14.回帰のらせん

「それは僕に渡すっていう取り引きだったはずだけど?」

 僕は防衛型スーツのフルフェイスを展開し、頭が露出している状態でリックの後ろ姿に声をかける。

 渦巻きのついた円盤を手にし、リックはゆっくりと振り返る。


「もちろん渡すぜ。いくらまで出せる?」

 リックは僕に向き直りながら、そんなことを言い出す。取り引き条件だった物品に金取るつもりか。

「その円盤を取り引き条件として提示したのは、リックだったと思ったが?」


「俺だっていろいろと持ち出しになってるんだ。報酬くらいあってもいいだろ?」

 相変わらずの大げさな手振りに、少しイラついた僕は少々けんか腰で答えた。

「水鏡だってコルンに盗られたと言っていたけど、持っているよな?」

「どーだったかなぁ・・・・・?」

 わざとらしくズボンのポケットを漁り、「無い」というような手振りをする。




 いきなりリックは駆け出し、窓から飛び出す。僕は後を追う。家の人、申し訳ないがエグゾスーツで屋内を通りますよっと。

『対象からの敵性行動を確認、対象を敵性勢力と断定、サポートAIによる代理承認、制圧許可。』


 正直、今の装備は少々心もとない。フライングシールドは全滅してしまっているし、官邸での戦闘から離脱するためにSDモードも使用した。


 リックのことだ、水鏡で僕の戦力は確認しているのだろう。

 いつもならあそこまで強気に出ない。今なら"逃げる"だけならできると見込んだのだろう。確かに逃げられたら負けだ。



 リックはアパート2階から飛び降り、裏路地に飛び込む。僕は建物の屋根を伝い、リックを追う。

 路地が切れる。リックが飛び出して・・・・・・来ない!?

「サーモ!」

 視界をサーモカメラに切り替える。逆方向に逃げている。あのスーツ光学明細機能があるのか!



 重力ドライブを吹かす。が、出力が十分に上がらない。

 全力で踏み込む。屋根にひびが入る。一気に跳躍し、リックの真上まで移動。あまり出力上がらないが、落下するならば!


 重力ドライブで落下速度を上げ、リックを上から強襲する。

「うぉっ!」

 右手のスタンナックルが空を切る。リックはギリギリで身を躱す。勘のいい奴。

 続けざまに左手で殴りつける。リックはスタンロッドで受け止める。スタンロッドが曲がり、吹き飛ぶ。

 そのまま回転、右足で後ろ回し蹴りを繰り出す。リックは屈んで避ける。壁に足がめり込む。


 そのまま壁を蹴り・・・・・、足が外れない!? トリモチのようなネバネバで、壁と足がくっついている。いつの間に!?

「じゃあな。」

 リックが軽く手を上げ、走り去ろうとする。


「スーツ解除!」

 防衛型エグゾスーツを残し、装備解除。僕は中で軽装甲エグゾスーツを着用したままだった。

「SD!」

 軽装甲スーツはSDモード未使用だ。

 軽装甲スーツのスタンナックルを起動、右手でリックに殴りかかる。

「っ!!」

 リックが円盤を投げる。レガシ!? 一瞬、円盤に気を取られる。円盤と一緒にスタングレネードが宙に浮いていた。

 轟音と閃光。視界が真っ白に埋め尽くされる。



 閃光が晴れると、既にリックの姿は無い。

「逃げられた。」

 落ちている円盤を拾い上げる。

『物体からレガシの固有反応を確認。データベース照合、該当あり。名称、"回帰のらせん"と推測。』





 壁からエグゾスーツの足を引っこ抜き、僕はドーゼたちのアパートに戻ってきた。

 さすがに防衛型スーツを家に入れても悪いので、外に置いておく。

「あの、なんか、俺たちのために、すみません。」

 ドーゼが申し訳なさそうに僕に言ってきた。

「いえ、これも回収できていますし、ドーゼさんも彼女を救うのに必死だったんでしょうし。」

 僕は回帰のらせんを見せつつ、ドーゼに言う。

 後ろの女性がドーゼを見て赤面している。なんかいいね、こういうの。僕も早く帰りたい。


「それに、どうせ流れ考えたのはリックでしょ? まあ、悪いやつじゃないんだけど、信用はできないからね・・・。」

 リックには、いずれ貸しをまとめて返してもらおう、利子付きで。


「さて、レガシも確保できたし、そろそろ帰・・・・・、」

『Gネット妨害を確認。外部への連絡が途絶しました。』

「え・・・・、どういうこと?」

『通信妨害により、通信ができません。ソレイユ経由での通信も不通であるため、恐らくはロスタコンカス星系全域に対し、通信妨害が施されていると推測されます。』

「もしかしてかなり深刻な事態?」

『現時点で銀河連邦、並びジアース連邦への直接通信は不能です。推測通りであれば、ロスタコンカス星系外縁部に達するまで、通信はできないと予想されます。現在の情勢も考慮すると、ロスタコンカス星系からの早急な離脱を提案します。』

 結構逼迫した状況みたいだ。急いでソレイユに戻った方がいいか。



 独り言のようにしゃべる僕に、ドーゼたちが変な顔で見てくる。痛い人じゃないよ!


『ロスタコンカス国営放送局にて、武装組織からの声明が放送されています。』

「テレビを、国営放送です!」

 女性の父親が慌ててテレビをつける。


 テレビにはどこかの演説会場らしきものが映っている。ものすごい観衆と歓声だ。



《我々はガルロマーズ解放軍!》

《ガルロマーズは50年間、"恥辱の歴史"を歩まされた! これは、50年前、一部の蒙昧な者たちが既得権益を守るために犯した愚である!!》

《だが、それも今日までだ。既にロスタコンカスの首都ロスタリーナの主要施設は我々が押さえ、愚か者たちには速やかに処断された!》

《今日、この日から、新たに新生ガルロマーズ公国が始まる!》


《宇宙には、自称"管理者"とうそぶき、他国の都合に土足で入り込む傲慢で不作法な邪悪が存在する。》

《50年前のガルロマーズも、そのような邪悪の介入により"恥辱の歴史"を歩むことを強要された。》

《我らとっては"50年来の仇敵"! 邪悪の跳梁を許せば、さらなる悲劇を生むだろう。》

《私は、その邪悪を打倒することをここに宣言するものであるっ!!!》


《賢明なロスタコンカス人民はお気づきだろう。我らは仲間同士で争っている場合ではないのだと・・・・・。》

《邪悪の策略により、我らは隣人同士で争う運命を課せられた。》

《今こそ我らは共に手を取り合い、巨大な邪悪へ立ち向かおうではないか!!》



 大歓声が上がる。なんて酷い演説だ・・・・・・。

 ガルロマーズって、たしか移住の行われた近隣惑星だったか。

『50年ほど前、ガルロマーズが独立を宣言し、ロスタコンカスとの戦争状態になりました。その後銀河連邦が介入し、ガルロマーズは特別行政区として暫定的自治権を保持するに至っています。』

 アイさんが突然複雑な話をしてきた。僕そういうの弱いんで、良くわからないんですが・・・・。


『現在の状況は、ガルロマーズによるクーデターであると推測されます。Gネット封鎖もその一環であり、既にロスタコンカス星系全域に渡り、ガルロマーズの勢力下にあると予想されます。クーデターは事実上成功している状態です。』

 えっと、つまりどういうことでしょう?

『ロスタコンカス星系からの脱出は困難な状態です。』

 まじで・・・・。 僕、早く帰らないと、嫁(予定)に殺されそうなんですが。

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