9.ヒロム・アイダ

 ホームルームも終わり、俺は席を立つ。他のクラスメイトたちも部活や帰宅で教室を後にする。


 荷物を肩にかけ歩きかけたタイミングで、女子生徒が声をかけてきた。

「アイダ君、また放課後は図書室で勉強? まだ高1なのに頑張るねぇ。」

 クラスメイトのサヤ・ヤマモトだ。彼女とは同じ中学出身だ。


 お互い成績がいまいちだったため、近所の公立高校へ進学した身だ。

 最も、彼女の場合は部活に頑張りすぎたのが原因で、俺の場合は単純に不勉強だったのだが・・・・・・。



 ヤマモトは明るくてスポーツが得意。友人も多く社交的だ。相変わらず勉強の方はいまひとつのようだが、全体としてはリア充タイプだろう。

 俺はといえば、中学時代に少々拗らせていたこともあり友人も少ない。彼女とは対極とも言えるだろう。



「ああ、もっと成績を上げないといけないからな。」

 最近の俺は以前にも増して人付き合いが希薄になっているため、心配してくれているのだろう。

 だが彼女とはあまり話題も合いそうにないし、そっけないくらいの態度で対応しておく。


 早々に教室を出て図書室へ向かう。今日の授業とは別に自習するためだ。



 俺はミルーシャから戻ってきた。まあ、今でも毎週末には向こうへ行っているんだが。

 人族と亜族の歩み寄りは始まったばかりだ。俺は自分がミルーシャのためにできることを考えた。


 俺の星では世界中に人種対立やその歴史がある。多くは今だに対立を続けているのだが、その歴史を学ぶことでミルーシャの今後の役に立つのではないかと考えたのだ。

 加えて、ミルーシャでは術法やスキルを使って怪我の治療できてしまう。そのため医学の発達が遅れており、病気への対策は今だにおまじないの領域だ。


 俺は俺の星から持っていける知識として、これらの歴史と医学を持っていこうと自身に誓った。



 そう決めてから俺は、ネットや図書館を利用して歴史の調査。更に医学部へ進むための勉強を日々行っている。

 やればやるほど時間が足らない。まだ高校一年生だと油断していたら受験に間に合わない。



 図書館の席で明日の予習を済ませたところで、既に日が沈み周囲が薄暗くなっていることに気がついた。

 俺は荷物を仕舞い、帰宅することにした。



「あ、アイダ君も丁度帰り?」

 またヤマモトだ。校門へ向かう途中、別方向から歩いてきたヤマモトに声をかけられた。部活が終わった帰りのようだ。


 他の女子生徒も居るんだから彼女らと一緒に帰ればいいのに、なぜか俺の横までやってきて一緒に帰る雰囲気になってしまった。



「こんな時間まで勉強なんてすごいね。」

「そうでもない。」

 俺は努めてぶっきらぼうに返す。しかしヤマモトはそんな俺の雰囲気はお構いなしのようだ。


「私はそんなに勉強はできないなぁー、やっぱり、いい大学に行きたいから?」

「・・・・・、医者になりたいんだよ。」

「すごいね!」

「・・・・・・・。」

 ヤマモトはズケズケと踏み込むように会話を広げてくる。俺に友達が少ないから心配しているのだろうか、おせっかいな奴だ。


 俺には話題が無かったためそのまま黙っていた結果、会話が無いまましばし並んで歩くことになった。


「えっと、私、こっちだから。」

「ああ、また明日。」

 とりあえず社交辞令だな。そう言って俺は立ち去ろうとした。


「そのー。」

 歩を止め、ヤマモトを振り返る。


「勉強も大事だけど、無理、しすぎないようにね!」

 いろいろ気遣いしてくれるタイプのようだ。


「ああ、ありがとう。」

 以前の俺なら、ここで悪態の1つもついたかもしれない。が、今はすんなり礼の言葉が出た。


 気遣いしてもらえることはありがたいことだ。それが多少的外れだとしても。



 ヤマモトは小走りで夜の闇に包まれつつある道を去っていった。





《アメリア北の山脈地帯に落下したこの物体は・・・・・》

 風呂から出てキッチンで水を飲む。リビングでは母さんがテレビを見ていた。


「あ、ヒロムほら、見てみなさいよ。外国に落ちた隕石だって。もしかしたら宇宙生物かもしれないって!」



 テレビ画面にはヘリから撮影したらしい映像が映っている。クレーターの中心には大きな銀色の玉があるようだ。

《現在、MASAの調査チームが解析を行っており・・・・・・》

「すごいねぇ、宇宙人かな。やっぱりタコみたいな形してんのかしら。」

 わが母ながら、あまりにベタ過ぎる宇宙人観だな。

 俺は実際の宇宙人に会ったことがあるだけに、微妙な気分だ・・・・・・、ん?


