17.捕食者

「きた、ついに、この時が!!!」

 床に広がる円陣の輝きは、まさしく時が満ちたことを知らせている。

「一族の悲願、初代様より1000年あまり、ついにこの日が!!」

 サクト、供物を捧げることにより、次に使う術法の段階を上げる術。これに命を捧ぐことで、術の段階は無制限に上げることができる。

 さらに、サクトの次にサクトを使った場合には、上乗せになるのだ。

 われら一族は代々サクトによる供物を蓄積し続けた。今日、この日のために!


 私は転移札を取り出す。ポルトという、転移術法が封じられた札だ。

 わが主はあまりに巨大で、あまりに遠かった。転移させるためにはエグダポルトでも足りない。だからサクトでそれ以上への強化が必要だった。


「さぁ、わが主よ、今こそ帰還のとき・・・・・・。」

 私は転移札を使用する。転移札が消失する。多重累積されたサクトにより、想定を超えて強化された術法が発動する。

「$&=ア8#ポルト!!」

 転移の発生を知らせる黒い渦。その渦は空を埋め尽くす程巨大だった。

「わが主よ、お出でください!」


 今まさに、小の月は巨大な黒い渦の中に消え、地上にその姿を現そうとしている。

 直径1000m、その巨石が地上に落着する。


 落着の衝撃は地震となって、周囲を襲う。チュア砦はその衝撃で崩壊した。

 多くの者は巨石自体の下敷きになった。


 戦場に突然訪れた、あまりに異常な事態に、双方陣営ともに静止状態になっている。

 巨石が割れる。卵の殻を破るように外殻を破壊し、中から巨大な生物が現れた。



====================



 あやうく巨石の下敷きとなるところだった。今は、ラファを小脇に抱え、空から化け物を見下ろしている。


 空を覆う黒い渦から、巨石が降ってくるのを見たときは、思考が停止した。しかし次の瞬間、巨石の下にラファとダークロードが居ることに気が付いた。

 俺は、焦って彼女を連れ去るように抱えて退避した。落下の衝撃が周囲に拡散する、大小の岩石が俺の背中を強かに打ち付けた。

 何とか上空に退避したが、ラファは気を失っていた。先の戦闘で、既に負傷や体力が限界だったのだろう。


 ダークロードも四天王の女に助けられ、退避していたようだった。


 巨石から出てきた化け物を改めて観察する。巨石自体のサイズよりはだいぶ小さい。それでも300m以上はありそうだ。

 一見すると龍神たち同様の西洋竜の様にも見えるが、優美さは欠片もない。

 両手両足は異常に発達し、背中には翼は無い。しっぽは長く100m以上はありそうだ。長い首の先、頭部には、真っ赤に光る眼がある。

 全身が金属光沢を放つ外殻に覆われ、その外殻の隙間から除く肉は、緑に赤い筋の走った不快な色合いをしている。全身から黒い粒子でも放っているのか、不気味な空気だ。


 化け物の鼻先に二人の人物が浮いていた。あれは、四天王のトリスタルと、宰相のダラス?


「わが主、ご復活おめでとうございます。ああ、以前よりもこんなにやせ細られて・・・・・。」

 ダラスは化け物に向け、芝居がかった身振りで話かけている。

「さぁ、ご存分にお食事を。そしてわれらの体をご自由にお使いください。」

 ダラスとトリスタルは執事のように礼をしている。二人の礼に応えるように、化け物は悲鳴のような歓喜のような、おぞましい鳴き声を上げた。


 それに呼応するように、二人の体から黒い粒子が吹き上がり、全身が黒一色に覆われる。それだけではない、仲間だった歩兵部隊や術法部隊、弓兵部隊、さらに亜族の中にも、あちこちで黒い粒子を噴き上げている者がいる。

 全身が黒一色に覆われた者たちは、数百にもなりそうだ。それらが人族も亜族も関係なく、周囲の生き物を一斉に襲い始める。彼らはあの化け物の眷属ということか・・・・・。


 眷属たちは、爪も牙も獣のように鋭く硬くなり、そして、身体強化、速度強化を施しているかと見間違うほどに強靭で素早い。

 一般兵たちは次々と、その爪や牙の餌食になっている。

 俺は事態に追いつけず、呆気にとられていた。気が付くと、俺も眷属たちに囲まれていた。一斉に飛びかかってくる!


