4章 回帰のらせん

1.リック(1)

「ああ~ん」

 ダイナーに嬌声が響き渡る。俺は焦って水鏡を閉じた。

 すぐ横で俺にコーヒーをサービスしていたウエイトレスが固まっている。


「ああ、ありがとう。」

 とりあえず、ウエイトレスの視線が恐ろしいことになっていたので、追っ払う意味で礼を言ってみた。

 ものすごく蔑んだ目で見られた。やばい、癖になりそうだ。

 戯れにウエイトレスの"夕べ"なんぞ覗くもんじゃないな・・・・・・。



 俺はリック、一般的にはトレジャーハンターのレイヴンで通っている。今は惑星アクトルガスの海底都市アクトルに居る。

 アクトルガスは実に98%が海の惑星だ。大半の都市は海底に構築されている。

 現地住民も海洋生物から進化したらしく、いわゆる半漁人やら人魚のような奴らだ。

 彼らは鰓呼吸と肺呼吸の両方ができるとか。地上でも水中でも生活できるのだそうだ。器用な奴らだ。


 海底都市と言っても、現地住民のための水中地区と、異邦人のためのドーム地区がある。

 ドーム地区には文字通りドーム状の天井があり、内部が空気で満たされている。

 俺はドーム地区にあるダイナーで朝食をとりつつ、耳を澄ます。


「いいか、10時になったら・・・・・・」

「わかっている。」

「・・・・30分後に、俺がアレを・・・・・」

「・・・・・」

「水中地区の・・・・・・」


 四人組の男たちがこそこそと話し合っている。いや、厳密には話をしてるのは二人だけで、残りの二人はずっとだんまりだ。

 話をしている二人のうち、片方はくすんだ色の金髪を乱暴に後ろに流し、無精ひげを生やして粗野な雰囲気だ。

 着衣は地味なグレーの上下だが、よく見ると意外に高そうな服だ。アクトルガスの環境に合わせ、水中装備としての役割もありそうだ。

 もう一人の男は、こげ茶色のローブ姿。フードまで被っていて、俺の位置からでは顔が見えない。

 黙ったままの二人は、似たような容姿だ。髪は二人ともブラウン。朝起きたままのようなボサボサ頭だ。服装は皮っぽい生地のジャケットとズボン。中は普通のシャツだ。

 彼ら二人は表情も無く、ぼんやりとした目で会話する二人を見ているだけのようだ。

 少なくとも、四人ともアクトルガス人ではないな。アクトルガス人はすぐにわかる。体表が鱗だからだ。



 俺は昨日から奴らの動向を追っていた。水鏡でも確認したが、奴らは盗賊団だ。

 今日、これからドーム地区のあちこちで爆破テロを起こし、そのドサクサで水中地区にある銀行の貸金庫をいただく算段をしている。


 これは良くない。あぶく銭ってやつを手にすると、身持ちを崩す奴も出てくるだろう。それは非常に良くないよな。

 だから、盗んだものは俺がいただいてしまおう。もちろん、奴らのためだぜ?




 奴らが店を出る。水鏡をポケットに仕舞い、俺も後を追う。


 ダイナーの外に出た。上はドーム状の天井、さらにその上には海があり、わずかに届く日の光で海面が輝いているのがわかる。

 アクトルガスの街並みは非常に特徴的だ。アクトルガス人は海中生活が基本だ。そのため、生活は常に3次元的。

 街には"通り"を作るという文化がない。そりゃそうだ、海底に家を構えても泳いで出入りするからな。

 ドーム地区は多少"通り"が整備されているが、路地と呼んで差支えない程度だ。


 加えて家の形も特殊だ。雨が降るという発想が無いため、大昔は屋根が無かったらしい。

 今でこそ、セキュリティの観点から屋根はあるが、無理やり後から付け足したようなものが多い。


 結果、統一感の無い不規則な形状の家々が、曲がりくねった路地に乱立する、おおよそ大都市とは思えない雑多な風景が広がっている。




 盗賊団は曲がりくねった道をすいすいと進んでいく。俺も着かず離れずの距離で後を付ける。

 ドーム地区の出口、水中地区へ奴らは移動していく。俺も上着の前を閉める。フードをかぶり、フード内のフェイスガードを下ろす。

 俺のコートは隠密性重視の多機能スーツだ。宇宙での船外活動のために、気密性も高い。


 水中地区も基本的に風景は変わらない。ただ、水中なだけだ。

 奴らは街並みの少し上を泳いでいく。なんと、四人組のうち、例のだんまりだった二人は水中装備らしきものを付けていない。

 アクトルガス人には見えないが、似たような惑星出身だろうか。


 盗賊団は水中地区にある一軒家に入っていく。ターゲットらしき銀行まで、300mくらいの位置だ。やれやれ、ここで奴らが仕事に出るまで張るしかないか。






 ひまだ。あれから二時間くらい経つが、奴ら動きがない。

 そろそろしびれを切らしていたところ、遠くから爆発音のようなものが響いてきた。

「お、やっと始まった!」

 これでやっと動き出すか!!








