16.チュア砦攻略戦

 チュア砦。

 人族と亜族、それぞれの領域の間にはミリース山脈が横たわっている。唯一、山脈が途切れ谷間となっている場所に、チュア砦はある。

 人族と亜族はこの砦で隔てられている。亜族領域を守る、まさに城門だ。

 ゲームのミルーシャでは、この砦を突破するクエストがあったっけなぁ。



 飛行塔は、チュア砦をその視界に捉える距離まできた。今の速度を維持すれば、数時間以内にチュア砦に到達する。

 俺は尖塔の中央あたり、チュア砦を臨めるテラスの一か所に出た。既に塔内は戦闘配備が進んでいる。



 チュア砦攻略作戦はこうだ。

 まず飛行塔から砦に向け、術法及び投石器による遠距離攻撃。

 敵の対空攻撃を封殺したのちに上空へ移動。

 そこから直接砦内へ兵員を降下。制圧する。


 当然、敵飛行戦力の激しい抵抗や、四天王、ダークロードの出現が予想される。

 飛行戦力に対しては弓兵や術法使いにより対応。四天王およびダークロードには、二人のフォースロードが対応する。つまり俺とラファだ。



 俺たちはフォースロードになり「ソウルバースト」というスキルを獲得した。

 ゲームの中でもフォースロードはこのスキルを覚える。ただ、ゲーム内では"死にスキル"扱いされていた。

 説明文には、「魂の力を解放して、能力を強化する。」と謳われているのだが、その実、身体強化や速度強化の術法と大差なかった。

 その上、後から使用した効果で上書きされてしまうため、重ね掛けもできない。だから、俺はフォースロードのスキルを重要視していなかった。

 だが、実際に獲得したソウルバーストは桁が違った。その力は思いの強さに比例する。闘争心や強い情熱が、そのまま能力上昇に反映された。

 このソウルバーストがラファに鬼神のごとき力を与えた。



 認めよう、俺はもうこの世界はゲームのミルーシャとは無関係だと理解した。

 以前はプレイヤーである俺以外、全員NPCであるという気分で冒険していた。

 だが、この世界でも人々は生き、苦悩し、それぞれに戦っているのだということを、この旅で思い知った。



 進軍の途中、ワイバーンの群れに襲われた。戦闘準備を始める前にラファが飛び出していった。


 それは虐殺だった。


 赤黒い光が空を駆け巡り、おそらく50近くいたであろうワイバーンは瞬く間に全て肉塊となった。

 ラファの放つ赤黒いオーラは、近づくだけでも命削る。空と大地はワイバーンの血肉で一面朱に染められていた。

 その光景は、そのまま彼女の心象世界が顕現しているのだと感じた。


「終わったよ、早く、進もう・・・・。」

 戻ってきたラファは、血まみれの姿で事もなげにそう告げてきた。


 彼女の姿に驚く以上に、俺ではこの少女を救えない、その事実に愕然とした。




 俺がテラスで思惟に耽っていると、警鐘が鳴った。

 改めてチュア砦に意識を向けると、何かが砦上空に集まり、黒い雲のようになっていた。敵の飛行戦力か。


 いよいよ戦端が開かれようとしている。俺は剣を抜いた。

 いつの間にか、隣にはラファが居た。目は虚ろで、体からは赤黒いオーラが漏れ始めている。


「死ぬなよ・・・・。」

 俺は、彼女の心に届くかわからないが、言葉をかけた。

「ふふ、へんなの・・・・、大丈夫、殺すまでは、死なない。」

 ラファは笑みを湛えていた。俺はその歪んだ笑みを見て、胸が痛んだ。



 空を飛ぶ黒い群れはどんどん近づいてくる。飛行塔からの術法攻撃が始まる。しかし、敵に着弾する直前で術法障壁により止められる。敵からも術法が飛んでくるが、こちらも障壁で護る。

 黒い群れと飛行塔は術法を撃ち合いながら接触する。飛行塔周辺での近接戦闘が始まる。


 黒い群れの向こう、見えた! 四天王は2人、そしてダークロードだ!

 俺が気づくよりも早く、既にラファはテラスを飛び出し、ダークロードに向けて一直線に突撃していた。彼女の進む先にいたクリーチャーは、酷く無残なことになっている。


 俺だって、戦いに掛ける思いがある!! ソウルバーストを掛け、ラファを追う。



 俺がダークロードの元に着いたときには、既にラファが切り結んでいた。ラファから溢れる理不尽な死は、四天王すらも寄せ付けない。

 ダークロードはラファの剣戟を受け止めているが、おそらく無傷ではないだろう。しかし、ラファの攻撃を受け止めることができるのも、またダークロードしか居ないようだ。不運にも巻き込まれたクリーチャーは、肉塊に変わっている。


