6.ドーゼ(2)
すぱーん。丸めた雑誌で頭を叩かれた。
「んんがぁ。」
うつ伏せで寝ていた俺は、がばっと顔を起こした。アリューだ。
「毎日毎日、ちゃんと自分で起きなさいよね。」
アリューだ。
「・・・? どうしたの? 変な顔して。」
アリューが生きている。
俺はベッドから飛び出し、アリューを力いっぱい抱きしめた。
「よかった、アリュー・・・・・。」
「ちょ、ちょ、ちょ、え、なに・・・? そ、そういうのは、もっと、あの・・・・。」
俺の脳裏にはまだ、銃撃され崩れるように倒れるアリューの姿が残っていた。
アリューを抱きしめたまま少し冷静になった俺は、とんでもない状態であることに気が付いた。がっちりとアリューを抱きしめている。
俺は焦って体を離す。アリューは顔を真っ赤にして俯いていた。
「あ、す、すまん、」
どうしよう、時間が戻ったって言って信じてもらえるだろうか。
「へ、変な夢を見ちまって・・・・・、お前の顔見たら、あ、安心したんだ。」
苦しい言い訳だが、咄嗟に思いついたのがこれだった。
「・・・・・・、もう、ねぼけるのもいい加減にしてよね・・・・。」
少し拗ねたような言い方だが、よかった、怒ってはいないようだ。
「ちゃんとしたご飯食べなきゃだめだよ。」
食卓に残ったコンビニ弁当の容器を片づけつつ、アリューが言う。
俺は自分の左手を見た。その瞬間、背中を嫌な汗が流れる。手のひらに渦巻き模様が付いている。あの円盤の模様だ。
あの円盤が手の中に入り込んでいるのか!? 手の動きには違和感はないが・・・・、これはどういうことだろうか。
そこでふと気が付いた。そうだ、今ならアリューを助けられる!!
「アリュー、今日は官邸へ行っちゃだめだ。」
「え? 急にどうしたの?」
アリューは片づける手を止めずに聞き返してくる。
「今日は危ないんだ。休め!」
アリューは尚も片付けながら返事をしてくる。
「えー、だめだよ。理由もなくお休みしたら、悪いよ。それに、お給金もいいんだし・・・・。」
病気がちな親父さんのためにも、アリューが頑張らないといけないのは俺も知っている。でも今日はダメなんだ!
俺は食卓へ移動し、アリューの前に回り込んだ。
「今日だけはダメなんだ、たのむ!」
アリューは明らかに困惑している。どう説得すればいい?
「今日のドーゼ変だよ、どうしたの? なにかあったの?」
「・・・・軍隊が、軍隊が攻めてくるんだ。官邸が襲われる。」
「軍隊?どこの軍隊? そんな話聞いたことないよ・・・・。」
そうだ、どこの軍隊かもわからない、でも確かに官邸が襲われる。大統領もアリューも殺されてしまう!!
「大丈夫? ドーゼ疲れてるんじゃない? ドーゼこそ、今日はお休みした方がいいんじゃない?」
どうしよう、どうにかしてアリューを止めないと!
「あ、もうこんな時間。それじゃ私行くね。ドーゼも無理しないでね?」
「あ、アリュー!!!」
アリューは部屋を飛び出すように出て行ってしまった。
俺は焦って服を着替えアリューを追う。尾行するように追跡し官邸前まで来た。
俺はどうしていいかわからず、しばらく官邸前を往復した。
さっきから携帯電話が鳴りっぱなしだ。たぶん職場からだが、今はそれどころじゃない。
俺はそのまま軍隊が来るのを待ってみることにした。
朝から官邸周辺をうろつき、既に夕方5時が近い。依然として何も起こっていない。
もしかして、俺は本当に夢を見ていたのだろうか・・・・。だが、あれは夢にしては現実感がありすぎた。
その時、官邸の上空に突然ヘリが現れる。音がしない! 無音ヘリの接近に全く気づかなかった。
ヘリからロープが下され、次々と兵隊が降下してくる。瞬く間に官邸の庭に展開し、官邸正面へ裏側へと分隊が移動する。
あっという間に正面扉を破壊し、内部へ突入していく。官邸のあちこちで銃撃音が響き始めた。
俺があっけにとられて見ているうちに、状況は一気に戦争のような状態になってしまった。
どうしよう、俺は官邸の鉄柵すら越えられない。またこのまま何もできずにアリューを見殺しにできるか!!
