装填せよ

 空を見上げる。気持ちのいい青空の上を三体ほど、蟻の鎧が飛んでいるのが見えた。

「攻めてこないな。実力差を見て手出しをやめたか? あるいは単に、彼らは本体の目というわけか? 獲得した情報を彼らは本体と共有しているのか? ただの戦闘要員としての分身か?」

「分析は後。まったく、4年前と変わらないんだから」

 儀典の言葉を遮りつつ、燐を助け起こす。伏せていたせいで一部始終を見ていなかった彼女は「あたしたち死んだんですかせんぱーい」と頓珍漢なことを言っていたが、やがて状況を飲み込みだして目をぱちくりさせた。

「え、あれ? 先輩あの人教科書で見ました! 英雄さん!」

「どうも、英雄です」

 真顔のまま儀典は軽く会釈した。あれ、場を和ます冗談のつもりなのだろうか。

「じゃあさっきまでいた鎧は? 英雄さんが?」

「実に手ごわい敵だった」

 うそつけ。

「ともかく」

 儀典と燐に会話をさせていても埒が明かないので割って入る。

「なんであんたがここに? 今頃研究所の所長室でふんぞり返ってるんじゃなかった?」

「すべての真相を性急に得ようとするのは変わらぬ君の悪い癖だ。研究には根気と呑気が肝要だよ」

「それはいいから」

「警察から研究所に連絡が入った。動かせる戦力が既にこの学校に集結していたのは奇跡的な幸運だな。私は君がいた場合のことを考慮して来てみたのだが、案の定だった」

 動かせる戦力? 創のことか。

「あんたには聞きたいことが山ほどあるけど、今はいい。ひとまず燐を連れてここを離れる」

「それが賢明だ。しかし私はこの状況を治めるために残らねばならない。武器を渡しておこう」

 白衣からピストルと、折りたたまれた紙を取り出して渡してきた。

「詳しい使い方は紙に書かれている。強い武器ではないがどうやら黒い鎧程度なら何とかなるらしい。持っていけ」

「どうも。じゃあ行くよ、燐。………………燐?」

 燐の方を見る。何か心配そうに、校舎の方を見ていた。

「どうしたの? 忘れ物?」

「そうじゃないです。ただ、気になることがあって」

 そういえば、さっき何かに気づいた素振りをしていたな。その後、鎧の襲撃に遭ってうやむやになっていた。

「避難している他の生徒や先生の姿が見えない理由なんですけど、たぶん……」

「まだ気にしてる……。どうせもう避難したんだろうし行こう」

 儀典は燐の正面に回って、目線を合わせた。

「君は逃げた方がいいな。しかし我々の救助活動には必要な情報かもしれない。心当たりがあるなら何でも言ってくれ」

「…………体育館」

 ………………………………あ。

 しまった!! 馬鹿かわたしは!

「体育館ですよ! 先輩、英雄さん、きっと他の人たちは体育館に避難したんですって! だって避難訓練も、大抵すぐには学校を出ずにまず生徒を一か所に集めます。それに鎧はまず運動場で確認されました。不審者が侵入したときの避難方法に従うなら、まず体育館に集めるはずです!」

「ふむ、一理どころの話ではないらしい。その可能性は大いにある」

 するとどうなる? 運が良ければ分身とかいうあの鎧たちには気づかれていないか? 連中が上空からしか学校を見ていなければ。あるいは校内を歩いて探索されていても、学校は広いからまだ体育館まで鎧が到達していないという幸運もあり得る。

