5.ドーゼ(1)

 すぱーん。丸めた新聞で頭を叩かれた。

「ふが。」

 俺は勢い余って、ベッドから落ちる。さかさまになりながら見上げると、幼馴染のアリューが立っていた。

 アリューは茶色の髪をまとめ上げ、グレーのシャツとベージュ色のゆったりしたズボンを履いていた。

 さすが、大統領官邸でメイド仕事に就けるだけあって、アリューはなかなか整った容姿をしている。


「いい加減、自分で起きなさいよね。」

 アリューを床から見上げ、いろいろな凹凸に意識が行ってしまい俺は思わず赤面する。

 それをみたアリューも恥ずかしくなったのか、顔を踏みつけられた。

「もぅ! 朝から何してんのよ!!」

 いや、俺なんにもしてないんだが・・・・。



 顔を赤くしながら、アリューは俺の部屋を出ていく。


 俺はドーゼ。19歳だ。両親はいない。俺が2年前に事故で死んでしまった。それ以来、俺は町の廃品整理場で働いている。

 アリューも同い年で19だ。アパートの隣に住んでいる幼馴染だ。

 彼女もお母さんを無くしている。その上、お父さんもあまり具合が良くないらしく、俺と同じか、それ以上に大変だ・・・・。


 俺は昨日買っておいたパンを頬張り、水で流し込むと、着替えて出かける。



 俺の住むこの星、ロスタコンカスには大昔は古代人が住む都があったらしい。その名残で地下を掘ると多くの遺産が出てくる。

 俺は、採掘業者が掘り出した土砂から遺産を探す仕事をしている。


 とはいえ、そんな御大層な仕事じゃない。俺にはどれが遺産なのか区別がつかない。だから、コンベアに流れてくる土砂の中から人工物っぽい物を拾い出すだけの仕事だ。

 今日も整理場に出勤しタイムカードを通す。始業までに作業着に着替え、コンベア横でスタンバイする。



 始業ベルとともに、コンベアに大量の土砂が流れてくる。トング状のハサミで土砂を漁り、中から人工物っぽいものを拾って横の籠へ入れていく。

 自分を機械のようにしていないと、やっていけないタイプの流れ作業だ。


 石ころを除く。砂をかき分ける。基盤回路のようなものがあったので拾って籠へ入れる。

 土を掃う。砂利をどける・・・・?


 渦巻きの溝が掘られた円盤だ。大きさは手のひらくらい。

 なんだか不思議な雰囲気を醸し出している。籠に入れておく。


 その後も、流れてくる土砂をひたすらかき分け、拾い出す作業を続けた。





「アラムドロ、俺ら帰りにメシ行くんだけど、一緒にどうだ?」

 終業時間、先輩数名が俺の同期であるアラムドロに、誘いの言葉をかけている。

「いえ、俺は行くとこあるので。」

「もしかして、また例の武器ショップ? そんなに頻繁に行って楽しいのか?」

 先輩の一人は、呆れが混じった物言いで聞いた。アラムドロはそれに噛みつく。

「終業後に何をしようが、俺の自由でしょう。人の趣味にあれこれ言わないでください。」

 アラムドロはかなり強めの語気で反論している。そこまで怒ることでも無いと俺は思うのだが、アイツには我慢できないことだったらしい。

 先輩数名は喧嘩腰のアラムドロに呆れて去っていく。アラムドロも鼻息荒く帰っていった。

 俺も帰ろう。



 夕食はコンビニ弁当で済まそう。俺は帰宅時にコンビニに寄り、夕食を買って帰る。

 帰宅し、テレビを点け、弁当を食べようとしたところで気づく。着替えのシャツくらいしか入っていないはずのバッグが妙に重い。


 俺は恐る恐る中を確認する。

「なっ!!」

 渦巻きだ。今日の仕事で見つけた渦巻きの円盤が入っている。いつの間に!? 俺はちゃんと会社に提出したはず!!

