8.反撃の狼煙

「ガーランド少佐・・・・・・。」

 パロユーロ基地の霊安室。遺体が残った戦死者たちは、一旦ここに保管される。戦況が落ち着けば、ロスタコンカスへ移送し、埋葬されるそうだ。


 ガーランド中尉は二階級特進し、少佐になった。

 ガーランド少佐が収められている引き出し状の棺は、静かに壁に格納されていく。 

 周囲の人たちは皆、敬礼でガーランド少佐を見送っている。


 モント軍曹は姿勢を正し見送っているが目の周りは真っ赤だ。今も涙をこらえているんだろう。

 バーリゴル少尉の敬礼していない逆の手は、血が滲みそうなほどに握られている。


 僕はかけられる言葉がなかった。ただ、その様子を見守ることしかできない。



「彼は英雄だ。我々が無事ここまでたどり着けたのも、彼のおかげだ。」

 大統領もガーランド少佐の見送りに来ていた。全員に聞こえるよう、彼を讃える言葉を送っている。


 モント軍曹もバーリゴル少尉も、しばらく霊安室に残るようだ。

 大統領の退室に併せ、僕も部屋を出る。


「少しいいかな?」

 大統領から声がかかった。大統領の後ろには、パロユーロ基地司令 ゴーシュ少将も一緒だ。

「はい。」


 パロユーロ基地までやってきたが、ここでも通信機器は使えなかった。

 この基地もガルロマーズの通信妨害影響下にあり、基地にある高出力通信設備を用いても星系外との通信はできなかった。


「今のところ、パロユーロ基地はガルロマーズを押しとどめている状況ですが、これもいつまで耐えられるか分かりません。」

 ゴーシュ司令は現状を説明してくれた。

「銀河連邦へ援軍要請をしようと思っていたが、まさかここまで来ても連絡手段が無いとはな・・・・・・。」

 大統領は「正直手詰まりだよ」と言いつつ自嘲気味に笑う。

 必死にここまでやってきたのに、結局どうすることもできないのか・・・・・。



「こうなっては、我々はここで最後まで抗戦するしかない・・・・、だが、ユウスケ殿は元々この国の人間ではない。今からでも脱出を・・・・・。」

 大統領はここで最後まで戦い抜く決断をしたようだ。


「それが・・・・・、」

 そう、既にソレイユがどうしようもない状況なのだ。


 重力子ジェネレータは残っていた2基とも焼き付いて融解している。

 残っていた1基の重力ドライブも、最後の墜落で大きく破損してしまった。飛行はおろか、浮かぶことすらできない。


 船体にしても、外部装甲は無事な箇所がほとんどない。

 下部にあった貨物室はほとんど全て潰れているし、格納庫にも大穴が開いてしまっている。

 全体のフレームにも歪みが入っている。つまり、軽く見積もってもソレイユは廃船だろう・・・・・。


 その上、ジェネレータの融解に巻き込まれてサイトウさんが機能を停止していた・・・・・・。どのみち修理できる手段も塞がれている。



「我が軍から提供できる艦船があればいいのですが、この状況で離脱できるものは・・・・・・。」

 ゴーシュ司令も苦い表情だ。パロユーロ基地もガルロマーズに包囲されている。普通の艦船では脱出もできない。

 僕もどうやらここで足止めになりそうだ・・・・。


「司令、こちらでしたか!!」

 士官がゴーシュ司令を見つけ、駆け寄ってくる。

「どうした?」

「銀河連邦管理者の使者と名乗る者から通信が・・・・。」

「通信だと!?」

 大統領が士官に詰め寄る。

「は、はい、基地への入港許可を求めています。既に第173宇宙船ドッグへの入港可能状態であるとかで・・・・・。」

「ばかな・・・・、ガルロマーズの包囲を抜けてきたのか!? 艦影を確認したか!?」

 司令の驚きの声は廊下に響き渡っている。士官がかなりたじろいでいる。

「そ、それが、レーダーにも、赤外線探知にも、目視での観測でも機影が確認できません。しかし、確かに宇宙船ドッグゲートの目の前から信号が発信されていて・・・・。」





 司令と大統領は第173宇宙船ドッグの管制室に来ている。流れで僕も一緒にやってきた。

 管理者からの使者なら僕もぜひ会いたい。


 宇宙船ドッグのゲートが開口する。外の風景が見えるが確かに何も居ない。やはり何かのいたずらか?


