第44話 フィリポ その3

背中にいると二人の体力が落ちてくる事に嫌でも気がつく。呼吸が早まり、汗もかいてきている。啖呵を切ったくせに、とフィリポは自分が不甲斐なかった。


「・・・・・・・・ごめんね、ナタナエル」


 何度言ったかわからない謝罪を口にする。再びの休みの合間にフィリポを下ろした彼は肩で息をしていた。


「まだまだ、こんなん全然きつくもなんともねぇよ」


言葉とは裏腹に、彼の分の飲み水はすぐになくなってしまっていた。フィリポは自分の分を彼に渡すと、松葉杖を手に取る。


「ここからは自分で歩けるよ」


 彼はほっとしたような顔をした。素直な彼の表情に無力感を覚える。

 迷惑をかけている事を痛感し、フィリポは自分で歩けるところは歩こうと無理をしていたら今度は動くほうの足が痛んできて、最終的にはずっとどちらかの背に負ぶわれていた。

 こうして、フィリポはエルサレムに着く頃には自己嫌悪でいっぱいになってしまっていた。






 出発して1週間。

 やっと到着したエルサレムは人でごった返していた。無理して松葉杖で歩くフィリポに人々は奇異の視線を向ける。

 それはそうだろう。通常病の人や足が動かない人はエルサレムの中でも隔離されている。普通の人々からしたら、“罪人”と共に生活するのは嫌なのだろう。なのに、杖を付いたフィリポが祭司見習いの衣服を来て学院のものと一緒に歩いている姿はそれだけで人目を惹く。

 彼の隣を歩いているナタナエルやヨハネに対してもそうした好奇の目が向けられる。楽しそうに罪人と会話をする祭司見習いを見るのは初めてなのだろうか。

 彼らの視線を感じるたびに居た堪れない気持ちがして、フィリポはますます俯いてしまうのだった。


「ここが神殿かぁ・・・。随分と久しぶりだなぁ」

「約3年ぶりくらいかな?」

「うん・・・。でも、昔来た時の記憶があいまいだから」


 フィリポがつぶやくとナタナエルが自分の胸を叩く。


「よし、じゃあ俺が神殿での作法を復習させてやろう!」


 人々でごった返し先がよく見えないながらも目立つ一角を指差してナタナエルは続ける。


「まず、生贄を買う。俺たちは鳩でいいが、そのうち牛を買うことになるだろうな」


 鳩が複数吊るされた一角には人がごった返しており、生贄を贖う客が群れをなしている。

 生贄はその人の階級に寄って分けられる。まだまだ階級の低いフィリポ達は鳩で済むが、出世して財力が伴うに従い生贄の規模も大きくなる。


「この血で私たちの日頃の積もった罪を浄化するんだ」

「まぁ、表向きはそうなっているよな」


 ヨハネの言葉にナタナエルが頷く。


「表向きは?」


 首を傾げるフィリポにナタナエルが答えた。


「ようは、献金だよ。鳩を買ったお金が司祭の元へいって、その鳩はまた売り買いされるってことさ」

「・・・・・・・そうなんだ」


 周囲で生贄を売る人々を見る。小さい頃には知らなかった金の流れに不思議な感じがした。ヨハネは苦笑して、三人分の鳩を買ってきた。


「さぁ、洗礼を受けに行こう」


 連れて来られた祭壇で、司祭は俺の姿を見ると目を細める。脚のことを聞き、それからすぐに洗礼を済ませた。それはとても簡素なもので、本当にこれで罪が払われたのかと心配になったのだったが、まさか神殿でそのようなことを言うわけにもいかない。実を言うとフィリポは洗礼を受ければ足が治るかもしれないなどという甘い期待を抱いていた。釈然としない気持ちを抱いたまま外へ出る。


「よかったな、洗礼が受けられて」

「うん・・・・」


 ナタナエルの満面の笑顔にフィリポも作り物の笑顔を返す。


「さぁって、軽く観光でもしていかないか?」


 喜々とした表情でナタナエルはパートナーの肩を叩いた。先ほどあんなに好奇の目で見られたのに、そのことを一切気にしていないような彼の笑顔に頭のなかで疑問符が舞った。


「・・・・俺は、宿で休んでいる」


 答えるとナタナエルも心底不思議そうな顔をする。


「そっか? せっかく来たんだから、少しくらい街を観光したらいいのに」

「いいよ・・・。これ以上俺が傍にいるとナタナエルまであの目で見られちゃうよ」


 ここに到着するまでの町人の視線を思い出す。ナタナエルはますます首を傾げた。どういうことかと問い返す彼は、本当に何のことかわかっていない様子だった。彼は学院の中でもその容姿と自信に溢れた行動、家柄からよく人目を引いている。他人の視線など気にならないのだろう。


「・・・・ごめん、なんでもない」


 一歩後ろに下がりながらフィリポは頭を振った。


「・・・・・そうか」


 憮然とした表情で彼が返す。


「ゆっくりしてきて。疲れたから、俺は先に帰ってる」

「・・・そっか」


 残念そうな顔をして言うがナタナエルはそれ以上は追求する気はないらしく他の仲間に声をかけていた。ちらちらとこちらを見ながらも歩いて行く彼を意外な気持ちで見やる。数時間とはいえ、やっと自分のおもりから解放される彼はもっと嬉しそうにするとフィリポは思っていた。

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