 焦って鞄を床に落とす。重たい音がする。

「ど、どういうことだ、どうしよう・・・・。」

 故意ではないといはいえ、会社の物品を持ち帰ってきてしまった。会社にばれたら窃盗になってしまう。


「明日、こっそり返そう・・・・、大丈夫、ばれなきゃ問題ない。」

 食べた弁当の味も良くわからなかった。なんだか落ち着かない。早く明日になってくれ。

 夜、俺はなかなか寝付けなかった・・・・・。






 すぱーん。丸めた雑誌で頭を叩かれた。

「んんがぁ。」

 うつ伏せで寝ていた俺は、がばっと顔を起こした。アリューだ。


「毎日毎日、ちゃんと自分で起きなさいよね。」

「んあぁ、ありがとう。」

 まだ微妙にはっきりしない頭で、俺は答えた。


 アリューは食卓にあるコンビニ弁当の入れ物を見ている。

「もう、ちゃんとしたご飯食べなきゃだめだよ。」

 そういいながら、アリューは入れ物を片づけている。



「・・・・・、今夜、夕食、準備してあげるから、うち来なさいよね。」

 アリューはこっちも見ずに、俺の部屋を出て行った。


 俺はやっと目が冴えてきた。夕食がちょっと楽しみになった。

 そして、手に渦巻き円盤を持っているのに気が付いた。

「うひゃぁぁぁ!!」

 渦巻きは重たい音をたてて床に落ちる。一体なにが起こっているのか・・・・、わけがわからない。

 俺は焦ってバッグに渦巻きを突っ込み、出勤した。




 急いで出勤したおかげか、まだ誰も出勤していない。渦巻き円盤をこっそり返した。やれやれ、これで一安心だ。




 今日もいつも通り、土砂から人工物を探す仕事をする。機械的機械的。



 終業時間。

 更衣室で私服に着替える。今日も先輩方は目についた相手にお誘いを掛けている。

 今日はどうしても夕食までに帰らねばならない。今から楽しみだ。


 俺は目立たぬようこっそりと更衣室の出口に向かう。

 ドアに手を掛けた途端、従業員の一人が更衣室に駆け込んでくる。

「おい、テレビ見てみろ、大変なことになってるぞ!」


 みんなそろって食堂へ行く。既に何人か従業員が居てテレビを見ている。画面には煙を上げる警備隊詰所や、大統領官邸での戦闘が映し出されている。

 なんだこれは・・・・・。


《ロスタコンカス首都ロスタリーナの主要施設が、何者かによって襲撃されています。現在も激しい戦闘が続いており、遠くからでも、銃撃音が聞こえてきます。》

 大統領官邸を捉えた望遠映像には、銃撃の光や爆発が映し出される。


 アリュー!!


 俺はたまらず走り出した。職場の建屋から出る。町は混乱に陥っていた。

 いろいろな施設が襲撃されており、市内のあちこちから煙が上がっている。遠くから爆発音が響いてくる。



 俺はがむしゃらに走る。途中、逃げる人々と何度もぶつかった。既に日が落ちかけている。



 大統領官邸までは、いつもなら歩いても30分程度の距離だ。しかし、混乱の中では走っても1時間かかってしまった。すっかり日が暮れた。


 官邸を覆う鉄柵に取りつく。柵の向こう側には官邸の広い庭が見える。以前ならきれいに整えられていた庭もかなり荒らされている。やはり戦闘があったんだ・・・・。



 その庭をスポットライトが照らし出す。滞空している無音ヘリからの照射だ。

 あれは・・・・・・、大統領だ! テレビで見たことがある。

 両手を後ろ手に縛られ、地面に膝をついている。

 その後ろ、官邸のすぐ外には、使用人たちも後ろ手に縛られた状態で立っている。アリュー!! アリューもいる!!


 誰かわからないが、大統領の頭に銃を突きつけ、何かを叫んでいる。だめだ、ここまでは聞こえない。

 銃が発砲される。大統領は頭を撃ち抜かれ、倒れる。


 アリューをどうにかして助けられないか。官邸の鉄柵を見るが、高さが3mほどもあり、登れそうな場所もない。



 大統領を撃った犯人たちは、続けて使用人たちに向け小銃を構える。だめだ!!

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」



 小銃が火を噴く。やけにゆっくりに見える気がする。

 小銃から打ち出された弾丸はアリューを強かに撃ちぬく。何度か痙攣のように震えたアリューは、力なく崩れ落ちた。


 俺は声にならない叫びをあげていた。

 いつの間にか、左手には渦巻きの円盤が握られていた。円盤の渦巻き模様が光りを放った。

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