第2話 無気力症候群とお節介な神様

 人生なんてクソゲーだ、って言葉……私は好き。

 この世が平等じゃないことは誰にだってわかります。

 容姿・才能・お金、すべてが同じ境遇の人間なんている訳がありませんし、同じことをやったって同一の結果を得られるとは限りません。

 きっとこの名言を作った人は、人生の敗者だったんだと思います。

 だからこそ、同じ人生の敗者きょうぐうの私はこの言葉に共感してしまうのです。


「……寝よ」


 とは違い、堅くてゴワゴワの布団に包まる。

 木造建築のアパートは音漏れが酷く、隣の住人のテレビ音が伝わってきます。夜中にテレビを見るのならヘッドホンくらいしなさいよ貧乏人! と悪態をつきましたが、よくよく考えれば私の家も貧乏でした。


「帰りたい」


 自分の家の寝室だと言うのに、そんな言葉が無意識に漏れます。

 もう、私にとってはこそ帰りたい現実で、は戻りたくない夢の世界のようです。夢と言っても悪夢のことですが。

 私はテレビ音を少しでも紛らわすため、掛け布団の中に潜ります。

 16年も低い生活水準で暮らしていたって、一度でも高い生活水準を味わってしまっては、簡単には元の生活に戻れません。

 あぁ、早くあっちに帰りたい……。


--


 私はいわゆる無気力症候群の患者でした。

 人よりも生に対する意識が薄く、目標もなくただ毎日を過ごす……そんな日々。

 よく誤解されるのは、無気力症候群といっても趣味や人付き合いに、興味関心がない訳ではないということ。

 街を歩けばカッコいいと思う男性もいるし、ゲームで遊んだりもする。

 もっとも、自ら進んで何かをすることはありませんでした。


 そんな私に転機が訪れたのは、高校二年の夏休み。

 ちょっと大きめな公園のベンチで、ぽけーっと空を眺めていると、私に話しかける人がいました。


「貴重な女子高生時代の時間を、ずいぶんと無為に過ごしおる」


 気がつくと、白いアゴ髭を生やしたお爺さんが、私の近くに立っていました。

 私は席を詰めて、お爺さんがベンチに座れるスペースを空けながら


「余計なお世話ですよ」


 と返す。

 お爺さんは私の隣に座りました。


「そうは言うが、女子高生時代そのときに戻りたいと思う大人はたくさんおる。過ぎてから後悔するのでは遅いのじゃぞ?」

「いいんです」


 生きることに執着がなかった私は即答しました。

 家は貧乏だし、人並みに可愛くもないし、特別な才能もない。

 もし、自分の中に何か拠り所があれば、無気力症候群にはならなかったかもしれません。


「ふむ」


 お爺さんはアゴに手を当て考え込みました。


「つまり環境が違えばもっと頑張れた、と?」

「そうかもしれま……えっ?」


 思考を読まれたかのような言葉に、私の言葉が止まります。

 そういえば、今日の私はパステルブルーのワンピース。制服を着ている訳でもないのになぜ、お爺さんは私が女子高生だとわかったのでしょうか?


「ワシは神じゃからな、思考くらい読み取れる」

「……本当に読み取れるんですね」

「まあそれはよい。それよりも、違う自分で人生をやってみはせんか?」

「違う自分、ですか?」

「そうじゃのぉ……お前さんのやってる『ボクとキミ』のゲーム世界に、メイアとして転生するというのはどうじゃ?」


 メイアというのは『ボクとキミ』のプレイヤーキャラで、容姿端麗な公爵家の令嬢です。

 そのキャラを使って、イケメン王子との王道ラブロマンスや、平民との身分差恋愛、血の繋がった兄との禁断の恋、はては可愛い同級生との百合展開まで楽しめるのが『ボクとキミ』。そんな人生を、実際に体験できるというならば……


「やって、みたいです」


 恥じることなく私は率直な感想を言いました。隠したとしても思考を読み取れるのだから、隠す意味もありません。

 私の言葉にお爺さん……いえ、神様は満足そうに頷きました。


「では、目を閉じてくれるかの」


 神様に言われた通りに目を閉じる。

 すると、私は浮遊感に見舞われました。


「とりあえず、お試しで一ヶ月間じゃ。こっちで一ヶ月経ったら元の世界へ帰れるようにしておく。それと、こっちにいる間はあちらの時間を止めておくから、心配せず楽しむとよい。……さぁ、目をあけてごらん」


 それが私を大きく変える出来事――その第一歩でした。

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