仕方ないので受け入れます

 そのまま連れ戻された場所は、セラのものとほとんど同じ、四角い箱だった。

 薄暗い部屋に、ランタン。それもセラのものと変わらない。

 啓斗は、そこに一人うずくまっていた。

 この部屋は、彼に用意された部屋らしい。彼をここまで連れてきた女にそう説明されたが、受け止めきれない彼はそれをそのまま聞き流していた。

 あまりにも、ショックが大きすぎた。

 二度と、元の場所へと帰れない。

 この絶望を分かち合ってくれる相手は、1人もいない。

 彼は、この世界に一人だった。


 コンコン、と、控え目にドアをたたく音がする。

 反応する気も起きず、啓斗は音を無視し続けた。

 そうしていれば、そのうち音はしなくなるだろう。

 しかし、目論見は何秒も待たずに外れることになる。


「いるのは知っています!」

 宣告とともに、ドアは開いた。当たり前だがカギはぶっ壊されていた。

 そんな暴挙にでる相手を、これまでの人生で啓斗は一人しか知らない。

 ドアの向こうをにらみつけると、仁王立ちの水色の女と、後ろであたふたするセラが見えた。

「一体なんなんだよ、アンタ! 勝手に壊すなよっ」

「簡単に壊れるカギと、ムシするヒーロが悪いのです」

「知ったことか!」

 そのまま口喧嘩が開始されそうだと踏んだらしく、セラが間に割り込む。カギを壊したのは完全に予想外だったのだろう、とても申し訳なさそうな表情である。

「食事のお誘いに来たの。このままだと身体壊しちゃうよ」

「べつに、メシなんて……」

「つべこべ言わずに行くのです!」

 啓斗に選択の余地はないらしかった。ついでに言うと抵抗する気力もなかった。啓斗はずりずりと引きずられるまま、食堂まで連行されていった。


 *  *  *


 食堂もまた、薄暗い殺風景な場所だった。

 違うのは部屋の広さと、テーブルがところ狭しと置かれていることくらいだ。

 座ると勝手に料理が出てきた。メニューは一つしかないらしい。

「お代わりならたくさんあるから、どんどん食べてね。お口に合うといいんだけど」

「本当ですか?! お肉も野菜もこんなにいっぱいあるのに、おかわりまで?」

 啓斗をスルーしてなぜか水色が大喜びだった。

「誰が食べてもいいのよ。遠慮しないでどうぞ」

 ひざまづかんばかりに感激して、彼女は肉をむさぼった。これほど美味そうに食ってもらえるなら、肉となった家畜も本望だろう、きっと。

 それを横目に見ながら、啓斗も肉を一口、含む。途端、目を剥いた。

「まっず! なにコレ、なんか生臭いし味しねえ!」

「お肉に対してなんて無礼なことを! 謝ってください!!」

「いやでも、ソースも何もかかってないぞ、コレ! いいとこ塩があるかないか」

「お塩がかかっていれば十分です。贅沢な! セクハラの次は食物への冒涜ですか、セクハラ男」

「だからセクハラじゃねえっって」

「だけど、私はあなたの名前を知りませんし」

 言われて初めて、啓斗は自分も彼女の名前を知らないことを思い出した。出だしのインパクトがひどかったせいで自己紹介なんてする空気ではなかったし、そのあともそれはそれで名乗るどころではなかったからだ。

「来栖啓斗だ。二度とセクハラとか呼ぶな」

「ヒロト。なんか呼びにくですねえ」

「ほっとけ。あんたは?」

「私ですか? 私、名前ありません」

「はあ?」

「不便なら適当に呼んでください。別になんでもいいです」

「よしわかった。じゃあ、モグサだな」

「モグサ?」

「初対面でおかしなこと抜かしただろ。アイマスクがいいならそっちでもいい」

「モグサでいいです」

「よし」

 くだらないやりとりを繰り返していると、こらえきれないといった風に笑い声が響いてきた。セラだ。

「よかった、元気出てきたみたいだね」

「あー……なんかごめん」

 モグサに払う敬意は一カケラもないが、セラには助けてもらった恩もあるし、心配させていたのだと思えば申し訳なさもある。啓斗がここへやってきた経緯に関係ない以上、セラにはおおむね八つ当たりしかしていない。

「いいのよ。ヒーロが元気になってくれてうれしいわ」

 にこやかに笑う彼女を見ていると、ここにいるのもちょっと悪くないんじゃないかという気がしてくるから不思議である。現実でこのレベルの女の子とお知り合いになる機会はあんまりないので、仕方がないといえば仕方がない。

「それに、ヒーロはイヤなのかもしれないけど、私はあなたにずっとここにいてほしいから、帰れなくなってほんとは喜んでるの。イヤな女でしょ?」

「や、そんなことないんじゃない、かな?」

 啓斗は、返事に窮して曖昧に答えた。どこで好感度が上がったのかよくわからないけれども、可愛い女子に好意を示されて不愉快な男はいるまい。

「ところで、後生大事に抱えているその鈍器はなんですか」

「鈍器?」

 モグサの指の示す先に視線をやると、そこにはギターがあった。完全無欠に鈍器ではない。

「鈍器じゃねえよ。ギターだ」

「ギター?」

「楽器だよ。知らねえの?」

「はい」

「ここで弾いたらうるさいから、あとで聴かせてやるよ」

 一般的日本人であるところの啓斗は、周囲の視線を気にするのである。周囲の視線なんかそもそも見えてなさそうな彼女とは違って。

「ヒーロはギター弾けるの?」

「あ、ああ。もちろん」

「わあ、聴きたい聴きたい! 今でも大丈夫じゃないかな。みんな喜ぶと思う」

「……そう?」

 啓斗の脳裏には、学祭で場を冷凍させた苦い記憶がよみがえっていた。スルーというのは、うるせえよ帰れ、と言われるよりある意味辛い。

 それでもセラの期待に満ちた目を見ると、今更できませんとは言えなかった。腹を括ってギターを構える。選曲はなにがいいだろう。それほどレパートリーは多くない。

「じゃあ、イエスタディを」

 チョイスしたのは、無難中の無難、名曲中の名曲だ。タイトルを知らない子供だって聞いたことくらいはあるはずだ。圧倒的知名度を誇る往年の名作なら、曲を知らない異世界の人間だってがっかりすることはあるまい。きっと。

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