4.惑星ガソーシャ

 フローティングバイクで高度を落とし雲海へと沈んでいく。しばらく雲の中を進むと視界が開けた。雲を抜けガスの海上に出たようだ。



 間近で見たガスの海は雲ほどは濃くない。濃さはドライアイスのスモークと同じくらいかな。曇り空の下に広がるガスの海。上下に広がる白い世界は幻想的とも思える。

 しばし風景を見つつ、フローティングバイクで飛行する。



「ユウスケ、何か浮いてる。」

「え?」

 ラファが左側を指差す。その先には小型の飛行船のような物が漂っている。無人・・・・・か?


 機構は気球っぽいと言えばいいだろうか。飛行船のように流線型な風船の下には炎が灯り風船内の空気を加熱している。ゴンドラ部分も流線型で、まるで小舟のようだ。

 しかし、推進するための機構が無いように見える。飛行船ならプロペラ式の推進器が付いているのが普通だが。

 見た目はいかにも飛行船的な形状だが、気球の様に気流に乗って移動する仕組みなのだろうか。



 好奇心につられ飛行船に近づいてみる。と、無人かと思ったゴンドラ部分には人が倒れていた。

 人か? 人だよね? 概ね人型ではあるが、全身には羽毛らしきものが生えている。両腕は特に顕著で、腕としての機能は持ちつつも翼のような見た目だ。

 しかし、最も特徴的な箇所は口だろう。鼻から口にかけて、黄色のくちばしのような形状になっている。


『ガソーシャ人です。ガソーシャの知性体は鳥類からの進化種です。そのため、体には羽毛が残っており、両手は翼であったころの名残でこのような形状です。しかし、飛行能力は進化の過程で失われており、現在は地上生活をしています。』

 それで飛行船に乗っているのか。飛べるなら飛行船なんて要らないしね。


「倒れているけど、生きてる?」

『各種センサによると、生命活動の反応があります。おそらくは極度の疲労により意識を失っていると考えられます。』

「とすると、このまま放置しておくのは危ないなぁ、ついでだ、目的の"島"まで牽引するか。」

 僕はフローティングバイクからワイヤーを伸ばし、飛行船の舳先に括り付ける。

 飛行船が転覆しないように気を付けつつ、僕はフローティングバイクを走らせた。






 目的の島が見えてきた。


 島の周囲は高い岸壁になっている。

 ガスの海はちょっとした風でガスが舞い上がる。海面(ガス面?)に近い高さだと舞い上がったガスが侵入してくる可能性もあり、このような地形でないと生物は住めないのだろう。


 そう、この島に来たのは、ここに知性体の集落があるからだ。この星の知性体と接触し、ヴァリアントについての情報を収集ためだ。

 宇宙時代未満の知性体に対する接触は極力避けた方が良いのだが、事態が事態であるため被害状況の確認も兼ねての接触だ。



 岸壁の上にフローティングバイクを着地させ、牽引してきた飛行船も近くの岩に括り付けた。

 フローティングバイクを岸壁の岩に擬態させる。岩だらけであるため隠しやすい。


「知性体と接触するなら、変装が必要だな。」

 丁度、サンプルが近くに在るしね。

 ボディスーツの擬態プログラムでガソーシャ人の姿に変身する。

 ボディスーツが羽毛状に変形し、両腕はまるで翼のようだ。ボディスーツの一部が口を覆いくちばしを形成する。

 ラファを見る。僕の視線に気が付いたのか小首を傾げている。当然くちばしになっている。うん、くちばしも悪くない・・・・・。




 さて、では集落を探しますか。

 改めて島を観察する。見たところ島にはほとんど植物が無い。一様に岩場が続き、島中央部に向け山の様になっている。山もむき出しの岩場のようだ。

 ここの人たちの生活が心配になるような環境だ。


「ん、ここは・・・・。」

 お、牽引してきた飛行船で倒れていた人が目覚めたようだ。

 ちなみに言語はアイが翻訳してくれている。

「こ、ここはモルドーニャの北端じゃないか! くそっ!! なぜここに!!!」

 起きた途端にお怒りだ。ここに連れてきたらダメだったのか・・・・?