「もう、なんなのよ、こいつ!!」

 風の魔人ヴィージャーが愚痴るように叫ぶ。

「ガイラ様!!」

 ファルガイストがダークロードを支援しようと、ファル系術法を撃つ。

 俺はそれを防ぐ。


「お前らは俺が相手だ。」

 俺ですら、あの状態のラファには近づけない。彼女と共に戦えない自分が歯がゆい。

 せめて、四天王は彼女に近づけさせない。



====================



 飛行塔の操作室には、外を映す遠見水晶が設置されている。

 私はその水晶を操作し、外の戦闘状況を見る。

「ふふふふふふ、順調だ。フォースロードの二人は思った以上の戦力だな。何とかギリギリまで使いつぶしたいところだ。」

 足元に展開した円陣を見やる。命の収集は順調だ。

「サクトガーラも滞りなく稼働している。我がジャーガス家の悲願成就まであとわずかだ・・・・・。」


 水晶の視界を変え、下方向を確認する。チュア砦まであと100mを切ったか。

 連絡用の伝声管を開く

「術法部隊、砦への火力が弱まっているぞ、敵の対空攻撃がまだまだ残っている。排除しろ。」

「わかりました!!」


 さらに、他の伝声管を開く

「降下部隊、準備は良いか?」

「はい、いつでも行けます!!」


 視界真下にチュア砦を捉えたところで、飛行塔を停止させる。

「降下部隊、降下開始!」

「降下開始だ!いけいけいけ!!」


 降下部隊は、小隊ごとに重さを操る闇術法の使い手を連れている。重さを操作し落下速度を緩め、地上に降りていく。

 まだまだ残る対空攻撃により、降下部隊が迎撃されている。が、地上にたどり着く部隊も多い。

「ふふ、素晴らしい、戦場に散る命の花。美しい・・・・・・。」


 足元の円陣は更に光を増していた。



====================



 剣戟を紙一重で回避する、黒い甲冑で覆われた内側の皮膚がわずかにしびれる。

 あの赤黒いオーラは、触れなくともダメージを受ける。


 俺はなぜ、ラファと剣を打ち合わせているのか・・・・。そう、俺が彼女の大切なものを奪ってしまったからだ。

 それが意図せぬことであったとはいえ、そんなことは、彼女にとって関係ないのだろう。


 彼女の失意と絶望、そこから生まれた殺意と狂気、それが形となって体から吹き上がっている。

 そのオーラは彼女自身をも蝕んでいる、しかしそれを意に介することもなく、彼女はその衝動に身を委ね襲い掛かってくる。


 できれば救いたい、だが、俺も王。背負う民が居る。ここでこの少女を救うために命を捧げることはできない。

 だから俺は非情になる。ラファはここで倒す。彼女の救いのためにも・・・・・・。



「エグダオル! エグダヘスト!」

 最大級の身体強化と速度強化を掛ける。斬撃を飛ばす、だがそれは囮だ。瞬時に背後へ回り、斬る!

 ラファはその攻撃を回避した。やはりこの速度でも対応してくるか。ラファのオーラが強まる。

 高速の斬撃を連続で放つが、全てに対応してくる。彼女の切り返しを剣で受ける。肌が焼ける。少しずつダメージが蓄積していっている。


 しかし、剣技ではやや俺に分がある。このまま押し切る!!

 何十合と切り結ぶ。少しずつだがラファの傷が増えていく。

 彼女の体は既に限界が近いようだ。自身のオーラでの自壊が始まっている。

 剣を合わせる、つばぜり合いに持ち込む。削り合う剣とオーラが、激しく火花を散らす。

「もうよせ、体が持たぬぞ。」

「? 不思議、私の体のことなんて、なんで心配するの?・・・・・・・、ユウを、こ ろ し た の に・・・。」

 ラファは目を見開く、白目は充血で真っ赤になっている。赤黒いオーラが強まる、肌が一気に黒く染まっていく。

「それ以上は死ぬぞ・・・・・!」

 俺は弾かれ、剣を打ち上げられる。すごい膂力だ。


「十五連・・・・・・、」

 分身に見えるような、異常に重なり合った剣戟が迫る。剣で防ぐ。受けた剣の刃は、凄まじい勢いで削り取られていく。

「二十八連・・・・・・、」

 切り返されてくる、彼女の体はあちこち裂け、血が舞っている。

 再び剣で受ける、ついに剣が砕かれる。

「四十二連・・・・・・、」

 再度、切り返されてくる、彼女は真紅の花びらに舞う、踊り子のようだった。

 俺は両腕を交差し、防御した。左側から襲来した剣戟の嵐は、俺の左腕に無数の斬撃を加えつつ、胴体の鎧を粉砕した。


 俺は吹き飛ばされ、地面に落下した。因果な体だ。ダークロードの俺は、この程度で死ねない・・・・・。

 大きな落下音を響かせ、ラファが着地した。全身が血に塗れている。あれは返り血か、自身の血か・・・・。


 俺は地面に横たわり、もう動くことはできなかった。

 ラファは俺の横に立ち、空に向かってつぶやく。

「ああ、これで・・・・・、かたきが討てるよ・・・・・。」


 俺もここまでか。やはり運命は覆らなかった・・・・・・。

 ラファは剣を逆手に持ち、振りかぶる。そして俺にその剣を・・・・・。


「$&=ア8#ポルト!!」

 そのとき、空は巨大な黒い渦に埋め尽くされた。

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