目覚めたら採掘場でした

 激痛で、私は目が覚める。

 首筋にズキズキとした痛みが頭の天辺まで走り、体の感覚が目覚めていく。

 私を罵る男の声は、何を言っているのかわからない。

 なぜこのようなことになっているのかも。



「おい! 早く謝ってみろよ! このクズが! てめぇらの替えなんて、いくらでもいるんだ! 何がハイヒューマンだ! 地面に這いつくばって、そうやって人生を生きるのがお似合いなんだよ!」



 そう男が叫び、風切音が鳴ったあと、私の背中に例えようのない激痛がまた走る。

 声をあげようにも、私の口からは掠れた空気が出るのみで、そこから言葉はでない。痛いというレベルではない。意識が飛び飛びになり、脳天まで痺れるそんな衝撃だ。その痛みで脳が処理に追いつかず、身を丸くすることしかできなかった。

 そんなとき、女の子の声がした。



「や、やめてください! ク、ククルさんにこれ以上酷いこと……し、しないでください!」

「なんだぁ? 俺に楯突こうってのか? って、おめぇは、こいつに助けられたからって、今度はお前がヒーロー気取りか?」

「そ、それは……」

「また、お前を標的にしてもいいんだぞ?」

「っ……、そ、それでも! や、やめてください! ククルさんが死んじゃう」



 女の子の声は震えていた。

 私は痛みが襲ってこなくなり、ようやく目の前の景色がぼんやりとだが見えてきた。辺りは薄暗い洞窟のようだ。松明がいたるところに焚かれており、その光が壁に埋まっている鉱石を照らしていた。

 私の目の前には、倒れた一輪車がある。その周りに散らばる七色に輝く鉱石がいくつもあった。

 これは……、魔鉱石だ。

 魔鉱石は、さまざまな魔道具の材料として使う。それ以外にも、魔鉱石内の魔力を吸い上げて使い、魔法を執行も可能な物だ。

 しかし、なぜこのような物が目の前に転がっているのかわからない。昨日はあの隔離された家にいたのに、今はこのような洞窟……。

 いや、これは採掘場といったほうが正しいか。そこで私が横たわっている。なぜなのか……、思考が昨日の記憶を呼び覚まそうと、必死に回らない頭を回す。

 そして、ようやく私は酒の勢いでやってしまったことを薄っすらと思い出した。

 あの禁術を執行してしまった……。あれは、完全なものではない。

 代償は……、声のようだ。

 あの魔法は相応のスペックでないと、私の魂が入り込めないように術式を組んであるので、この体は最終的に禁呪を発動させた当時の私のスペックまで届く個体となる。

 だが、現在進行系で危機的状況なのは理解できる。

 目の前で、私の代わりにムチ打ちを食らっている女の子。ああ、見ていられない……あのままでは、女の子が死んでしまう。なぜ、このようなことがまかり通るのか……。まるで、目の前で以前の私を第三者視点で見ているようで、イライラが止まらない。

 私は魔鉱石を握りしめ、体の感覚が麻痺しているのか、上手く術式がひけない。簡略化し、今できる魔術式を魔晶石に刻む。声を出すことができなくても、魔法は使える。とりあえず、この眼の前の男を黙らせたい。

 私の大っ嫌いなタイプだからだ。

 私はそのまま魔鉱石から魔力を吸い上げる。

 体に熱い何かがめぐり、自分の魔力と混ざり合う。



『痺れろ』



 そう心で呟き、その男の背中に流す。

 死にはしないが、脳天まで電撃が走り体のいうことは1日くらいはきかないだろう。私の魔法をくらった男はいきなり白目を向き、地面に倒れた。いきなりのことだったため、周りにいた者たちの視線がこちらへと向く。

 皆、なぜ倒れたのかわかっていないようだ。目の前で、いきなり倒れたようにしか見えないから仕方がないだろう。

 私は、かばってくれた女の子のほうへと歩み寄る。歩くたびに体中が悲鳴を上げる。それを歯を食いしばって黙らせる。

 声の出ないのは不便だ。

 目の前の女の子に「大丈夫?」の一言も言えない。だから、そっとその女の子の肩を揺する。

 すると、怯えたようにこちらを見てきた。

 栗色の長い髪、土や汗で汚れている。年齢は15才くらいだろうか。首筋などはムチで撃たれていたため、ミミズ腫れになっている。服はボロい上下で、泥などでくすんだ色の服。