『聞こえるか! 木皿儀博士! おい!』

 儀典は懐から何やら小さい機械を取り出す。すぐに機械から声が聞こえてきた。振り返ると、既に燐は走り出していた。裏門とは逆方向。体育館に向かうつもりだ。

「待て! あんたが行ってもどうしようも……」

 燐はこちらの言うことなど聞かない。走り去る後ろ姿を追おうとして、儀典に呼び止められる。

「待ちたまえ唯。動きを確認しよう」

「なに?」

「走狗、こちらは聞こえている。どうした?」

 ノイズが入って、機械から再び音が聞こえる。

『黒い鎧がどんどん沸いてる! これじゃあ創の援護にも筒ヶ原ってやつの捜索にも行けねえよ! あんた今この辺にいるんだろ?』

「ああ。筒ヶ原唯はこちらで確保したから気にするな」

『そうか』

 走狗…………? もしかして創が言っていた柏木走狗という男だろうか。その人もどうやら鎧に足止めをされているらしい。

「君は黒い鎧の数をとにかく減らすのだ。それが逃げ遅れた人の救援にも繋がる。創の方はどうだ?」

『さっきから通信してるが連絡がない。黒い鎧の特徴が№34に似ているが、あいつのクラスはブロンズだったか?』

「あるいはシルバーに昇格しているかもしれないな。ならここまで分身を生成できないはずだ」

『了解。適当に分身の数を減らして創の援護に向かう』

「頼んだ。避難誘導はこちらでしておく」

 機械を仕舞った儀典は燐が消えた方向に向かって走り出す。体育館に向かうつもりだ。儀典は体育館の場所を知らないはずなのでわたしが先行して道案内をする。

「今のクラスってやつだけど、4年前の鎧獣にはなかったよね? あれは何?」

「今は詳しく説明しない。色が変われば強さも変わると理解しておけ」

「だったら言っておくけど、蟻の鎧は金色だった。まさか銅色より金色の方が弱いってことはないよね?」

「ふむ、まずいな」

 わたしたちは立ち止まる。

「君の推測の通り、金色は最上級だ。シルバークラスならあるいは足止めくらい可能かと思ったが……」

「創と一緒にいた鎧獣はブロンズだった。戦力差ってのはやっぱりそういうことか……」

「走狗の援護が間に合わないか……?」

「創の方に行ったら?」

「いや、黒い鎧はともかくゴールドクラスにピストルでは焼け石に水だな。彼らを信じて今は体育館に急ごう」

 再び走り出す。相変わらず黒い鎧が空を飛び回っているが、校内を歩き回っている鎧は見かけない。燐の姿は見えないが、この分だと鎧とは遭遇せずに体育館には向かえているかもしれない。

「燐!」

 体育館の出入り口に着くと、そこで燐はじっとしていた。扉を薄く開けて、中の様子を伺っている。声をかけると、人差し指を口に当ててから、体育館の中を指さす動作をした。

「ここに避難者はいるのかね?」

「はい。でも、様子が…………」

 燐を押しのけて体育館の中を見る。ぱっと見、二十名弱が確認できた。ほとんどが生徒で、教師と思われる人は三人だけ。体育館の中央に彼らは集まっていて、怯えるように縮こまっていた。

 その原因は鎧だ。黒の鎧が、ちょうどわたしたちに対してそうしたように、円陣を組んで人を逃がさないようにしている。その数は十体。

「一応無事みたいだけど、これは?」

「彼らはあくまでも分身だ。。本体が到着するまで、逃がさないようにしているというわけだ」

「えーっと、どういうことですか?」

 燐がきょとんとするがわたしと儀典はこれを無視した。

「鎧を排除するなら今のうちだろうな」

「かもね。ちょっと準備しよう」

 儀典から貰ったピストルを確認する。安全装置を外して、いつでも撃てるようにする。

「ちなみにそれは弾丸が入っていないぞ」

「え? じゃあどうするの?」

「弾倉を左手に押し当てたまえ」

 言われた通り、ピストルから弾倉を抜いて左手に押し当てる。弾倉についていた小さいライトが点灯する。これで充填できたらしい。

「じゃあこれも使える?」

 自分の銃を確認している儀典に、創が落としていった弾倉を見せた。

「いや、それは規格が違う。創がサラと一体化するために使った銃の弾倉だな?」

「あっそ。じゃあ行こうか」

「そうだな。燐君……と言ったな。君はここで待っていたまえ」

 立ち上がって、燐を扉の陰に隠してから扉を押し開く。二人で、銃を構えたまま体育館にゆっくり入っていった。

 黒い鎧たちはこちらを見る。ただ、先程のように突っ込んではこなかった。むしろ円陣こそ崩さなかったが、わずかに警戒して後退しようと足が動いていた。どうも儀典の言っていた、情報を共有している云々という推測はあながち外れでもないらしい。それに向こうは分身とはいえ、実力差を図る程度の知能もあるらしい。

