第45話 フィリポ その4
エルサレムでは病にかかった人間や手足が動かない人間は隔離される。追放されることはないが、聖都であるこの地ではやはり“神様の罰を受けている”病人や怪我人は煙たいのだろう。そうした集落は、偶然にも宿のすぐ傍だった。窓から見えるその光景に、フィリポはいてもたってもいられなくなってそこへ向かう。
フィリポが僧院にいられるのは、かばった対象が祭司長だったからであり、そうでなければきっと追い出されていたのだとフィリポは考えている。だから、同じような目にあった人たちがここでどうやって生活をしているかが気になったのだった。集落を取り囲む空気は淀んでいて、ここが本当に聖地なのかと一瞬疑ってしまった。
松葉杖を器用に動かしながら集落を回る。町中にいると奇妙な存在であるフィリポはここでも祭司見習いの服を着ている為に浮いていた。歩いていると背後から声がかかる。
「あれ? フィリポじゃないか」
聞き覚えのある声に振り返る。
「ヨハネ。どうしてここに?」
てっきり彼もナタナエル達と同じように遊びに行ったかと思っていた。ヨハネと同様にフィリポも不思議そうな顔をする。
「うん・・・・、俺はここにいる人が気になって」
「誰か知り合いでもいるの?」
「そうじゃない。ただ、ここにいる人たちは洗礼も受けられないというじゃないか」
どこか憤ったような声でヨハネは言う。フィリポは頷いた。
「・・・・うん。病人は神殿にも入れないからね」
「その上、一般の人達からは差別されて白い目で見られ続ける。じゃあ、この人たちはどうすれば救われるんだろうって、そう考えていた」
「・・・・・・・・・・え」
ヨハネの言葉にフィリポは今度こそ目を丸くする。周囲の人々を眺めていたヨハネはフィリポの反応に眉をひそめた。
「・・・・なんだい?」
「なんでそう考えているの」
「なんで、とは?」
首を傾げるヨハネにフィリポは続ける。
「そのまんまだよ。だって、ここにいる人たちは皆、“罪人”じゃないか」
「・・・・・・・・・」
ヨハネは目を見張って、けれど何も言わず続くフィリポの言葉を待った。
「病も怪我も、神様への信仰が足りないから罰を受けているんだろう。それなのに・・・・、ヨハネはどうしてそんなに優しいの?」
ヨハネは黙ってフィリポを見つめる。
彼の視線が息苦しくてフィリポは俯いた。ヨハネの静かな声が降ってくる。
「・・・・フィリポは、自分で信仰が足りないと思っているのかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
答えられなくて無言を貫いた。実際に足が使えなくなってしばらくの間、フィリポは心の奥底で神様を恨んだ。今だって、たまに不信感が頭をもたげる。
なんで俺なんですか? 理不尽だと、そう、罵りたくなる。そんな心根だから、罰を受けたのだ。そう、納得していた。
「・・・・・・・フィリポ、俺は君に信仰心が足りてないなんて、思わないよ」
フィリポの心を読んだかのようなヨハネの優しい言葉が耳に届く。
「・・・なんで? ・・・だって、俺は、げんにこうして罰をうけている」
「うん・・・・・。だから、俺はそんな神に対して疑問を抱いているんだ。こんな俺だから、いつ俺にだって病が来てもおかしくない」
「・・・・・・・・・・・・」
ぱちぱちと目を瞬かせる。いわゆる模範的な生徒である彼が神を疑うなど、フィリポにとっては考えることすら出来ないことだった。ヨハネは苦笑した。
「・・・・・帰ろう。もうそろそろ、夕食の時間だ」
言うと彼はフィリポの隣に並ぶ。先ほどの言葉を詳しく聞きたい気持ちになったのだが、それでも何も聞き返せないままヨハネについて帰った。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ヨハネと共に帰り着いたフィリポを見て、ナタナエルは盛大に眉をしかめた。
「どうして二人で帰ってきてんだ?」
「たまたま外で会ったんだ」
フィリポが答えるとナタナエルは疑わしげにヨハネを見た。
「どこに行ってたんだ?」
「えっと・・・・・・」
なんとなく、行き先を彼に知られる事に抵抗を覚えてフィリポが黙ると、ナタナエルはますます不快そうな顔をした。
「・・・・・・・なんだよ? 言えないような所か?」
ナタナエルの言葉が鋭くなる。フィリポはますます縮こまった。とっさに使えない方の足を隠すように後ろに下がる。
「・・・・・・・・そういう、わけじゃないけど」
「ちょっと、買い物だよ。ね、フィリポ」
先ほどの真面目な顔はどこへ行ったのやら、ヨハネは、はは、と気の抜けた笑みを浮かべた。そんなヨハネにもナタナエルは厳しい視線をよこす。
「ああ、うん」
「・・・・・・・・・・そう」
ヨハネに同意すると、ナタナエルは益々眉根にシワを作る。振り返ると彼はさっさと食堂へ行ってしまった。
「・・・・・・・・・怒ったのかな」
「だろうねぇ」
不思議そうなフィリポの言葉にヨハネは軽い調子で返した。
「なんでだろう?」
「そりゃあ、フィリポが彼抜きで外に出たから」
「・・・・・・・どうしてそれで怒るんだろう」
心底不思議そうな声にヨハネはフィリポの顔を覗き込んだ。
「フィリポと一緒に観光をしたかったんだろう」
「そんなまさか」
「どうして?」
まっすぐなヨハネの視線に益々居心地が悪くなる。言わせないでほしかった。
「・・・・・・・俺といたら、変な目で見られる」
「・・・・・・・・・」
ヨハネの顔が凍る。
再び彼は真顔になってフィリポを見つめた。
「それに、俺はナタナエルにもヨハネにも迷惑をかけてばっかりだ。特にナタは、パートナーだから余計大変だと思う。やっと俺のおもりから開放されるのに・・・」
「・・・・・・・俺はお節介だから、迷惑だとは思わないよ。ナタナエルもそうなんじゃないのかな」
「・・・・・・・・そうなのかな」
まだ納得のいっていないようなフィリポにヨハネは苦笑する。
「多分ね。・・・・・・・・・まぁ、あとは他ならぬ俺と一緒だったっていうのも嫌なんだろうけれど」
「・・・・・・・・ああ、なるほど」
やっとフィリポは納得したとでも言いたげに頷いた。確かに彼はフィリポとヨハネが二人で居るのを見るとあまりいい顔をしない。というよりも、ヨハネを見るといい顔をしないというのが正しいか。
「どうして俺、あんなに嫌われてるんだろうなぁ」
おどけてヨハネは肩をすくめる。
そうは言うけどヨハネは気にしても居ないんだろうな、とフィリポは思った。
「嫌ってはないと思う。ただ単に、素直になれないだけだと思うよ」
「そうだったらいいんだけど」
お互いに苦笑して夕食へ向かう。行った先ではすでにナタナエルの周囲は人で埋まっていた。フィリポと居ないときの彼は人気があるのだ。フィリポはそのままヨハネと一緒に食事を取り終わり、部屋へ帰るため別れる。
すぐに部屋に戻ろうとしたのだったが、財布を食堂に忘れたことに気がつき、一旦食堂に戻った。
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