 本当に必要最低限の物資しかあたえられていない。自分の服装も同じだ。

 その子は私と目が合ったら、その怯えた表情が嘘のように消え去り、涙目で抱きついてきた。



「ク、ククルさん、ごめんね……。私ばっかり助けてもらったのに……ごめんね」



 そのまま、何度も謝られる。

 私はそんな女の子に、そっと背中を撫でることしかできなかった。名前も知らないこの女の子。以前、助けたのだろうが、この体の中の者はもう死んでしまっている。私が目覚める条件は、その者の死なのだから……。

 この日は、監視員が倒れたことにより、周りにいた奴らが暴行をくわえ始めたことで、作業は中止となった。収拾がつかない状況で、作業する者たちに監視員が魔法を撃ち、大多数が怪我をしたからだ。

 私はそんな中、一欠片の魔鉱石を口に含んでその場を後にする。女の子に手を引かれてだ。

 長い廊下には、たくさんのドアが左右等間隔で並んでいる。中は私たちの居住スペースのようだ。狭い部屋に2人で1枚の毛布があるだけ。

 大人なら、体を丸まらせないと寝られないだろう。私の身長はそこまで大きくはないようだ。体の疲れからか、その床にコロンと横になる。かなり余裕で寝られる。

 疲れが体に溜まっているのか、横になったら睡魔が襲ってくる。



「ク、ククルさん……、ちょ、ちょっといいかな?」



 もじもじとしながら、先ほどの女の子が話しかけてきたため、私は体を起こして壁によりかかる。

 たぶん、知り合いなのだろうが、私にはこの女の子のことを知らない。

 どう接していいものだろうかと悩んでいると、女の子は話し始める。



「あ、あのね、この前は、私をかばってくれてありがとう。ずっと言いたかったのに、ククルさんはいつもここに帰ると寝ちゃうから、お礼を言えなくて……。その……、遅くなったけど……、ありがとう」



 ほんのりと明るい部屋で、女の子の顔がぼんやりとだが見える。

 その表情は、本当に嬉しかったのだろう。笑顔が見て取れた。

 ただ、どう反応したらいいものかと思っていたら、女の子は慌て始めた。



「ご、ごめんね。えっと、慣れ慣れしかったよね。名前も他の人から聞いたから……。私の名前なんて知らないよね?」



 私は女の子の言葉に、一度頷く。



「サラ、私の名前ね。その……、ククルさんは喋れないんだよね?」



 そう聞かれ、私はまた頷く。

 そうか、面識はあったけど話したことはなかったのかと安堵した。話がややこしくならずにすんだのは大きい。

 元の者がサラと親しい仲であれば、そこから矛盾が発生する。思考が先へ先へと走っていると、サラが不安そうな表情になっていた。

 いつもの悪い癖がでてしまった。考えごとをしていると、ついつい周りに反応できなくなる。私が何もアクションをとらないから、機嫌を損ねてしまったのかと思ったのか。

 私はサラの手を取り、手のひらに自身の指で言葉を書く。



『気にしないで』



 一文字ずつサラは発音して、合っているかどうかを私に問うてくる。

 手のひらと私の顔を交互に見て、可愛らしい小動物の何かなと思ってしまった。これは失礼かなと心の中で笑う。文字での会話ができるだけでもありがたい。ただ、眠気が強くてうとうとしてしまった。