「こちらには来ないな」

「案外このままなら、向こうから逃げてくかもね」

「そう願いたいな。本体がこちらの状況を察知する前に――」

 一体が動いてこちらに突っ込んできた。しかし一歩踏み出しただけで儀典の銃弾がその鎧を撃ち抜いた。それを合図に他の鎧が羽を広げて一斉に飛び上がる。こちらへ攻撃を仕掛けるのかと思いきや、体育館の窓を突き破って散り散りに逃げていく。その様子をわたしたちは、ぼうっと見ていた。

「…………逃げた」

「戦わずに済んだのはありがたい。しかしどうも、統制にも限度があるのかもしれないな。あるいは思考ルーチンにムラがあるのか? ただの分身にしては、やけに命を大事にするやつらだ」

「分析は後。大人の仕事してよ」

「ああ。そうだな」

 儀典は銃を収めて歩み寄る。教員の一人と接触して、状況の説明を始めた。燐は扉の陰から出てきて、こっちに近づいてきた。

「よかったですね、みんな無事で」

「わたしは別にどうでもよかったんだけどね。あんたが急に走り出したから」

 燐の方を見る。

「危険なのが分かってたのに、なんで飛び出すかな」

「一歩踏み出せばできることがあるのに、踏み出さないと後悔しますよ?」

 彼女は屈託なく笑った。ちょっとたじろいだ。なんとなく居心地が悪くて、避難ルートを確保するフリをして燐から離れて、安全そうな扉を探した。まだどこかにひっそり鎧が隠れているとも限らない。

「では、あれは鎧獣だと?」

「はい。現在、我々が可能な限り対応しています。一刻も早く避難を」

 教師と儀典の会話を尻目に、扉を開け放つ。一応、空を飛ぶ鎧を警戒してできるだけ屋内経由のルートで裏門を目指した方がいいだろう。

「儀典、こっちへ誘導を」

 その時、わたしがいた方とは反対側の扉が開け放たれた。いや、開け放たれたなどという穏当な開き方ではなかった。

 壁と扉ごと粉砕された。どよめいて、生徒たちがそちらを見る。

 そこには黄金色をした蟻の鎧が立っている。破壊の砂埃でよく見えないが、後ろには黒い鎧も何体かいるらしい。そして…………。

 黄金の鎧はこちらへ歩み寄る。見ると、赤褐色をした馬の鎧が黄金の鎧の足に組み付いていた。だが、まるで意に介さず黄金の鎧は歩いている。

 黄金の鎧はまず体育館の中央で固まっている生徒たち、それからその集団の奥にいるわたし、最後に集団から外れたところにいる燐を見る。そうしてから、馬の鎧の首根っこを摑まえると、天井に向かって放り投げた。ちょうど、生徒たちの固まっているところの真上にある天井へ。

「……………………っ!」

 息を呑んだ。体が硬直したように動かない。天井にたたきつけられた鎧は、そのまま下へ落下する。数瞬遅れて天井の梁や鉄骨が砕けて降り注ぐ。生徒たちは悲鳴を上げて、逃げようと体をよじるが、あまりに反応が遅すぎる。

 落下物が床を叩く音。何か、柔らかいものが潰れる音。そして一瞬で沸き上がった悲壮な騒ぎはまた一瞬で静まり返った。

 見ると、燐は集団から外れたところにいたため巻き込まれなかった。少し集団に距離をおいて話していた儀典と教師の一人は、すんでのところで被害を免れたらしい。馬の鎧――創は燐の傍に倒れていた。落下した際にバウンドして転がったのだろう。

「あ、あ…………」

 声がする。生徒の中の一人――それは男子生徒だった――がこちらに向かって手を伸ばして、わずかに瓦礫から這い出していた。助けを求めているらしかったが、わたしは動けなかった。助けようがないことを理解していたから。

