第3話 クソゲー

 メイアとしての生活は、私の知ってる生活とは別物でした。


 公爵家という地位ある身分、誰が見ても魅力的と思う容姿、恵まれた生活環境。

 クラスメイトと談笑するのも、公爵家の令嬢として淑女を演じるのも、ドレスコードがあるお店で食事をするのも、魅力的な同級生が何人も手が届くところにいることも、すべてがキラキラと輝いて楽しかった。


 だからこそ……。

 お試し期間が過ぎて元の生活に戻った時、いままで私が生きてきたのは灰色の世界だったのだと気付かされました。

 すると思うのです。



 またあの世界に行きたい……と。


 

 特別やりたいこともなく、人生を無為に過ごし、無気力症候群だった私がです。

 頑張る目標が、見つかったのでした。


--


 さて……帰還させられたのなら仕方ありません。

 再び公爵家の令嬢メイアになるため、神様に与えられた試練を超えなくては。


 朝早めに登校した私は、パラパラと自分のノートを確認し、ゲーム世界へ行く前に習ったことを頭の中から引っ張ってきます。

 あっちに行ってる間は時間が止まっているので、こちらの日付的には昨日のことなのですが、私の体感としてはの内容です。忘れてる部分がやはりありました。

 それらを一つ一つ潰していると、いつの間にかクラスメイトの半数以上が登校しています。

 ですが、私に声をかける人はいません。

 なにせこちらの世界には、私にお友達と呼べるような相手がいませんから。


「ねぇ、あの子……」

「朝からずっと復習とかガリ勉ってやつ?」

「まだ二年なのに、もう大学受験気にしてるとか必死すぎて気色悪いキモい

「ねー! 三年になってからでも余裕でしょ。今からあんな空気当てられたらコッチの気が滅入るって」


 どうやら女子の一部が、私のことを噂しているようです。

 ですが関係ありません。

 私にとって、こっちは捨てる予定の世界。どんな誹謗中傷だって受け入れます。

 それに構っている余裕なんて、これっぽっちもありませんから。


 私は黙々と復習に励みます。

 こちらの世界のほうがので、次の試験を絶対に落とす訳にいきません。

 次の定期テストは冬休み前。

 あと三ヶ月ほどですが、頑張るとしましょう。


--


 寒さが厳しい季節になりました。

 ファッションに精通したいわゆるオシャレ系の同級生たちは、この時期でもスカートをミニに捲り、生足をさらけ出しています。

 だというのに、首元にはチェックやノルディック柄のマフラーを巻いてるのが不思議です。


 対する私はスカートも膝丈、120デニールと厚めなストッキング、無地のマフラーにダッフルコートまで。

 オシャレよりも寒さ対策優先です。

 風邪でも引いて、何日も無駄に消費する訳にはいきませんから。


 そして、先日行われた定期テストが今日から返却されます。

 定期テストに命を賭けてる私としてはドキドキです。


立花たちばな


 先生が私の名前を呼んだので、椅子から立ち上がり教壇へと向かいます。


「おめでとう、満点だ」


 そう言って、先生は笑顔で私にプリントを渡しました。

 自信はありましたが、いざ満点を取ったと聞かされると安心します。

 これで一歩、目的に近づいたのですから。


「ありがとうございます」


 答案用紙を受け取って席に戻る。

 続く次の授業でも、その次の授業でも、私に戻ってくる答案用紙は上々の点数で、思わず頬が緩んでしまいます。


「キモッ」


 それを見ていた女子が心ない言葉を投げてきますが、やはり私は気にしません。

 気になるのは定期テストの成績順位です。もっとも、この調子なら上位一割は楽勝でしょう。

 こちらの世界では全てのテストが返された後に、担任の先生から成績表を渡されるのですが、すでに楽しみで仕方ありません。


「やった!」


 そして、待ちに待った成績表――そこには総合得点『2位』という結果が書かれていました。

 120名の内の2位……上位一割にキッチリと入っています。


(試練はちゃんと乗り越えましたよ!)


 神様から提示された、ゲーム世界に行くための条件……それは上位一割の成績を収めること。

 つまり今日の零時から、私は再びあの『ボクとキミ』の世界へと旅立ち、メイアとして生まれ変わるのだ!


(今度こそ『ボクとキミ』の卒業エンディングまでたどり着いてみせます!)


 もっとも、それが難しいことはわかっています。

 白桜学院は王都でも随一の名門。

 優秀な生徒が日々、しのぎを削っているのです。

 そんな中で上位一割からと、前回のように地球へと帰されます。こちらとは真逆のルールですね。


 さらに、あちらの世界は卒業まで二年半も残っています。

 努力で平凡さを補ってる私が、二年半も白桜学院で上位一割をキープできるとは思えません。

 それでも、卒業まで行くつもりで気合を入れます。


 家に帰った私は、零時になるのを「まだなの?」という気持ちで待ちました。

 そして……あの浮遊感がやって来ます。


「ただいま、神ゲー」


 天蓋付きの豪華なベッドの上で、私は静かに呟きました。

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