ちょうどその時、すぐ横の道路を電気自動車が通りかかる。俺は車の前に立ち止める。
「なにやってんだ!!!」
運転手の男が窓を開けて怒鳴っている。
「借りるぞ!」
ドアを開け、中から無理やり運転手を引きずり出し、急発進させる。
「ど、どろぼー!!!」
俺は自動車を官邸の正面ゲートに向け突撃する。ゲートをぶち破り、中へ突入した。車のボンネットが激しくへこんだ。
「なにすんだぁぁぁぁ!!!」
運転手が大声で起こっているが、今はそれどころじゃない。
俺は急いで官邸の正面入り口へ駆けこむ。官邸の中からは相変わらず銃撃音が響いてくる。
玄関ホールは吹き抜けになっている。左右正面に扉、さらに二階にも左右正面に扉がある。
アリューがどこにいるかわからない。俺は次々扉を開け、中を確認する。左の扉からは廊下が続いている。
廊下を進んでみる。途中の扉を開けては中を確認する。会議室だったり、執務室だったりと、多くの部屋がある。
俺は廊下を駆ける。廊下は突き当り、右に曲がっている。角を曲がったところで、兵隊が数名とかち合った。
全員が俺に銃を向ける。しまった動けない。うかつに進み過ぎた・・・・。
俺は後ろでに縛られ、官邸内の一室に入れられる。
そこには、他にも大統領の補佐官や官邸の使用人など、男性ばかりが入れられていた。
執事っぽい服装の壮年男性は俺を見て怪訝な表情をしてくる。俺はちょうどその男性の横に座らされた。
部屋には二人ほど兵士を残し、それ以外の兵士は退室する。この部屋の警備は二人か・・・。
「あなたはどなたで? ここの職員ではお見かけしたことがありませんが。」
壮年男性が小声で俺に聞いてくる。少し迷ったが、俺は答えることにした。
「ドーゼです。幼馴染のアリューを助けるために、来ました。」
「ああ、アリューさんの・・・・。」
そうだ、アリューを助けに来たのに、捕まっちまって、俺は・・・・・。
「女性たちは、逆側、東側の部屋に我々同様に捕らわれているようです。先ほど、兵士の一人がそのように話していました。」
玄関ホールから右へ行かなくてはいけなかったか・・・・・。
「彼らの目的は恐らく大統領でしょう。この後どうなるかわかりませんが、今は大人しくしておいた方が良いかと。」
俺は知っている、このまま大人しくしていても、結局殺されてしまう。
しかし、今下手に動くと、今殺されることにもなりかねない。
見張りは二人。後ろでに縛られた状態で、二人の兵士をどうにかするのは無理だ・・・・。
「あいつらは、何者なんですか?」
俺は壮年男性に聞いてみた。
「私もはっきりとはわかりかねますが、恐らくはガルロマーズの部隊ではないかと・・・・・。」
ガルロマーズ。100年くらい前に新天地としてテラフォーミングされ、移住が行われた近隣惑星だ。
この星系においては、ロスタコンカスのすぐ外側を公転しており、周期も近い。
たしか、50年くらい前に独立戦争を起こしたが、今は特別行政区になっているところだったはず。
「おい、お前たち、こそこそと何を話している!」
目を付けられた。見張りの一人が近づいてくる・・・・、やってやる!!
見張りが2mくらいまで近づいたところで、座った状態から低い姿勢のまま体当たりをする。
「おらぁ!!」
しかし、見張りに当たる前に銃床で横面を殴打された。そこで俺の記憶は途切れる。
「起きろ!」
引っ張り起こされる。相変わらず後ろでに縛られている状態だ。
無理やり立たされ、どこかに向かって歩かされる。
まだ意識がぼんやりした状態で、俺は外に連れ出される。
正面には官邸の庭が見えた。
その庭を、滞空する無音ヘリがスポットライトで照らしている。あれは・・・・・・、大統領だ。
両手を後ろ手に縛られ、地面に膝をついている。
俺は横を見回す。アリュー!! アリューもいる!!
これは、この状況は・・・・・・。
誰かわからないが、大統領の頭に銃を突きつけ、何かを叫んでいる。あれはテレビカメラか。カメラに向かって叫んでいるんだ。
銃が発砲される。大統領は頭を撃ち抜かれ、倒れる。
だめだ、この後は・・・・。
大統領を撃った犯人たちは、続けて使用人たちに向け小銃を構える。だめだ!!
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
小銃が火を噴く。やけにゆっくりに見える気がする。
小銃から打ち出された弾丸は、アリューを強かに撃ちぬく。何度か痙攣のように震えたアリューは、力なく崩れ落ちる。
銃撃は俺にも殺到した。弾丸が俺の体を貫いていく。
俺は声にならない叫びをあげていた。
左手、渦巻き模様が光りを放った。
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