 その男子生徒は上半身しかなかった。

「創、唯、動けるか! 状況を――」

「これ以上、誰も――」

「ジャマダ」

「何が…………」

「うう」

「痛い――」

「絶対に止める」

「どうした。何があった?」

「誰か来て! 足が…………」

「ああ、ああ!」

「サラ! 待って!」

「早く逃げて」

「唯! 動けるか? どうした?」

「………………オマエダ!」

 声にはっとする。金縛りが解けたように体が軽くなって、目で見ていたものが脳で処理されるようになった。

 儀典は黒い鎧に囲まれていた。鎧をピストルで次々と撃ち殺してはいるが、鎧は窓や扉から続々と入ってきてキリがない。

 創の方を見る。サラとの一体化は解けていて、こちらの方に転がっていた。サラは体育館の隅に倒れている。腹部が砕かれていて、上半身と下半身に分かれてしまっている。

 燐はいつの間にか、わたしの目の前にいた。さっきの、死んでいる男子生徒の手を握っていた。その前方に、天井から降り注いだ瓦礫とその下敷きになっている人たちを踏みにじって蟻の鎧が迫っていた。

「……………………燐」

 天井から、白い糸が無数に伸びて雨のように降り注ぐ。蟻の鎧は驚いたように後ろに飛びのく。糸は瓦礫をすべてくくり上げて、中空で纏めて一つの塊にしてしまう。

 わたしの左腕は、人のそれではなくなっていた。大穴が空いた天井から注ぐ太陽の光を反射して、白く輝いている。五本に分かれた指の一本一本が蜘蛛の足の形をしていて、その指から白い糸が無数に伸びている。糸は天井の梁を一度通って、それから瓦礫に続いていた。

 左腕で強く糸を引く。一塊の瓦礫は天井までするすると上っていき、そこで固定された。左腕から伸びる糸を切り離してから、燐に近づく。

「………………知り合い?」

 燐が手を握る男子生徒を指さして訪ねた。

「いえ、違います」

 こちらを振り返った彼女は、泣いていた。

「でも、死んでいい人じゃなかったはずです」

「………………そう、だね」

 左腕から再び蜘蛛の糸を伸ばす。今度の目標は創。彼の首根っこを糸で捕まえて引っ張る。糸を収縮させて創を手繰り寄せた。

「うぐっ…………」

 怪我をしているのか、掴まれた創は苦しそうに呻いていた。それは気にせず、左腕だけで彼を持ち上げると右手で腰に帯びていたベルトを回収した。そして創は放り出す。

「オマエハ…………ナンダ?」

 蟻の鎧が、初めて意味の通る言葉を口にする。

「なんでもいい。お前には関係のないことだ」

「ソレハ、オコッテイル、ノカ?」

 鎧は首をかしげる。こちらの思考を理解しようという姿勢は、その知性を感じさせない鎧の姿からはあまり想像できない態度だった。

「オレガ、アイツラヲ、キズツケタカラ?」

「だから、それは別にどうでもいいんだって」

 瓦礫に潰されていた生徒たちを避けながら前に出る。創から奪ったガンベルトを腰に巻いて、左側に帯びていた弾倉をすべて抜き去る。全部で二本。創が落としていったものを合わせて三本。すべてをひとまとめに、左腕に押し当てて充填する。

「もともと助ける気もなかったし。第一、知りもしないやつが何人死のうが知ったことじゃない。わたしはそこまでお人よしにはなれない」

 マガジンポーチに二本を戻す。ホルスターからピストルを引き抜いて弾倉を滑り落した。そして、残りの一本を差し込む。

「ダッタラ…………」

「燐を怖がらせたな? 燐を悲しませたな? 燐を泣かせたな? それは許さない。悔いてもらう」

 いや、本当に後悔するのはわたしの方かもしれない。今すぐ、燐を連れてここから逃げ出せばいい。それで一旦は問題は解決する。それでいいはずなのに、気づけばズンズン前に出ている。

 なにより、これから行うことがどういう結果を招くか分からない。4年前、あれほど後悔したのに同じことを繰り返そうとしている。

でも……。

「………………装填ローディング

 ピストルをホルスターに戻す。左腕に起きた変化が、全身に広がっていく。わたしの体の内側から白い粒子が噴き出して、全身を覆っていくのが分かる。

『SPIDER:LOADING』

 一拍遅れて機械音が発せられる。蟻の鎧はこちらに走り寄る。それをわたしは軽く蹴り飛ばす。鎧は吹っ飛んで、自分が開けた穴から体育館の外に飛び出した。

 儀典を襲っていた黒い鎧が一斉にこちらに矛先を変えて襲ってくる。右手から糸を出して、天井に括り付けていた瓦礫の塊を掴む。糸を収縮させて塊を手繰り寄せて、それを両手で掴んで上から下に振り下ろす。次は右から左へ薙ぐ。それだけで大半の鎧は蹴散らせた。残った鎧は窓から飛び出していった。視界の端に、先程蹴っ飛ばした蟻の鎧が戻ってきたのが映る。壁の大穴をくぐったところで、持っていた塊を投げつけて再び退場願った。

