第8話 ターニングポイント

 春の定期テストでも、私は総合1位を獲得して、『ボクとキミ』の世界に行ったものの……。

 魔の王子の攻勢に耐えかねて、わずか半年で地球へと帰還させられ……。

 その後は地球で三ヶ月、あっちでも三ヶ月の生活を過ごしました。

 ……ゆえに、私は焦りを感じていました。


 地球での定期テストは、残すところあと二回。

 対して白桜学院あっちのテストは、まだ四回も残っています。

 もともとスタートに差があったとはいえ、このままでは地球で卒業式を迎えることになるでしょう。


「それじゃあ卒業エンディングが見れない……!」


 あっちの世界へ行くための条件は『テストで上位一割の成績を取る』ことです。

 では、卒業してしまったら、のでしょう?

 答えは単純――のです。

 卒業してしまえばテストがないのですから、世界を渡る権利を失ってしまうのは当然ですね。


「何か対策を立てないと……」


 そしてこのままでは確実に、その権利を失います。

 公爵令嬢のメイアに、二度となれなくなるのです。


「でも、どうすれば……」


 これと言ったキルト様への対策も思い浮かばないまま、私はその日の床に就きました。


--


 問題はそれだけに留まりません。

 夏休みまでは、のらりくらりと避けてきた進路について、いい加減に答えを出さなければいけなくなりました。


「立花……先生はお前の意見を尊重して今日まで待った。だが、いい加減に答えを聞かなければならない。夏を過ぎた時点で、推薦もAO入試も受けることができなくなってしまった。残る一般入試だって願書を出さなければならないから、あまり悠長にしてられない」


 先生は厳しい目で私を見ます。

 さすがに今日ばかりは逃してくれなさそうです。

 と言っても、いまの私には進路のことで悩んでいる余裕はありません。

 いえ……いままでも進路なんて、考える余裕はありませんでした。

 だから大学のことなんて、これっぽっちも覚えていません。


「どうするんだ、立花」


 先生が答えを催促してきます。

 皮肉なことに、今の私は学年主席。そんな私の進路が決まっていないなど、先生にとっては胃痛ものでしょう。

 なにせ学校側が、いい大学に進学してくれることを、一番期待している生徒なのですから。


「私は……」


 どうすればいいのでしょう?

 進学以外を提案しても、きっと先生は大学に行くべきだと言って、私を説得してきます。

 かといって、私はほとんど大学を知りません。

 以前もらったオススメ大学のプリントは、とっくの昔にゴミ箱へ放り込みました。

 だから……


「●●●大学に行けたらな、と考えてます」


 知っている名前の大学を挙げることしか、私にはできませんでした。

 ですが、私の答えを聞いた瞬間、やっと先生は笑顔を見せます。


「そうかそうか、立花はあそこに行きたかったのか! 言葉に出すには敷居の高い難関大学だが、まあお前なら十分受かる見込みがあるだろう! いやいや、よく言った!」


 先生は私の背中をポンポンと叩きます。


「今日の面談は以上だ! 気をつけて帰れよ」

「はい」


 どうやらやっと解放されるようです。

 私にとって合格の見込みなんて、どれだけあろうと関係ありません。

 それよりも、私にとって大切なのは


「白桜学院、卒業できるのかな……」


 一人になった視聴覚室の中で、沈む夕陽を見ながら呟きました。


--


「ただいま、神ゲー」


 秋の定期テストもいつも通りに主席を勝ち取り、私は世界の橋を渡りました。

 天蓋付きのベッドが、優しく私を受け止めます。


 時刻は零時をちょっと過ぎたところ。

 あまり夜更かしをしない私は、世界を渡ったらすぐに寝付くことが多いのですが……


「眠れない……」


 なぜか今回は眠ることができませんでした。

 仕方なくベッドから抜け出し、意味もなく屋敷の中を歩いてみます。

 そうしてフラフラしていると、お兄様の部屋の前にたどり着きました。


(まだ起きてるかしら?)


 念のため、自分からはあまり近づくこともなかったのですが、今日はなんとなくお兄様の顔が見たくなりました。

 ドアを控えめにノックしてみます。


 ――コンコン


 すると静かに、お兄様は扉を開けました。

 私の顔を見て少し驚いているようです。


「入るか?」

「はい」


 お兄様は半開きだったドアを開けて、私を招きます。

 部屋は私と同じく50畳を越えるほどの広さでしたが、内装はまったく違います。

 簡単に喩えるならば、質素なフランス貴族の部屋といった感じでしょうか? どれも逸品物とわかる調度品が、センスよく並べられています。


「どうした?」


 お兄様はベッドをイス代わりに腰掛けます。

 少し迷いましたが、私も思い切ってお兄様の隣に腰掛けました。


「その……眠れなくて」

「そうか」


 私達の間に沈黙が流れます。

 お兄様はあまり口数が多い方ではありません。

 それでもお兄様の優しさは、エスコートされた女性なら誰もが知るところ。お兄様は口ではなく行動派なのです。


 お兄様は何も言わず、スッと私の肩に手を回しました。

 そしてそのまま、私の肩はお兄様の方へと引き寄せられ……


「あっ――」


 私の頭が、お兄様の膝へと倒れ込みます。


「これで眠れるか?」


 人を落ち着かせる不思議な魔力を持った声音で、お兄様が尋ねました。

 いま、私はお兄様に膝枕をされています。

 普段の私なら、興奮して寝付くどころではないでしょう。

 なのになぜか――


「はい……」


 私は安心して、すぐに眠りに落ちることができました。

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