 まじか。爆発音がしてから、さらに二時間経った。動きがない。

 水中だから、トイレに行く必要がないのがいいな・・・・。







 俺、ここでなにやってるんだったっけ? 海藻だ、俺は海藻になる・・・・・・。だめだ、ああ、腹減った。

 まさかもう仕事終わってるのか? しかし銀行にも変化がない。俺、なにか読み間違ったか?



 再び遠くから響いてくる爆発音。あ、そうか、爆破が二段構えだったのか。

 数回の爆発音ののち、ついに、やっと、とうとう、奴らに動きがあった。うへへ、テンションあがってきた。

 盗賊団の四人組は隠れ家を後にし、銀行に向かう。正面から行くのか!? 漢らしいな。


 銀行の建物はアクトルガスの他の建物とは異なり、いわゆる直方体の整った形状をしている。そして入り口が異常にデカい。

 アクトルガス人にはクジラの様に巨大な種族もいるため、公共施設は大きくしなくてはいけないらしい。

 その巨大な入口は、銀行建屋のど真ん中にあった。地上の建物であれば入り口は1階にあるのが当然だ。だが、さすが水中地区。建物の構造も3次元的だ。


 盗賊団は巨大な入口から堂々と中に入る。

 しばらくして、中から何かの発射音らしきものが聞こえてくる。緊急ブザーも鳴っている。しかし警備隊は来ないようだ。このためにドーム地区で爆破テロを起こしたのだろう。



 俺は銀行の窓に近づき、中の様子を覗く。馬鹿みたいに広い通路に何階層ものカウンターが並んでいる。さすが水中。カウンターの配置も立体的だ。



 いた。四人組のうち二人は、そこで鞄に金を詰め込んでいる。あれはずっとだんまりだった二人だな。

 はて、奴らの狙いは貸金庫の中身だったはずだ。ということは、あれは警備隊が来たときのための囮か。

 あの二人は捨て駒ってことになるが、本人たちは納得しているのだろうか・・・・、まあいいか、俺が気にすることじゃない。



 えーっと、こっからどうしようか。何か予定考えてた気がするんだが・・・・・。待ちすぎて忘れた。

 とりあえず忍び込んでみるか。


 俺は、窓からこっそりと銀行に入り込んだ。先ほど覗いた場所とは別、ここは職員更衣室だろうか。小部屋にある窓だ。

 小部屋には扉が一枚ある。余談だが、アクトルガスにある建物の扉は基本スライド式だ。水中だと開き戸は水の抵抗が大きすぎるし、水中で浮いているため踏ん張りが効かないからだ。

 小部屋の扉を少し開き、外を伺う。通路の先に、ロビーフロアが見えた。職員は全てロビーに集められているようだ。

 俺は小部屋を出る。通路をロビーとは逆方向へ進む。しばらく進むと、扉の隙間から明かりが漏れている部屋があった。隙間から部屋を覗き見る。



 いた。


 盗賊団の残り二人だ。金髪とフードの男だ。何やら揉めているようだ。

「・・・・なぜ殺した。」

「こいつが、素直に開けないからだろ!? いや、脅しだけのつもりだったんだぜ!?」

「計画では金庫の中身だけを持ち出す予定だ。」


 奴らの横には、銀行員らしき人物が漂っている。どうやら、金庫を開けさせる前に殺してしまったらしい。

「新しく、別の奴を連れてきて・・・・、」

「もういい、オレが金庫を"運ぶ"。」

 そういうと、男はフードを取った。男には頭髪が無く。スキンヘッドだった。

 見えている皮膚は、異常に白く見える。というか、水中なのに頭部を露わにして、呼吸とか大丈夫なのか?

 ローブ男がこちらを向く。顔立ちは整っているが、まるで無表情だ。マネキンを見ているみたいだ。額には何か文字が書かれているようだが、良く見えない。


 ローブ男は金庫の扉に背を付ける。両手を広げ、金庫にくっつけた。なにをやっているんだ?

 次の瞬間、建物が大きく揺れだす。ローブ男の背中や両手が金庫と癒着するように一体化しつつある。ローブ男は徐々に金庫の扉に沈んでいく。


 金庫周りの壁に亀裂が走る、さらに揺れが激しくなる。

 ついに天井が裂け、金庫が持ち上がる。建物が崩壊しそうだ!!