「何をしている・・・・・・。」

 周囲の眷属5体は全て切り裂かれている。そこには、半壊した黒い甲冑を纏った、ダークロードが立っていた。左腕も一応は回復しているようだ。

 兜が取れ、素顔が見えている。意外と渋いイケメンだな。


「1000年前の伝承にある。眷属は元には戻らぬ。戦わねば、より多くの者が死ぬことなる。」

 話ながらもダークロードは、右から襲い来る眷属を斬り伏せる。

「あの怪物は"捕食者"。喰らったモノの力を取り込む怪物だ。眷属はその力の一旦を受け継いでいる。」

 左と前方の眷属を斬り倒す。

「眷属どもは、ブレイヴに匹敵するほどの能力だ。一般兵には荷が重い。」

 後方の眷属を術法で吹き飛ばす。

「アレの復活を目論む者たちが、余の側近にまで潜伏しておったことに気が付かぬとは・・・・・、我ながら情けないかぎりだ。」

 ダークロードは苦い表情をしている。

「余は、アレを何とかしてみる、おぬしらは眷属を頼む。」


 ダークロードは、捕食者に向けて飛び去った。

 俺はラファに回復術法を掛ける。しかし、傷が深いのか、俺では回復しきれない。

 ラファを担いだまま、急いで飛行塔まで飛翔する。

「どけぇ!!」

 途中、戦闘中だった眷属を斬り倒し、救護室に駆け込む。ルーシアが居るはずだ!


「ルーシア!!」

 室内は怪我人やそれを看ている回復術師で溢れ、入り込む隙間もないほどだった。

「ヒロム様!?」

 他の負傷者には申し訳ないが、事態が事態だ、ラファを優先させてもらう。

「ラファの意識が戻らない。新たな敵にどうしても戦力が要る! 急いで治療してくれ!!」

「え、あ、はい。」

 ルーシアにラファを押し付けるようにして、託したあと、救護室から飛び出した。

 その時、飛行塔全体に激震が走る。ふらつきながらも、俺は手近な窓から飛び出す。


「ガイラ様ぁぁぁぁ!!!!」

 ヴィージャーか? 四天王の1人が近くで戦っていたらしい。捕食者の方向を見ると、ダークロードは、全身から煙を上げながら、ふらふら降下している。何が起こっている?


 捕食者が口を開く。口の奥から光が漏れる。あれはヤバイ!

 俺は急いでダークロードのところに向かう。あれは物理か? 術法か? ええぃ!!

 左手手首を斬りつける。ダークロードまであと数m!

「サクト!!」

「エグダバドガーラ!!!」

 防御力強化を使う!これならどっちでも効果がある!!

 捕食者の口から光の奔流が放たれる。体が引きちぎられそうだ!!



 何とか耐えきった、が、既に鎧は無くなってしまった。ダークロードもまだ無事のようだが、かなり消耗している。

 そうか、先ほどの激震は、これが飛行塔に命中していたのか。飛行塔は既に崩壊寸前だ。あそこには負傷者もいる。これ以上はやらせない。


 気が付くと、周囲を眷属が囲んでいる。

「なかなか楽しませてくれますねぇ・・・・・。」 

 捕食者の頭部横あたり、眷属の1人が語りかけてくる。全身真っ黒で区別がつかないが・・・・・。

「おまえ、ダラスか?」

 眷属は大げさな手振りで答える。

「おおー、そうでした、この姿は区別がつきませんよねぇ。」

 その眷属は、黒い全身タイツから顔だけを出した。ダラスはあんな顔だった気がする。

「あなた方はかなり健闘していると思いますよ? でもここまでですね。われらの計画に乗り、フォースロードとダークロードが潰しあってくれたのは大変助かりました。」

 くっ! 俺は利用されてばかりじゃないか・・・・・・。

「それなら、俺たちがその計画の最後を締めくくってやる。"捕食者はヒロム様たちが倒しました"ってな!!」



====================



 喧噪の中、目が覚めた。体を起こす。かなり体が重いけど、動けないほどじゃないみたいだ。そういえばガイラはどうなったの・・・・・?

「あ、ラファさん、まだ無理してはだめですよ!」

 ルーシアさんだ。そうか、ここは救護室なんだ。

「ここは怪我をした人が来る場所、私は戦わないと。」

「ラファさんも十分怪我人です! それも重傷!」

 私の剣はどこ? 戦わなきゃ。

 ベッドの横に立てかけられていた剣を見つけ、手に取る。


「ラファさん・・・・・。」

「いかなきゃ・・・・・。」

 人ごみをかき分け、救護室を出る。窓から飛び出した。

 外には巨大な怪物がいた。怪物は耳をつんざく、不快な鳴き声を上げていた。あれは歓喜?