 アマクサは「宇宙時代未満の星には、原則干渉しない」って言ってたっけな。ということは、アレは何だろう?

 本当にただの隕石か、もしくは何かの事故の残骸とか、そんなものかな?


 考えても仕方ないか。俺がそれを訴えたところで大した意味はないだろうし。


 俺は勉強の続きを始めるため部屋に戻った。






 俺は学校の休み時間には、大抵人種関連の歴史書を読んでいる。

 今日も読書をしていたところ、教室内がいつもに比べて騒がしいことに気が付いた。


「すごいことになってんな・・・・」

「死人がでたんだってよ」

「MASAの研究者が・・・・・」


 MASAって最近どこかで聞いたな。確かアメリアにある宇宙開発局だったか・・・・・・。

 あ、そうか、夕べ見たテレビか。死人がどうとか言ってたが。



 俺もさすがに少し気になり、スマホでニュースサイトを確認する。一面トップがあの宇宙からの飛来物のニュースだ。

 接近した研究者の一団が、あの銀の玉から出現した謎の生物により殺害された!? 軍が出動!? 銀の玉周辺は戦闘状態になっている!?



 予想を超える事態だ。俺は直感的に気が付いた。アレは宇宙人とかそんな生易しいものじゃない。非常に危険な何かだ。


 俺の脳裏にはミルーシャで遭遇した捕食者とその眷属たちの姿が浮かぶ。

 仮にこの星の軍隊が、あのレベルの集団を相手にして勝てるか!?



 そのとき、外から轟音が響く。空気を裂くような爆発的音量。反射的に窓から外を見る。

 筋状の雲を残し、空を何かが飛び過ぎていく。以前ニュース映像で見た大陸間弾道ミサイルに似ている。



 1つは急激に軌道を曲げ、学校から数kmほどの位置に落下した。


「なんだ!!」

「あれ!?」

「どうした、どうした!?」


 教室内の喧騒が急激に増す。全員窓から外を見ている。



 落下による爆発などは特にないようだ。砂煙のようなものが上がっているだけだ。

 それだけだが、とてつもなく嫌な予感が襲う。あまりの寒気に体が震えだす。

 アレは、決定的、絶対的にマズイ何かだ。



「静かにしろー!」

 教師が教室に入ってくる。

「とりあえず、全員校庭に避難するぞ。騒がず、ゆっくりと校庭まで移動しろー。」

 生徒たちは「えー」「なにー?」などと騒ぎつつも、教師の指示に従い教室から出て行く。

 俺は震えのあまり、席から立てずにいた。


「アイダ君、大丈夫?」

 気が付くとヤマモトが近くに居た。気遣わしげに俺の顔を覗き込んでいる。

「だ、大丈夫だ。」

 俺は震える体を無理やり立たせ、教室から出る。





 校庭に出てクラスごとに整列する。

 ミサイルのような物体は既に飛んでいない。だが、遠くから警察や消防のサイレンが絶え間なく響き続けている。

 周囲のクラスメイトたちも、「なんだろう?」「サイレンがずっと鳴ってるんだけど」などと落ち着きがない。


 俺はといえば、激しい頭痛に襲われていた。

 いや、これは警告だ。俺の中の何かが、近づいてくる脅威に対し全力で警鐘を鳴らしている。


「こ、ここに居たら危険だ・・・・・・。」



 それほど遠くない場所で悲鳴が上がる。何かを壊すような音もする。近づいてくる!?


 校門から何人かの人間が駆け込んでくる。周辺住民か?

 学校は非常時の避難場所だから、避難民が来ること自体は不思議ではない。だが・・・・・。



 住民たちの後ろから姿を現したのは、巨大な昆虫のような怪物だ。全身銀色で、6本の足をすばやく動かし住民を追いかけている。


 男性の一人がその前足に引き裂かれ、体をバラバラにされた。



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 生徒たちの中から悲鳴や怒号があふれ、全員が一斉に逆方向に逃げ始める。

 俺も流れに乗り逃げていく。今の俺では何もできない!!



 あれは次々と手近にいた人を刻んでいく。俺は人波に飲まれながら、それを見ていることしかできない。


 逃げることしか・・・・・。いや、ミルーシャに行けば・・・・・・、あそこからなら連絡ができる!! きっとあいつなら、アマクサなら!!



 俺の部屋にあるパソコン。あそこにデウスマキナがインストールした専用アプリが入っている。


 それを使えば、いつでもミルーシャに行ける!!

 そうだ! 家に向かおう!!


 急に勇気がわいてきた。体が軽くなる。力が湧いてきた。

 俺は急いで家に向かうべく、人波から外れ違う方向へ向かう。



 そのとき視界の隅に、倒れた生徒を守るように立つ女子生徒の姿が映った。

「ヤマモト?」

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