2.リック(2)

「ああ~ん」

 ダイナーに嬌声が響き渡る。俺は焦って水鏡を閉じた。

 すぐ横で俺にコーヒーをサービスしていたウエイトレスが固まっている。


「あああああ!?、あん!?」

 何が起こったかわからず、俺は奇声を上げた。周囲からおかしな顔で見られている。

 それでさえ恐ろしいことになっていたウエイトレスの視線は、さらに大変なことになっている。

 俺はサービスされたコーヒーを分捕り、ウエイトレスの目を見ないようにしてすすった。

 ウエイトレスは、大層怪訝な様子で去って行った。


 これはどういうことだ? 何がおきた? 俺は撃たれたはず・・・・。まさか、時間が戻ったのか・・・・・?


「いいか、10時になったら・・・・・・」

「わかっている。」

「・・・・30分後に、俺がアレを・・・・・」

「・・・・・」

「水中地区の・・・・・・」


 四人組の男たちがこそこそと話し合っている。いや、前と同じく、話をしてるのは二人だけだ。あのやり取りもそのままだ。


 もしかして、俺の持つ、"想起の水鏡"に、新たな力が目覚めたとか・・・・? 確証はないな。本当に元通り同じである保証もない。

 もしかすると、俺は夢をみてたのかもしれないし・・・・・。とりあえず、予定通りにしよう。



 奴らが店を出る。

 うん、同じだな。


 ドーム地区の入り組んだ町を進んでいく。

 うん、同じだな。


 水中地区へ移動していく。俺もフードをかぶり、水中地区へ出る。

 うん、同じだな。


 盗賊団は水中地区にある一軒家に入っていく。ターゲットらしき銀行まで、300mくらいの位置だ。

 うん、同じだな。



 もしかして、俺はまたここで、6時間近くも待つのか・・・・・・・?






 俺が街角で海藻になり、光合成について熟考し始めたころ、奴らに動きがあった。ああ、俺はなんでこんな苦行を二回もやってるんだ・・・・?


 盗賊団の四人組は隠れ家を後にし、銀行に向かう。やっぱり正面から行くらしい。

 うん、同じだな。


 盗賊団は巨大な入口から堂々と中に入る。

 しばらくして、中から発射音らしきものが聞こえてくる。緊急ブザーも鳴っている。しかし警備隊は来ないようだ。

 うん、同じだな。


 俺は銀行の窓に近づき、中の様子を覗く。四人組のうち二人が、そこで鞄に金を詰め込んでいる。あいつら人形だから、囮にしているわけか。



 さて、前回は、このあと中に侵入した結果、金庫に襲われたわけだ。展開が同じなら、もうしばらくすると金庫が飛び出してくるはずだ。

 とりあえず、パペットマスターを何とかできれば、奴らの戦力は大半を封じることができるな。

 逃げていく奴らを尾行し、行き先を確認しつつチャンスを狙うのが良さそうだ。


 少し銀行から離れた路地に隠れ、そんなことを考えていたところ破壊音が響いた。銀行の壁を破り、巨大な金庫頭の巨人が姿を現した。

「出たな。」

 鞄に金を詰め込んでいた人形二人も肩につかまり、金庫の巨人は歩いていく。俺はその後ろを隠れてついていく。



 1kmほど移動しただろうか、巨大駐車場? いや停泊所か。

 何艘も潜水艦が停泊されている。アクトルガス人は乗用車気分で潜水艦を使うらしい。

 その中に大型の運搬用潜水艦が停泊されていた。

 奴らは潜水艦の後方ハッチを展開する。金庫の巨人はそこに頭を突っ込む。ずいぶんと大胆な積み込み作業だ。

 胴体部が崩れ落ち、金庫だけが潜水艦内部に残った。

 さすがに潜水艦で逃げられたら泳いで追いつけないな。


 金庫が突っ込んだ格納庫のハッチから、中に侵入する。ぎりぎりでハッチが閉じる前に中に入れた。ハッチが閉まると同時に、格納庫内部が排水される。


 この格納庫。見覚えがあるな。あそこは・・・・、俺が縛られて転がされていた場所か。

 潜水艦のエンジンが駆動音を高める。動き始めたようだ。俺は、金庫の影から覗き込む。金髪男とパペットマスターだ。人形二人は居ない。おそらく運転させているのだろう。チャンスだな。


 俺は両手にスタンロッドを取り出す。水中でないなら、電撃が使える。

 金庫の影から飛び出し、パペットマスターに背後から襲いかかる。スタンロッドで殴る、その瞬間、電撃が流れ空気が弾けるような音が響く。

「な、てめぇは!?」

 金髪男に気付かれた。銃を構えてくる。が、問題ない。このままパペットマスターを盾にして・・・・・・、

 ぐるり、パペットマスターの顔が180度回転し、俺の方を向く。

「うおぁぅっ!!」

 あまりの事態に変な悲鳴が出る。パペットマスターの両手両足が逆方向に曲がり、逆に俺が抑え込まれる。

「まさか、こいつも!?」

 本体かと思っていたこいつも人形か!?


 右手からスタンロッドをもぎ取られる。

「おやすみ。」

 金髪男は俺の首にスタンロッドをあて、電撃を流す。




 金庫だ。壊れた金庫が転がっている。俺は手足を縛られ、床に転がっている。

 金庫の中身は既に取り出され、空になっている。

 またか・・・・・・。


「お、起きたな。」

 金髪の男だ。俺の前にしゃがんで覗き込んでくる。

「お前、レイヴンだろ? うちのボスがお前に話があるんだとよ。」

 そう言うと、金髪男はコインよりやや大きめの円盤を床に置く。投影式通信機だ。画面を立体投影しつつ通信できる装置だ。

 通信機が光りを放ち、男の胸像が映る。まだ20代半ばくらいだろうか、燃えるような真っ赤な髪を撫でつけ、仕立てのよいスーツで身を包んだ男だ。

『お前が・・・・』

「トレジャーハンター レイヴンだ。」

 遮るように先に自己紹介をする。どうせ盗賊とか言うんだろう?

『一応自己紹介しておこうか、・・・・・・』

「サロマニック商会のボス、ドニスガルだろ。」

 何度も聞くのは癪なので、先回りして言ってやる。

『知っていたか・・・・・・、なかなかに情報が早いようだな。コルンの後を継いで、ボスに就任した。一応、礼を言っておこうと思ってね。』

「・・・・・・・。」

『君が俺に、この羅針盤と、それにチャンスをもたらしてくれたのでな。』

 ドニスガルは鎖にぶら下がった光る珠を見せつける。忘却の羅針盤だ。

 こんなところまで同じだな。


「ご親切にどうも・・・・・。」

『君のおかげで我が商会は、大きなビジネスを成功させたのだよ。』

 ドニスガルの後ろには、大量のエグゾスーツや戦艦が並んでいる。

『今、重大な商談を進めていてね。すべては君のおかげだよ。』

「どうせ俺にはいい旅でもプレゼントしてくれるんだろ?」

『察しがいいな。黄泉の国への旅だ。いいところらしいぞ、なんせ行ったきり誰も帰ってこない。』

 なんで、こんなつまらないギャグを二回も聞かないといけないんだ・・・・・・。

 何とか逃げられないか・・・・・・・?

『パペットマスター、始末しておけ。』

 ローブ姿の人形が近づいてくる。お元気そうなことで。

「了解。」

 ローブ姿の人形が銃口を俺に向ける。今度こそ終わりか・・・・・・。

 銃声が響いた。


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