中の痛みが消し、疲れも取り去る。あのとき感じた私の体内に流れる他の魔力の違和感の正体が、今わかった。

 だが、こっそりこのようにククルがしているのだから、私はこれを聞いてはならない。お父さんと同じで、それを聞いてしまうとククルが私の前から消えてしまいそうな気がしたからだ。

 嫌だ、絶対にあんな別れかたをククルとしたくない。また、あのときの過ちを繰り返したくない。

 だが、ククルの秘密を知りたいと思う気持ちも膨らんでいく。

 そんな自分の感情を抑えつけて、胸にしまい込む。

 なぜ魔鉱石を集めているのかと、なぜ強化魔法以外の魔法が使えるのかは絶対に聞かないと。

 ククルから話してくれるまで、そのときまでは……。


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