 その直後、ドッグ外の風景が歪み1隻の船が姿を現す。

「なんと!?」

 大統領が声を上げる。管制室内はにわかに騒がしくなる。

 あれは光学迷彩か。レーダーも赤外線探知にもかからないとは、ただの迷彩ではなさそうだが。

 艦船が入港してくる。その姿は見覚えがある。いや、まるでそのままだ。


「ソレイユ?」


 宇宙船ドッグのゲートが閉じられドッグ内の空気調整がされたのを確認し、入港してきた艦船ところまでやってきた。

 艦船のハッチが開く。一人の少女がタラップを下り、途中から駆け下りながら僕に飛びついてきた。


「ら、ラファ!?」

 ソレイユそっくりの船から降りてきたのはラファだった。管理者からの使者ってラファ!?

 ラファは白い上下のゆったりとした服を着ていた。中には僕と同じ黒いボディースーツを着用している。


「あなた、迎えに来たよ。」

「ぶっ!」

 呼び方が変わってる!!


「あーっと、ユウスケ殿? もしや奥方か?」

 大統領が遠慮がちに聞いてくる。

 僕はラファを何とか引きはがし、横に立たせる。

「えっと、彼女はラファ、僕のこん「妻です」」

 ラファがかぶせてくる。もういいや、訂正するのが面倒になってきた・・・・・。


「ラファ、この船は?」

 外観はソレイユに良く似ている。クジラ型だ。微妙に装備が違うようだが。


「"ソレイユ ドゥジエム"、あなたが、内乱に、巻き込まれた、と聞いて、Rimが、準備してくれた、よ。」

 そうか、Rimさすがだ。ありがたい。

「ちなみに、"あなた"って呼び方は誰から聞いたの?」

「Rimから、いろいろ、教えてもらったの。亭主関白とか?」

 そうか、Rim、帰ったら説教だ。



「ここへ来るときは、すてるす? を展開したの。」

『システムリンク、データ同期しました。ステルスフィールド、光学迷彩に加え、レーダー電波吸収、熱遮断の機能により、一定時間機影を完全に隠ぺいするシステムです。』

 新しいシステム? つまり、強化版ソレイユってことか・・・・。


「あ! あと、管理者と、通信できるよ。」

「え、そうなの?」

 そんなに通信出力高いの?

『ここまでの航行において、中継衛星を配置しており、ソレイユドゥジエムであれば銀河連邦への通信が可能です。』





「銀河連邦 行政司法管理システムです。マーニバスラ大統領、ご無事でなによりです。」

「お気づかい、ありがとうございます。」

 ソレイユドゥジエムは長いので、以降ソレイユと呼ぼう。

 ソレイユのダイニングルームで管理者と会談となった。室内には大統領と基地司令、それに僕とラファが居る。


「勇介も、無事で安心しました。」

「あざっす!」

 微妙に管理者に睨まれた。さすがにフランクすぎたか。

 あまり自覚ないけど、ラファが迎えに来てくれて少し浮かれてるのかも・・・・。反省。


「まずは銀河連邦が入手した情報をお伝えさせていただきます。」

 気を取り直した管理者が大統領に話しかける。

「諜報部の収集した情報によると、ガルロマーズはレガシの力を利用し、あれだけの戦力を配備したようです。」

「やはり、あれだけの装備には裏がありましたか・・・・・。」

 そういえば、大統領の側近もガルロマーズの装備に疑問を呈していたっけ。


「そちらに居る勇介の交戦記録で確認いたしましたが、アステロイドベルトで遭遇した要塞が、レガシもしくは、それに類する物であると考えられます。」

 あのとんでもない要塞がレガシなのか・・・・・・。まさか、アレとまた戦うの?


