第55話 ナタナエル その3



「おい、ヨハネの事聞いたか!?」


 食堂へと入った彼を待っていたのは、ヨハネの死のニュースにより騒ぎ立った友人達だった。


「ああ。さっき話してきた」

「話?・・・・・もしかして、フィリポとか?」


 目に見えて友人が嫌そうな顔をする。試験に落ち続けている彼の級に同年代のものは残っていない。

 彼らも、入学時にはフィリポの成績に遠く及ばなかったというのに、上の級になると次第に見下すようになっていっていた。


「まぁな」

「よくもまあナタナエルもフィリポに構うよな」

「パートナーだからって、面倒見よすぎ」

「そうか?」


 先程フィリポにも言われた言葉に、やはり複雑な気持ちになる。フィリポに構うのが純粋な優しさだけからだと言い切れないのだ。


「そうそう。どうせ上の人たちだって内心追い出したいんだろ、アイツのこと」

「罪人なんだから、さっさとここをでていけばいいのに」

「あんなんが祭司になれるわけないだろって」


 はは、と旧友達が笑う。心が苦しくなった。


「・・・・・・・・もしかしたら、今は神から試練を下されている時なのかもしれない」


 ナタナエルはフィリポをかばう言葉を口にする。


「そう言ってもう何年だよ。これから先だって治るもんか」

「それに比べたら、ナタナエルはすげぇよなぁ」

「・・・・そうかい?」


 級友達はフィリポに向けたものとは違い、心の底からの尊敬の視線でナタナエルを見る。


「俺らの代でこんだけ早く昇級してるのはナタぐらいだろ。いや、俺らの代だけじゃなくて、上の代にもそんな奴いねぇ」

「次期祭司長は絶対ナタだろうな!」


 二人の賛辞に、けれど喜ぶ気にはなれなかった。昔は素直に嬉しかったのに。

 ヨハネがいない。フィリポも参加できない。

 そんなレースで勝って、それでどうだって言うんだ。


「あー、俺も勉強しなきゃなー」

「次落ちると俺もヤバいかもしれねぇしな」

「・・・・・・・・俺、ちょっと用事あるから」


 踵を返し外へ出る。胸にもやもやとした黒い感情が育っていく。それは嫌悪のようでいて、怒りでもあり、同時に恐れだった。





 神は完全無欠であり、その神に仕える俺達祭司も完全無欠でなければならない。それなのに、足が使えないフィリポがまだ学院に居る。昔はそれに対して不満を言う同級生達に対して、ナタナエルはその場は同調しておいた。

 心の中に違和感を抱きながら。フィリポに対しての不満を否定するということは、すなわち祭司の教えにも否定するということになるからだ。

 だから、まだヨハネがいた最後の年、エルサレムへ旅した時に、体中傷だらけになったフィリポを見た瞬間、ナタナエルはその“違和感”に気がついて吐きそうになったのだった。





「とりあえず、今日はフィリポが寝付くまで外にいようか」


 無事にフィリポを保護する事ができ、ナタナエルとヨハネは彼のいる部屋を後にした。扉を閉めた途端に、ヨハネはフィリポに向けていた笑顔を引っ込め、不機嫌そうな顔をして歩き出す。


「どこに行くんだよ」

「・・・・・・・・・・別に。ちょっと一人にしてくれるかい?」


 すたすたと歩いていくヨハネの背中に呼びかける。ヨハネは立ち止まりもせずにそのまま進むものだからナタナエルは小走りでついていった。


「自己嫌悪で死にそうなんだ。・・・・・・・・・一番辛いのはフィリポなのに、俺は彼に手を上げてしまった」


 やっとヨハネは立ち止まり悲しそうに自分の手のひらを見る。

 ヨハネがフィリポに平手打ちした時の乾いた音が耳に蘇った。


「・・・・・・・・・俺はなんて、馬鹿なんだろう」


 唸るヨハネは今までに見たことがないほどに落ち込んでいた。


「・・・怒りたくなる気持ちはわかるさ。・・・俺だって、フィリポに別のパートナーが、って言われて嫌だったし・・・・」


 普段ヨハネのことを敵視していても、こうも落ち込まれると勝手が悪い。ナタナエルは視線をそらしながら言葉を紡いだが、彼の言葉はヨハネのため息によって中断された。


「・・・・・・・そういう事じゃない。・・・・ああ、やっぱり、どこかで帳尻合わせが起こっているんだなぁ」

「・・・・・・・・・・は?」

「どれだけ運命に抗おうとしても、見えない無数の糸がそれを拒むんだ。結局、全てが無駄なのかな」


 目の前にはナタナエルが居るはずなのにヨハネはまるでヨハネ自身に語りかけているかのように続けた。


「一体何を言ってるんだよ!? さっきから」

「・・・・・・・・・・・・」


 異常なヨハネの様子にナタナエルは声を荒げる。ヨハネは黙って、フィリポのいる部屋の扉を見た。


「・・・・・・・・場所を移さないかい?」

「・・・・・・・あ、ああ」


 言ってヨハネは踵を返し、宿を出る。出来るだけ人のいない裏路地に入ると、道端の石に腰掛けた。

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