 それに気がついたのか、サラがゆっくりと私に寄り添い、倒れないようにしてくれる。

 何年ぶりだろう。こうやって人と触れ合うのは……。ただ、残念なのは言葉を話せないこと。

 そんなことを思いながら、私はサラのぬくもりを感じつつ、睡魔に塗りつぶされるのであった。


 目が覚めると、頬をドアの隙間から入った風で撫で付けられる。

 体がぶるりと震えて、モゴモゴと丸まって熱を逃さないように毛布に顔を埋める。地面が硬いため、深い眠りにつけなかった。

 しかし、昨日は壁に背を預けて寝ていたはずだが、サラがこうして毛布にくるめてくれたのだろうか。ありがたいと思いながらも、寝ても疲れてしまうのは厄介だと首をひねる。

 横を見ると、サラはまだ眠っていた。

 このまま採掘の時間まで眠っててもいいが、それだと調べ物もできないため、渋々私は体をゆっくりと起こす。

 サラを起こさないようにそっと毛布から這い出た。それから、私は舌の下に隠していた魔鉱石を取り出し、それを使ってこの洞窟内を風魔法の探索で調べ始める。

 こんなところに、ずっといるなどありえないからだ。

 空気を振動させ、反響から周りの地形を読み取っていく。地下は何百メートルも続く。これは範囲を広げても意味をなさない。上へと探索を進める。

 頭の中にどんどんマッピングが広がっていく。現在、自分のいる場所は地層2階のようだ。

 上の寝床には数十人の看守たちがいるのが表示されている。

 出口までに7人、外に10人が警備していた。交代制での警備はたしかだが、ここを脱出するには今の私の魔力だけでは無理。純度の高い魔鉱石が必要となる。魔力の代用品として使うためだ。

 私はここから脱走するための魔鉱石を集めてから、脱走を行うことを決める。

 魔鉱石でドーピングすれば脱走は可能であるからだ。

 さて、残り少ない魔鉱石の魔力を使い、体力を回復しないといけない。採掘の作業が終わってから、すぐに眠ってしまっては何もできないからだ。

 これは、計画に必ず支障をきたすのは明らかだ。

 私は手に持つ魔鉱石に術式を刻み、回復魔法を使う。



『癒せ』



 すると、体の痛みがスッと消えていく。

 ムチで叩かれた跡は消えないが、疲れなどは回復できる。本当は大きな回復魔法を使いたいのだが、この魔鉱石ではできない。

 使えば一瞬で石が灰になってしまい、魔法は失敗に終わってしまうからだ。

 私は、眠っているサラにも回復魔法を使う。久しく人と触れ合っていなかったのもあるが、私を守ってくれたから。

 純粋にその気持ちだけが嬉しかった。

 サラを回復させたあと、残り少ない魔鉱石は光を失い、ただの石ころになった。調整に少し手間取ったが、きっちりと魔力を使い切ることに成功した。手のひらの上で石ころとなった魔鉱石を転がし、また考え込んでしまう。

 この部屋はどうにかならないかと。この冷たい床での睡眠は、はっきり言って最悪だ。硬いベッドの方が数倍ましなレベルでだ。

 そのようなことを考えていると、後ろから声が聞こえてくる。

 また、反応をするのを忘れていた。



「ククルさん? 気分が……悪いの?」



 後ろを振り返ると、心配そうな表情のサラがいた。

 だから、私は首を横に振る。そうすると、安心したようにホッとサラが息を吐く。考えごとはいけないなと思いながら、集中するとこうなってしまうのだから仕方がない。

 さて、まだ作業までに時間はあるようなので、私は現在ここがどこなのかなどの情報をサラから聞き出すことにした。相変わらず、話は手のひらに書いて一文字ずつ質問を伝えることになり、時間はどんどん消費されることとなる。

 サラからの情報はこうだ。

 私がいたころの時代から、だいたい700年の歳月が流れていた。

 まさか、そこまでの年月を私の魂が彷徨っているとは思いもしなかった。あの時代から、一眠りしたような感覚でしかないから仕方がない。

 あとは、種族はあの時代から増えていない。

 サラが4種族の名前をあげてくれたからだ。

 ヒューマン、ハイヒューマン、エリュシィー、魔族の4種族。

 これを聞いて、私は頭の中で整理する。

 もともとある情報だからだ。

 ヒューマンは言わずもがなスタンダードな種族。ハイヒューマンとエリュシィーは、人工的に交配されて作られた種族。

 歴史からいうと、ヒューマンの優れたところは魔法に優れていること。

 ハイヒューマンは、そのヒューマンの魔力をもっと上げて、寿命も倍以上にしたりと、簡単に言えば遺伝子そのものを操作してできた種族。特徴は長耳で、病気にも強くなっていることなどが利点とされる。