「………………せん、ぱい?」

 燐の声がした。

 姿 

「一、後で話す。二、後で話す。三、それも全部、後で話す」

「本当に唯なのか?」

 儀典が声をかける。

「意識はあるのか? 君の意思でそれは操れているのか?」

「一応今は操れてる。4。分析は後」

 右手から糸を出して、天井の無事な梁を掴む。その糸を収縮させてその勢いで飛び上がる。天井の大穴を飛び越えて、体育館の屋根に飛び移った。

 学校の上空を、さっき逃げた黒い鎧が飛び回っている。その数十体ほど。鎧は空を縦横無尽に飛び回っていて、糸で一体一体縛り上げるのが面倒そうだった。

 わたしはピストルを抜いて構えたが、上手く当たりそうにない。銃の威力は儀典が使った物より高いはずだが、威力は問題ではない。

「ぶっ放してみるか」

 ピストルから弾倉を抜いて、ポーチから別の弾倉を装填する。

『SPIDER:RELOADING』

 使い方は合っていたらしい。再び体中から粒子が湧き出して、それが全身を駆けまわる。背中から八本の蜘蛛の足が飛び出してくる。そういえば4年前もそういうことできたなと思い出す。あの時はもっぱら壁に張り付く時の補助に使っていたが、

 ホルスターにピストルを差し込んで、そのまま引き金を引いた。

『FIRE』

「うわっと!」

 八本の足からそれぞれ、糸のように一直線にレーザーが飛んだ。あまりのことに一瞬体がぐらついたが、すぐに踏ん張って体勢を整え、八本のレーザーの行方を目で追った。意識を集中する。今は眼も八つあるからそう難しいことじゃない。レーザーの照準を操作して、空を飛ぶ鎧を撃ち落としていく。レーザーが当たるたび、派手な光の爆発とともに残骸となった鎧の残骸が燃えて落ちていく。十体を落とすのに十秒もいらなかった。

「…………びっくりした」

 運動場の方へ目を向ける。黄金の鎧はそこでこっちを見ていた。ただ、レーザーの発射された位置を見ているというふうで、こちらの姿を正確にとらえているわけではなさそうだった。わたしから出向く必要がありそうだ。

 体育館の屋根が壊れない程度に加減して跳びあがった、校舎よりも高く跳んで、運動場に着地した。

「この姿でいるのも気分が悪い。終わりにしよう」

「…………オモイダシタ、オマエ!」

 蟻の鎧が殴り掛かってくる。右手で反射的に防ぐ。さすがに蟻だけあって膂力が強く、体勢は崩さなかったがビリビリと痺れるように右手が痛んだ。左腕で鎧の顔面を殴り、怯んだ隙に背中から伸ばした蜘蛛の腕で突き刺して拘束する。

「オマエ…………! モドッテキタノカ」

「もう黙れ。何も言うな」

 ピストルを抜いて、再び新しい弾倉を装填する。

『SPIDER:RELOADING』

『FIRE』

 全身を巡る力の奔流を、意識を集中させて左手に凝縮させる。そのまま左手を蟻の鎧の胸部に突き刺した。今まで鎧を攻撃した時には聞かなかった、ガチャンとガラスが砕ける様な音がして、蟻の鎧は動かなくなった。

 蹴り飛ばして、蟻の鎧はその辺に転がした。胸部に大穴が空いて、生気はまるで感じられない。鎧に生気というのも変だが、とにかく命の残滓すらもうその鎧からは感じられなくなっていた。ピストルを抜いて、安全装置のレバーを倒してロックするとわたしの鎧は白い粒子になって空気中に掻き消えた。左腕も、元の普通の人間のものへ戻っている。

「………………つかれた」

 体が重力に負けて、倒れる。力が入らなかった。瞼が、重い。

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