「うひゃぁぁぁぁぁ!」

 俺は思わず変な悲鳴を上げてしまった。金髪男に気付かれた。

 先ほどのローブ男は金庫と一体化。その金庫は、建物の壁を引きはがし、金庫が頭の巨大な人型になっていた。



「なんだお前は!?」

 金髪男が俺に向かって叫ぶ。

「まずい!」

 こんなの相手にしてられるか。俺は建物の割れ目から、焦って外へ飛び出す。

 金庫の巨人が、建物を突き破り、外へ出てくる。金髪男が肩に乗っている。なんとも妙な絵面だな・・・・。

「奴を捕えろ。」

 金髪男が言うと、建物の割れ目から、例のだんまり二人組が飛び出してくる。

 俺はプラズマブレードナイフを取り出す。残念ながら、水中であるためプラズマアークを展開できない。だが、ただのナイフとして使えば突くくらいはできるだろう。


 二人が泳いで接近してくる。こいつら本当に無表情で怖い。強盗してんだから、顔くらい隠せよ。まあ、もう顔を隠す必要もなくなるけどな。

 掴みかかろうと飛びかかってくる一人の胸に、容赦なくを突き立てる。十分な手ごたえだ。


 もう一人に目を向けると、怯むことなく接近してきている。仲間がやられてるのに図太いやつだ。

 俺はナイフを抜こうとして引っ張った・・・・が、抜けない? 視線を戻すと、胸にナイフが突き刺さった状態で、男は俺の腕を掴んでいる。

 確かに心臓を串刺しにしたぞ!? 全く動じてない。何者だこいつ!?


 その時、もう一人が俺の後ろから飛びかかってきた。がっちりと後ろから羽交い絞めにされる。

 じたばたと後ろをけったり、肘打ちしたりとひとしきり暴れるが抜け出せない。そこへ、巨大な拳が容赦なく接近してくる。

「ぐぇあ、」

 金庫の巨人の大振りパンチをまともに喰らった。俺は一発で意識が刈り取られた・・・・・。






 金庫だ。壊れた金庫が転がっている。俺は手足を縛られ、床に転がっている。

 周囲を見回す、窓などは無い。微かにエンジンの駆動音が聞こえることから、何かの乗り物の中のようだ。

 金庫の中身は既に取り出され、空になっている。


「お、起きたな。」

 金髪の男だ。俺の前にしゃがんで覗き込んでくる。

「お前、レイヴンだろ? うちのボスがお前に話があるんだとよ。」

 そう言うと、金髪男はコインよりやや大きめの円盤を床に置く。投影式通信機だ。画面を立体投影しつつ通信できる装置だ。

 通信機が光りを放ち、男の胸像が映る。まだ20代半ばくらいだろうか、燃えるような真っ赤な髪を撫でつけ、仕立てのよいスーツで身を包んだ男だ。

『お前が盗賊レイヴンか?』

「トレジャーハンターだ、トレジャーハンター レイヴンだ。」

 この男、どこかで見た気がする、誰だ?

『一応自己紹介しておこうか、俺はドニスガル。今はサロマニック商会のボスだ。』

 サロマニック!? たしか・・・・・、コルンの?

『コルンの後を継いで、ボスに就任した。一応、礼を言っておこうと思ってね。』

「礼だと?」

『君が俺に、この羅針盤と、それにチャンスをもたらしてくれたことについてだよ。』

 ドニスガルは鎖にぶら下がった光る珠を見せつける。忘却の羅針盤だ。


「嫌みな奴だって、言われないか?」

『親切だよ。君の行為がどれほど素晴らしい結果をもたらしたか。知っておいてほしくてね。』

 ドニスガルの背景が映る。大量のエグゾスーツや戦艦が並んでいる。

『今、重大な商談を進めていてね。すべては君のおかげだよ。』

「利益の1割でいいぜ?」

『君には素敵な旅をプレゼントしよう。黄泉の国への旅だ。いいところらしいぞ、なんせ行ったきり誰も帰ってこない。』

 くそっ、使い古されたセンスの無いギャグを言いやがって。

「俺急用を思い出した。もう行ってもいいかな。金輪際かかわらねぇからさ。」

『パペットマスター、始末しておけ。』

 ローブの男がいつの間にか5mほどの距離に立っていた。あいつ、パペットマスター?

「聞いたことあるぞ? 人型の物体なら何でもあやつる人形遣い。ここ数か月、急に裏社会で名を伸ばした仕事屋だ。」

 そうか、だんまりの二人組は両方ともこいつに操られていたのか。つまり盗賊団は初めから二人組だったのか・・・・。


「了解。」

 パペットマスターが銃口を俺に向ける。

「あーっと、・・・・・、と、取り引きしないか・・・?」

 銃声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る