「以後、あの要塞は"プラント"と呼称します。ガルロマーズの戦力はプラントが支えています。そのため、内乱終結のためには、プラントを攻略することが重要になるでしょう。」

「そうですか・・・・。私もプラントの威容は間近で見ました。今のロスタコンカスにアレを落とせるだけの戦力がない・・・・・。」

 大統領の顔色は優れない。現状パロユーロから脱出すら困難な状況で、プラントを攻略することは無茶だ。

「恥を忍んでお願いする、ぜひ銀河連邦のお力をお借りしたい。」


 管理者は一つ頷き答える。

「このレガシはまさに"死の商人"と言ってよいでしょう。このような危険なレガシは、銀河連邦としても放置しておけません。ロスタコンカス星系治安回復のためにも、治安維持軍を派遣させていただきます。」

「おお、ありがたい!」

「差し当たり、状況は逼迫しています。本隊は後程送るとして、銀河連邦軍から最速で送り出せる"最強"の先行部隊を派遣しましょう。」

 最速で最強の部隊か。どんな部隊だろうか。

 そんなことを考えていると、管理者は急に僕に向き直る。


「勇介。今このときを持って、あなたを銀河連邦軍 治安維持部隊 第807独立遊撃隊隊長に任命します。ラファ副隊長と併せ、戦闘行為を許可します。」

 え、僕!?



 僕にできるだろうか・・・・。ガーランド少佐の姿が脳裏に浮かぶ。気が付くと僕は拳を握りしめていた。

 僕は彼の立ち姿を真似て、敬礼をする。

「わかりました。謹んで拝命します。」

 仇うちとは言わないが、落とし前くらいはつけてもらおうか・・・。



 管理者との会談が終わり、大統領は退室する前に僕に話しかけてきた。

「ユウスケ殿、あなたのおかげだ。ロスタコンカスにも光明が見えた。」

「いえ、これからが本番です。僕もできる限りのことはさせてもらいます。」

「ああ、よろしく頼む。」

 大統領と改めて握手し、お互いの信頼を確かめた。





 大統領と基地司令は今後の作戦に向けた会議を実施するため、下船していった。

 ダイニングルームにはラファと二人、残された。



「その、ごめん、また一人で待たせた。」

 ラファは首を振る。

「ううん、大丈夫。少しの浮気なら、信じて待つのが、妻の務め、なの。」

「してないから! しないし!!」

 うん、帰ったら確実にRimは説教だな。


「ふふ、わかってる。」

 ラファはニヤリと笑みを浮かべる。どうやら、からかわれただけだったみたいだ。見事に引っかかった。

 ラファの顔が近づく。目を閉じ・・・・・・。



「オホン、お楽しみ中、悪いな。」

「いえいえいえいえいえ!」

 僕は勢いよく離れ・・・・・、ようとしたら、ラファは突っ込んできた。

「むぐ」






『少々お待ちください。』






「くっくっくっ、お熱いね。」

「だ、大丈夫ですよ、何も問題ないで・・・・・・・、サイトウさん!?」

 ダイニングルームの外に居たのは、なんとサイトウさんだった。サイトウさんが苦笑している・・・・・・・と思う。


「おぅ、サイトウMk2だ。ちゃんとデータも引き継いでるぜ。すまなかったな、基地までジェネレータ持たせてやれなくて。」

「サイトウさん、そんな、こちらこそ・・・・・。」

 なんだか目頭が熱くなる。

「まあ、お互い様ってことで、言いっこなしだな。それより、格納庫に来てくれ。」

「格納庫?」


 サイトウさんに連れられ、ソレイユのエグゾスーツ格納庫へ来た。

「こ、これは!!」

 サイトウさんがニヤリと笑った・・・・・・・・、気がする。

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