3-1
その悲鳴が聞こえたのは、ベースで過ごすのにもそろそろ飽きていたときだった。
「子どもが暴走して止められなくなってしまった」とベースに駆け込んできた獣人が、迫力のある顔を更に緊迫させて告げた。「案内しろ」と短く言い放ったサカモトもまた、それまで見せなかった険しい顔をしていた。
案内された先は大きめの湖の真ん中にヤシの木に似た樹が一本立っている場所だった。その樹の上では子どもの獣人が興奮気味に辺りを警戒し、その湖の周りをたくさんの獣人達が囲んでいた。
「悪ぃ、サカモト。迷惑をかける」
駆け付けたサカモトに険しい顔のスワントが声をかけた。辺りを見渡せば、スワント同様、他の獣人達も緊迫した、または心配、いや恐怖を含んだ表情をしている。
っち、マジかよ。
小さくサカモトが舌打ちする。
「え、これどういうことですか。何で誰も助けに行かないんですか。私には子どもが樹の上から降りられなくなって怯えてるようにしか見えないんですけど」
状況を飲み込めない玲央奈にサカモトは子どもから目を放さないまま説明する。
「人間にも思春期ってやつがあるだろ。コレはそいつだ。ただ、獣人の思春期ってやつは厄介でな、理性が利かねぇのよ。パワーやらスピードやら、身体能力が一時的に異常に上がりやがる」
「だがそれは、力をある程度発散させてやれば簡単に落ち着く通過儀礼のようなものだ。本来、俺達大人が適当に相手をすれば済む話なんだが……」
言い淀んだスワントの代わりに「だが今回は立地が悪い」とサカモトがぎりっと奥歯を噛み締める。
「どういうことですか」
「あのガキは恐らく脚力の異常上昇でたまたまあそこまで飛んじまったんだろう。だが基本、獣人は大量の水が弱点なんだよ。あのガキも暴走してても本能でそれがわかってる。いや、暴走してる分、分かり過ぎてる。飲料や顔洗ったり程度の水なら問題ないが、泳げるほどの水には弱ぇし、通常の獣人の脚力じゃあそこまで跳んで行けねぇ。だから、他の奴らも助けに行けねぇんだ」
「あぁ、だから俺達はこうしてアイツをここから見ていることしかできねぇ」
歯痒そうにスワントが歯ぎしりをする。
そんな……。縋るようにサカモトを見つめれば、
「このまま暴走させ続けたらアイツは自滅してだめになっちまうか、誰も手の付けられねぇ化け物になっちまう」
そして険しい顔のまま「だから、俺みたいなのがいる」とサカモトが呟いた。
「どういう、意味ですか」
何か引っかかるものを感じて、窺うように玲央奈は問う。
「異世界は未知の領域だ。だから戦闘要員は不可欠なんだ。そう、多少人道外れてても、人知を超えた力を持つ奴がな。……これはモライとも契約済みの内容だ」
「ちょ、ちょっと待ってください。それってまるで―――」
あの子どもを殺してもいいといっているみたいじゃないか。
湖の畔を見渡せば、泣き崩れている獣人がいる。きっと、あの子の母親なのだろう。
―――そうだ、そう簡単に無くしていい命なんてあるわけないんだ。
平凡な自分に何ができるだろうか。何かあるはずだ、何かできるはずだ。頭を働かせろ。誰も悲しまない方法があるはずなんだ。あぁ、くそっ。
回らない頭のまま、玲央奈はいつでも戦闘態勢万端のサカモトの腕をぐっと掴んだ。
「あの、サカモトさん……この湖って深さどのくらいですか?」
「は?」
面食らったようなバカっぽいサカモトの顔がそこにはあった。
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