第5話 恥ずかしいです……

 夏へ向けて、徐々に熱さを増していたあちら側とは違い、地球は師走の寒さを迎えていました。

 そのギャップに多少は四苦八苦しましたが、身体のほうはしっかりと寒さに慣れています。要は心の持ちようです。


「またやってしまいました……」


 前回よりも長く、あちらに留まることができましたが、返還される原因となったのはまたもや『恋愛』です。

 お兄様の件で警戒していたのですが、次はより警戒しなくてはなりませんね。

 特にキルト様は要注意、ですっ!


--


 12月といえば、一大イベントが待っています。

 そう、クリスマスです!

 街は綺麗なイルミネーションで彩られ、私たちの視覚を楽しませます。

 イエス・キリストの生誕祭だと覚えてる人が、はたしてどれほどいるのでしょうか?


 そして冬休みに入る前の教室では、一部の男女が少しソワソワした様子を見せていました。

 クリスマスに予定がない、迷える子羊です。

 何とか予定を埋めようと、恋人候補を探しているのでしょう。

 とくに女子にはその傾向が強いようです。


 まあ、私には関係のないことだけど……。

 と、高を括っていたのですが


「立花、ちょっと話があるんだが放課後いいか?」


 まさかのお呼ばれです!

 不意を突かれた私は、若干キョドりながらも「は、はい」と返事をします。


 我が世の春?

 いまは冬ですよ?

 それは関係ない?

 そうですか。


 でもでもっ! 私はこちらの世界を捨てる身!

 こちらで遊んでいる余裕なんてありません!

 私はしっかりと『返答』を持って、指定された第二視聴覚室へと向かいました。


「まあ、その、なんだ……話ってのは……」

「ごめんなさい! 私やっぱり、教師と生徒がそういう関係ってイケないと思うんですっ!」


 私は先生の言葉が終わる前に『返事』をしました。

 まさかの先制攻撃に面食らったのでしょう。ポカンとした表情を見せる先生。

 ですが、それは数秒後に忍び笑いへと変わります。


「まさか立花まで、あの空気に当てられているとはな」


 意味がわからず、私は首を傾げます。


「まだ気づかないのか? 俺が立花を呼び出したのは、告白のためじゃない」

「えっ」

「進路だよ、進路。お前さんは人一倍勉強を頑張っているからな。どこか行きたい大学でもあるんだろうと、早めに話を聞いておこうと思ったんだが」


 そこで先生はまた「クック……」と笑いました。

 私は自分の勘違いにカァーと顔が赤くなるのを自覚します。穴があったら入りたい気分です。

 というか、本人の目の前で笑いを堪えるの失礼ですよっ!


「悪い悪い、てっきり立花はそういうの興味ないと思ってたんだよ」

「そんなこと……」


 反射的に否定しようとして、はたと言葉につまります。

 あちらの世界に行く前の私は、ほんとうに生きることに無気力でした。

 カッコいいなという人がいても、どこか観賞動物を見ているようで、自分との関わりを考えたこともありません。

 そんな私が、教師と教え子のイケない恋を想像した……?


 ――ありえない


 少なくとも今までの私なら……。

 私は神様と出逢ってから、自分でも気付かぬ内に変わっていたことに、このとき初めて気が付きました。

 無気力症候群から抜け出し、何かのために頑張ろうと、目標を持てるくらいには。


「まあなんだ……それより、先ほども言った進路なんだが、立花は希望あるか?」


 居心地悪くなったのか、先生は話題を元に戻しました。

 私としても、長く続けたい話題ではありません。先生の話に乗っかることにしました。

 そもそも『ボクとキミ』の攻略対象が、許されない恋愛相手ばかりなのがイケないんです! 私はそう決めつけて、頭を切り替えます。


「いえ……とくにありません」

「んん?」


 私の言葉に、先生は訝しげな声を上げます。


「なぁ立花、遠慮……いや、恥ずかしがる必要ないんだぞ? どんな有名大学だって、今の調子でお前が頑張れば必ず受かると先生は信じてる。だからな、正直に言ってみろ。先生は立花のことを笑わないぞ」


 ……先生は鶏なんでしょうか?

 さっき私のことを笑ったのをもう忘れているようです。


「恥ずかしがってる訳ではありません。本当に行きたいと思ってる大学なんてないんです」

「じゃあ何のために、あんな勉強を頑張ってるんだ?」


 その言葉に、私は以前にもあっちの世界でメイドに、同じ質問をされたことを思い出しました。

 本当の事を言ったって、信じてはもらえません。

 だから、あの時と同じように


「行きたい大学が見つかった時に、迷わず進学できるようにですよ」


 煙に巻いた。

 本当の理由は、私と神様が知っていれば十分です。


「そうか……」


 短くそれだけ言うと、先生はイスから立ち上がります。


「とりあえずは、うん、わかった。気をつけて帰れよ、立花」


 そう言って、先生は視聴覚室を出て行きました。

 私の心の中に、何かが残りました。

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