 怪物の前には黒い人だかり。人だかりの中心にはヒロムと・・・・・・、ガイラがいた。



 人だかりの中に着地する。

「おっと、もう一人のフォースロードがやってきましたか。」

 誰かが語りかけてきている、誰だっけ?

「ラファ・・・・、にげろ・・・。」

 ヒロムは片膝をつき、辛うじて剣で体を支えていた。

 ガイラは倒れ、動いていない。生きてはいるようだ。


 不思議だ。あんなに殺したいと思っていたのに、倒れて死にそうな姿を見ても、今は何とも思わない。

 それよりも、たくさんの人が死んでいることが気になった。みんなこいつらがやったの?

「みんな、殺したの?」

 黒い人は不思議そうな顔をしている。

「ええ、でも、ちゃんと全部後で食べますよ。これから、わが主は、この戦場の全てを食べ、生き物全てを食べ、この世界全てを食べるのです。」

 黒い人は指折り数えながら、話している。

「なぜ、殺す? なぜ、食べる?」

「なぜとは不思議なことを問いますね? 人間だって殺して食べるでしょう? 同じことです。」

 そっか、なんだか納得しかけてしまった。でも、私は食べられたくない。


 生きるのが辛いと感じたのに、

 死んだ方が楽かもと感じたのに、


 でも、私は生きたい。彼との思い出を消したくない。


「私は、生きたい。」

「勝手ですねぇ、あなたが食べている動物も植物も、同じく生きたいと思っていたはずですよ?」

「うん、勝手。それでも抵抗する。」

 私は剣を抜き、ソウルバーストを発動する。赤い粒子が吹き上がり、視界を赤く染める。

 黒い人たちが襲いかかってくる。とてもゆっくりだ。私は一人ずつ丁寧に剣で斬る、みんな、斬られた後もゆっくりだ。


 私は飛び上がる、あの怪物が親玉かな。怪物が大きな腕を高く掲げ、振り下ろしてくる。

 腕を回避し、ついでに斬りつける。外皮が硬く、剣が通らない。なら。

「三十二連・・・・・・。」

 ラピッドスラッシュを放つ。私の腕が軋む。それでもスキルを最後まで放つ。外皮が少し削れた。

 怪物の腕を蹴り登り、頭に向かう。硬すぎるので、頭や首を狙おう。その瞬間、外皮の隙間から蒸気が噴き出す。私は仕方なく怪物から距離を取った。


 蒸気の中から、広範囲に光の網が飛び出してくる、これはジミアのスキル!? 回避!! 左足が引っかかる、一瞬の静止。既に怪物の巨大な腕が目の前にあった。

 地面に叩き落とされる。体中から嫌な音が響いた。何かつぶれたり折れたりした・・・・・。


 それでも立ち上がる、口から血が溢れ出てくる、止まらない。


 黒い人たちが突撃してくる。何とか躱しつつ斬り倒す。背中を爪で削られる。振り返り斬る。右腕に噛みつかれた。左腕が動かない。膝蹴りで引き離す。右わき腹を削られる。蹴り飛ばす。

 怪物の口から光が漏れている。黒い人たちは潮が引くように離れていく。気が付くと地面に膝を付いていた。体が思うように動かない、避けられない。


 重たく熱い光の波が降り注いでくる、体が引き裂かれそうだ。


 地面は大きくえぐれていた。それでも私は倒れない。倒れてやらない。

「ラファ!!」

 ヒロムの声がする。

 怪物の口がまた光を放ち始める。さっきはソウルバーストの赤い光が護ってくれたけど、もうそれも消えてしまった。次は、もう、無理かな・・・・・・。


 足元から、だんだんと感覚が無くなっていく。もう手も上がらない。剣を持ってるのかもわからない。


 怪物の口から溢れる光が強まる。



 ああ、ユウに会えるかな・・・・・・・・・。








 板だ。板が落ちてきた。1、2、3、・・・、10枚。私の前で花びらのように並んで、くるくる回る。

 怪物の口が光を吐きだした。でも、その光は、私に届かない。くるくる回る10枚の板が、私の前に半透明の壁を作っている。



 光が収まる。板は地面に落ちた。



 衝突音を発して、目の前に何かが落下してきた。人だ。誰かが着地したみたい。地面がへこんでいる。

 片手、片膝を付いた状態から、立ち上がる。見たことのない鎧を着ている。でもよく知っている後ろ姿、ずっと見たかった後ろ姿。胸が熱くなる、視界がにじむ。


 ちらりと私を振り返る。


「おまえら、一人残らず破壊する。」

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