9.ドーゼ(5)(6)

 俺は遠巻きに官邸を観察できる場所に来ていた。


 無音ヘリ3機が官邸上空に滞空している。2機から兵隊が降りてくる。それぞれ10人ずつくらいだ。残り1機のヘリは護衛か?

 官邸の正面と裏側、両方からそれぞれ10名ずつの兵隊たちが突入していく。



 突入時の状況を観察し、俺はメモを取る。次の回にメモは持ち込めないが記憶に残すためにメモを取る。

 以前の様に官邸へ突入はしないため、中の様子まではわからない。が、離れて見たことで突入時の状況は良くわかった。


 そのまま官邸を観察すること2時間ほど。何度も見た光景を目にする。

 官邸の庭で大統領が絶命する。そのまま銃口はアリューに向けられ・・・・・・。


 本当は見たくない。見たくないが、この周回を無駄にしない。その決意として、俺はこの光景を目にする。自身への戒めのために。

 左手、渦巻き模様が光りを放った。





 すぱーん。丸めた雑誌で頭を叩かれた。

 うつ伏せで寝ていた俺は、がばっと顔を起こした。アリューだ。


「毎日毎日、ちゃんと自分で起きなさいよね。」

「ああ、ありがとう。」

 俺が意外にはっきりと答えたため、アリューは一瞬訝しんでいたが、すぐに表情は戻る。


 アリューは食卓にあるコンビニ弁当の入れ物を見ている。

「もう、ちゃんとしたご飯食べなきゃだめだよ。」

 そういいながら、アリューは入れ物を片づける。



「・・・・・、今夜、夕食、準備してあげるから、うち来なさいよね。」

 アリューはこっちも見ずに、俺の部屋を出て行った。


「ああ・・・・、いつか、ごちそうになりに行くよ・・・・・。」

 今日は急いで出勤する、ある同僚に会うために。




 まだ出勤している社員もまばらな状態で、その男は既に作業着に着替え、更衣室のベンチで雑誌を読んでいた。

「おはよう、アラムドロ。」

 彼はアラムドロ。年齢は30過ぎだったはずだ。あまり見た目に頓着しないのだろう、やや長めの黒髪には寝癖が残る。

 無精ひげこそ無いが、あまり清潔感があるタイプではない。


 彼は趣味に生きており、給与の大半はその趣味に費やしているらしい。

 そう、彼の趣味は武器だ。銃器の収集が彼の趣味だ。今もモデルガンの雑誌を読んでいるようだ。

「ああ、おはよう。」

 アラムドロは、雑誌から目を離さずに返事をしてきた。俺は気にせず話を続ける。


「アラムドロに頼みたいことがあるんだ。」

「珍しいな、ドーゼが俺に頼みごととは。俺のことは嫌いだと思ってたよ。」

 相変わらず雑誌から目を離さず返答してくる。たしかに、俺は彼の独特の雰囲気が正直苦手だ。

 彼は趣味人にありがちな、「自分の趣味には多弁だが、それ以外にはほとんど興味を示さない。」というタイプだ。

 その上短気で、先日も趣味が何だという話で先輩に噛みついていた。


 俺は趣味と言えるような趣味がない。だから彼の生き方が理解できないし、当然話も合わない。



 だが、今日だけは違う。

「アラムドロが前に言っていた、ガンショップのオーナーに会いたいんだ。」

「ブルームさんにか?」

 アラムドロは初めて俺を見た。


「護身用の銃でも買うのか? だとしたらブルームさんの店はあまり向いてない。あそこはマニアックな火器がメインだからな。」

 そういうと、アラムドロは直ぐに雑誌に視線を戻す。そう、そういう武器を置いているような店を知りたいんだ・・・。

「どうしても行きたいって言うなら、帰りに連れて行ってやるよ。」

 だめだ、仕事が終わってからでは遅い。


「今から行きたいんだ。」

「はぁ!? 今から仕事だろ!? 何言ってんだよ。」

 アラムドロは異常なモノでも見るような目で俺を見つつ、素っ頓狂の声を上げた。


 アラムドロの意見は至極もっともだが、状況は差し迫っている。どう説明したらいいだろうか。

「おいおい、まさかテロでも起こそうってのか?」

「・・・・・・。」

 俺は回答に困り沈黙した。俺がテロを起こすわけではないが、事実、夕方には町のいたるところが戦場になる。

 アラムドロは俺の沈黙を肯定と受け取ったらしい。

「え、まじかよ・・・・?」

 仕方ない、ここは素直に理由を説明してみるか。


「今日の夕方、ガルロマーズが攻めてくるんだ。俺は、幼馴染を救いたい。」

 アラムドロは驚愕顔で俺を凝視してくる。やっぱり信じられないか。

「・・・・、いや、確かにミリタリースレでは・・・・・・、あれはツリだと言われてたけど、むしろ関係者だったとか?」

 なにやらアラムドロが独り言をつぶやいている。どうしよう、独り言が少し怖い。相談したのは間違いだったか・・・?