「!? お前たちは!?」

 しばし傍観していた僕らに気が付いたようだ。そういえば、誰何された場合の答えを考えてなかった。どうしよう。

「まさか、ルイルージャの者か!? ルイルージャはどうなっている!? 無事なのか!?」

 うーん、ルイルージャの者ということにすると、いろいろと突っ込まれそうだ。

「勇者と、その仲間です。」

 ラファさん!?・・・・・・・・・それって、どっちが勇者で、どっちがその仲間?


「ゆ、ユウシャ? ユウシャとは・・・・・・?」

 疑い、というよりは困惑の表情だ。言われた僕も困惑状態だ。

「い、一種の旅人です。」

「そ、そうか。君たちは旅をしているのか、旅をしている人なんて初めて見たが・・・・・・・。」

 う、この星では旅人は珍しいのか・・・・・・、いやそうか、海がアレだしな。

 なんと言い訳しようか・・・・・・。


「ということは、浮き船の扱いもかなりの腕なのだな?」

 急に表情が鋭くなった。何かよからぬことを企んでないですかね、この人。


「ドルコン!!」

 そんなやり取りをしていると、岩場の影から別のガソーシャ人が一人駆け寄ってくる。

 そういえば名前聞いてなかったが、飛行船で倒れてた奴は"ドルコン"らしい。


「チッ、ジョピンか。俺の邪魔をしに来たのか?」

 ドルコンが言い終わるのを待たず、ジョピンと呼ばれた男はドルコンの頭に固そうな拳骨を落した。ゴン! と、非常にいい音がした。

「ぬがぁ、お前、ジョピン! 長の孫を殴るとは!」

「長の孫だろうが、なんだろうが、命知らずのバカにはいい薬だ! まだ14のお前が、一人でルイルージャまで行けるわけがねぇだろうが!」

 見た目の歳が分かりづらいがドルコンは14だったらしい。殴られて頭を抱えている様は確かに若く見える。

 ジョピンと呼ばれた男はドルコンより年上のようだ。


「ジョピンといえども邪魔はさせない! 俺はなんとしてもルイルージャに行く!」

 ドルコンは岩に括り付けたワイヤーを外そうとする。

 そこに再び拳骨が落ちる。ゴン! と、またもやいい音だ。


「に、二度も殴った!! 軽々しく殴りすぎだ!」

「許嫁のワスンが心配で仕方ないのはわかるが落ち着け。とりあえず長のところまで連れて行くぞ。」

「な、お、俺は、わ、ワスンのことなんて!!」

 ワスンってのは女の子かなぁ、ドルコンは明らかに狼狽している。わかりやすい。

 ドルコンは羽交い絞めにされ、ずるずると連れて行かれる。



 そこでジョピンと目があった。動きが止まる。



「あんたら、何者だ?」

「ゆうしゃ「旅人です。」」

 ラファのセルフに被せるように発言しておく。こっちを見てむくれている。うん、かわいいんだけどね。


「偶然、通りかかったら船が漂っていたので、ここまで引っ張ってきたんですよ。」

 ジョピンは険しい目つきでドルコンを睨む。ドルコンは素知らぬ顔をしている。


 ジョピンは僕とラファを疑わしげな目で見る。相当怪しまれてるな。

「旅人か。生まれて初めて見たが・・・・・、旅人ということは当然浮き船は持っているんだろう? どこにあるんだ?」

 浮き船って、あの飛行船みたいな奴か!? 当然無い。どうしよう。


「そ、その、途中で調子が悪くなって、それでドルコンさんの浮き船に相乗りして、ここまで来たんです。」

 ドルコンは押えられながら、「え、そうなの!?」と言いたげな表情をしている。

 ジョピンは相変わらず疑いの目を向けてくる。ちょっと苦しい言い訳だったか・・・・・。


「・・・・・・、少なくともこの島の人間ではないのは事実だな。とりあえず集落まで来てもらえるか? 大人しく来てもらえると助かるんだが?」

 大人しくしない場合は、力づくで・・・・・? と言いたげな雰囲気だ。目的は情報収集だし、ここで揉めごとを起こすのは得策じゃないな。

「わ、わかりました。」