 魔法を極めたり、研究者はハイヒューマンが多い。欠点とされるのは、大器晩成型ということと、魔法の操作が難しいことだ。

 エリュシィーは、ヒューマンの利点である魔法より、近距離戦闘や探知などに重点が置かれている。優れた動物のよい遺伝子をヒューマンと掛け合わせたことで誕生した種族。戦争で大いに活躍した種族でもある。

 最後に魔族だが、はっきり言ってこの種族の数はもの凄く少なかった。

 私のいたころは、長い年月を生きてきたが、一度しか見たことがない。といっても、魔族は魔物が知性を持って生まれた種族なのだから、個体数が少ないのは当然だ。

 他にもそういった進化をしたという報告もあるが、私は詳しくは知らない。

 私の元の体はハイヒューマンに属している。

 研究に多大な時間を使えるのが魅力。それに、ヒューマンよりも高い魔力保有量を持っているからだ。

 そのかわり、そこまで達するためには、努力しなければいけない。魔法操作は、初動でヒューマンより低い。

 最終的に追い抜くが、基準がヒューマンなのだから仕方がない。

 そして、この場所はアルダール帝国という領土であること。私がいたころにはなかった帝国だ。前にあったのは、滅んだのだろう。ざまーみろ。

 だが、どんなに変わっても誰が当地してもやっていることは変わらないようだ。本当にくだらない。

 あとは、魔物がはびこっているこの世界はかわらないらしい。ヒューマンによる魔鉱石を人工的に作るために生み出された魔物。普通の動物に魔鉱石を埋め込んで、自然界に存在する魔素を取り込ませることで魔鉱石の純度を上げた生物だ。

 それが戦争のときに逃げ出し、野で野生化したのが魔物。繁殖能力が強く、爆発的に数が増えてしまい、討伐が追いつかなくなったというくだらない理由だ。

 当時は、魔鉱石を完全に取り尽くしてしまった。だが、今こうして魔鉱石があるということは、年月をかければまた生み出されることになる。

 まったく哀れだ。

 いる数だけ取ればいいのに、ヒューマンというのは貪欲なものだ。いや、他の種族のことは言えないか……。

 あと、この洞窟にいる者はすべてがハイヒューマンらしい。

 ハイヒューマンは初期魔力保有量が多いため、身体強化の魔法を長い時間使えるのが理由だ。それに、魔道具を使うと魔鉱石の純度が落ちるため、今もアナログな採掘が主流らしい。

 私は外の世界を知らないので、なんとも言えないが、少し認識が違うような気がした。

 サラにいろいろと詳しく聞きたいが、さすがに筆談では時間がかかりすぎる。そのため、詳しくは後ほど聞くかなと思考を止める。

 大体のことを把握した私は、お礼としてサラの頭を撫でてみた。目をキラキラさせているのだから、なんとなく撫でてあげないといけない気がした。

 昔、動物の世話したときの感覚でだ。サラはかなり戸惑っているようだったが、撫でられている間は恥ずかしそうな表情を浮かべていた。

 それから、私とサラは食事を渡され、それを食べて作業となった。

 出された物は、硬いパンと少し淀みのある水。人の食べ物としては、最下層以下のレベルだった。

 ああ、早くここから出ないといけない。私はそう思いながら、採掘場の奥へと歩きだす。

 脱出のための魔鉱石を手に入れるために……。



 計画を立ててから、4日がたった。

 現在、私が持っている魔鉱石は10個ほど隠し持っている。サイズは小さいが、良質の物を手に入れているため、魔力量は最初の物よりかなり多い。

 あと、サラは最近調子がよいと笑顔で私に報告してくる。

 それと、さん付けはやめてくれと伝えたら、ちゃん付けになった。さんのほうがよかったかもと、ちょっと後悔……。

 毎日起きてから筆談をするのも日課になった。

 私は書かなければいけないので、大抵はサラのことを聞くことが多かった。

 あと、予想よりも早く計画が実行できそうだ。邪魔者は現在治療中のため、私たちに危害を加える者はいない。

 あの監視員が特殊なのかもしれない。

 他の者は、当たり障りのない感じの看守ばかりだったからだ。

 私はそんなことを思いながら、その日の夜に計画を実行に移すのであった。

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