「よし、今日は体調不良だ。誰かに見つかる前に出よう。」

 アラムドロは勢いよく立ち上がる。

「勘違いするなよ、信じたわけじゃない・・・。だけど、本当にそんな事件が起こるなら、俺は是非現場に居たい。」






 俺はアラムドロの運転で官邸前に来ていた。危険だから付いてくるなと言ったが、アラムドロは付いてきた。

「本当にあんなに買うとは思わなかったぜ・・・・。」

 そう、アラムドロに口利きしてもらい、ブルームさんの店で各種携帯火器銃器、防弾装備などを買いそろえた。このためだけに俺は預金をほぼ全額吐き出している。

 ある程度使い方のレクチャーは受けたが、やれるだろうか・・・・。


「行ってくる。アラムドロは離れて見ていてくれ。」

 俺は車を降り、トランクから装備を入れたボストンバッグを出す。俺は既に防弾チョッキやら銃器のマガジンやらを体に装着し、隠すようにロングコートを羽織っている。

 官邸の正面入り口には警備隊員が立っている。この格好でうろうろすると、さすがに目を付けられそうだ。


 正面入り口から道を挟んだ反対側は公園になっている。

 公園内、官邸から少し離れた位置にあるベンチに腰掛ける。ボストンバッグはベンチの影になる位置に置いた。

 ここで、ギリギリまで待機だな・・・・・。


「何時に来るんだ!?」

「うぉ!?」

 驚いた! 気が付くとアラムドロが付いて来ていた。顔は興味深々といった表情だ。

「もっと離れていないと危ないぞ!」

「どうせここまで来たんだ、俺にも手伝わせてくれ。お前よりは、装備の扱いに慣れているぞ。」

 言っても聞かないようだ・・・・、仕方ない。



「きた・・・。」

「え?」

 俺は空を仰ぐ。無音ヘリが3機、俺たちの上を通り過ぎていく。

「ま、まじかよ・・・・。」

 アラムドロは空を仰ぎ見つつ言葉を漏らす。


 俺はボストンバッグから対空ミサイルを取り出し、展開して担ぐ。

「ドミニオンだ・・・・、それにストーク!?」

 アラムドロが良くわからないことを言っている。ヘリの名前か?

 無音ヘリが官邸の庭に滞空する。俺は少し官邸に接近、対空ミサイルのサイトで無音ヘリ1機に照準を合わせ、発射した。


 降下準備中だった輸送ヘリの1機に命中、爆散する。護衛ヘリが旋回する。下部の銃架台がこちらに向いた。

「うぁぁぁぁぁぁ!!」

 しまった、その場で座って撃つだけだと、撃った後に反撃されるのか。

 俺とアラムドロは焦って塀の影に逃げ込む。銃撃の雨が降り注ぐ。ものすごい勢いで塀が削られている。公園に塀があってよかった。

「あんな無防備な状態で撃つやつがあるかぁぁぁ!!」

 アラムドロが大声で非難してくる。


 二人で塀に隠れながら、這いずって移動する。これが匍匐前進ってやつか・・・・。その間も断続的に塀が削られ続けている。

 すると、空気が抜けるような音、

「あ!!」

 アラムドロが何か言いかける間に、塀が爆散し、思いっきり吹き飛ばされた。ミサイルか!

 公園内に30mほど吹き飛ばされ、草地をごろごろと転がる。体中痛いが、何とか生きている。


 すぐ近くにモニュメントがあった。その台座に隠れる。

 モニュメントの台座からちらっと覗く。アラムドロが倒れている、動かない。すまない、アラムドロ・・・・。

 装備を入れていたボストンバッグもアラムドロの近くに落ちている。あそこには取りに戻れない。残った武器は拳銃が2丁だけか。



 ちょうどヘリから死角になるようにモニュメントを利用して移動、公園の林に入り込む。

 ぐるりと公園の中を迂回し、他の方向から官邸へ近づいた。官邸正面は護衛ヘリが滞空し続けている。近づけない。



 大統領が官邸庭に連れ出され、跪かされる。公園内を逃げ回っているうちに、時間が経ってしまったようだ。

 ぐっ、このままじゃ、また同じことの繰り返しだ!


「うおおおああああ!!」

 俺は一か八か、拳銃を乱射しつつ突撃する。だが、公園の陰からでは距離がありすぎて当たらない。

 護衛ヘリが機銃を掃射してくる。俺は多少でも当たりにくいように、横に移動しつつ接近する。が、脚に命中し、地面に転がる。


 寝ころんだまま、脚を見る。膝から下が無くなっている。

 大統領が射殺される。


 あああ、またか・・・・・。




 左手、渦巻き模様が光りを放った。

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