 ジョピンに連れられ岩山を越えると、盆地状の土地が目に入る。盆地には植物や池もあった。

 そうか、ガスから守られるこういった地形には植物もあるんだな。


 ちなみに、ドルコンが度々逃走を試みるため、僕がワイヤーを提供し縛って拘束した上で連行している。

 僕はドルコンの拘束を手伝ったが、その時のジョピンは"僕を疑わしい人物として警戒しつつも身内の醜態を恥じている"という、なんとも複雑な表情だった。



 盆地を囲む山を中腹あたりまで下ると多数の洞窟があった。

「ここだ。」

 ジョピンは洞窟の一つに入っていく。どうやら山の斜面に洞窟を掘って住んでいるようだ。

 僕とラファも洞窟へ入る。

 


 洞窟内の床や壁面は綺麗に磨かれ、石造りの建屋に居るかのようだ。ところどころに松明があり洞窟内を照らしている。

 しばらく行くと脇道があり、そこでジョピンが別のガソーシャ人と言葉を交している。


「この部屋で少し待ってくれ。」

 ジョピンに指示された脇道を見る。

 道の先は小部屋だった。小部屋の中には簡素なワラの座敷が敷かれている。


「わかった。」

 とりあえず言うとおりに待つことにした。

 ジョピンは縛ったドルコンを連れ、洞窟奥へと去っていく。小部屋の前には他のガソーシャ人が立ち、こちらを見張っている。



 座敷に腰掛けラファと益体も無い話をしつつ待っていると、やがて年配のガソーシャ人がやってきた。

 さすがに年配者はわかった。しわや体格に年期が見て取れる。


「わしはこの集落、モルドーニャの長でイグールじゃ。よくぞおいでなさった。」

 僕も立ち上がり、自己紹介をする。ラファもつられて立ち上がる。

「僕はユウといいます。こっちはラファ。訳あって、旅をしています。」

 イグールさんと軽く握手を交わす。

「とりあえずお掛けくだされ。」



 イグールさんに促され、再度座敷に腰掛ける。イグールさんも腰かけた。


「まずは孫を連れ帰ってくれたことに感謝を。」

 イグールさんは軽く頭を下げる。


「いえ、本当に偶然通りかかっただけですので。」

 イグールさんは改めて鋭い視線を向けてくる。

「わしも長い人生において、最後に旅人が集落を訪れたのはいつだったか・・・・・。その"訳"というのを伺うことはできんですかな?」

 初めてではないようだが、やはり相当珍しいのだな。

 イグールさんたちには全く害意はないのだが、何と言えば信用してもらえるだろうか。


「おさぁぁぁ! また奴らが!!」

 小部屋にガソーシャ人が駆け込んできた。

「静かにせい! お客人が居るのだぞ!」

「え、客?」

 若いであろガソーシャ人は"客"が珍しいのだろう、表情に疑問符が浮いている。

 まあ、それはいいとして、問題は"奴ら"の方だ。


「もしや、銀色の怪物では?」

 イグールさんが目を見開く。表情が雄弁に物語っているな。だが、すぐに視線はより厳しい物に変わる。

 僕らが怪物の出現と関わっているのでは? と疑っているようだ。


「勘違いしないでください。僕らはソレを倒すために追っているんです。」

「そ、それは、どういう?」


 ちらっとラファを見る。いつもながら、戦闘以外では割とぼんやりしているな。この際利用してしまおう。


「細かくは聞かないで頂けると助かります。ただ、僕は、奴らを一匹残らず倒したいと思っています。」

 ラファを気遣うような視線を向ける・・・・・・、ようなフリをする。

 ラファは良くわかってないのか、「なに?」と言いたげな表情だ。


「そ、そうでしたか・・・・・。」

 長はラファを何かの被害者と思ってくれたようだ。憐れむような表情でラファを見ている。うん、騙してごめん。

「奴らがどこに出たんですか? 僕も戦います!」

 とりあえず撃退の手助けをしておこう。

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