第43話 フィリポ その2

 朝食を食べ終えるとフィリポはすぐに旅道具を用意した。袋に入れた衣服などを背中に背負うと、ナタナエルとともに外に出る。集合場所には既に巡礼に行く人達が集まっていた。フィリポも一緒に行く様子だということを見たこの旅のリーダーが目に見えて眉をひそめた。


「まさかお前も行くというのか? フィリポ」

「ええ。これで何とか一人で歩けます」


 松葉杖を見せ、数歩歩いて見たが相変わらずリーダーの顔は懐疑的なままだった。


「は・・・・・・・? 本当に歩けるのか?」


 フィリポは言外にやめておけという言葉を感じる。当たり前だろう。彼らはフィリポに洗礼を受けさせたくないのではなく、外に出したくないのだから。

 しかし、そうとは気づかないふりをして懇願する。


「じゃまだと思ったら、その場に置いていっていただいて構いません」

「だがなぁ・・・。正直、足の萎えた者と一緒にエルサレムへと入るのは・・・」


 やっぱりなぁ、と内心落胆した。周囲からも迷惑そうな視線が突き刺さる。

 リーダーが更に何かを言おうとした時だった。


「いいじゃないですか、彼が一緒に行っても」


 ヨハネが一歩前に出てフィリポを庇う。


「ヨハネ・・・・。お前はまた・・・。・・・・・・道は遠いし険しいんだぞ? 川だって渡らなければならない。それなのに、そんな棒っ切れでついてこれるとは・・・」

「その時は俺が背負いますよ」


 強い口調でヨハネが返した。


「っな、フィリポは俺のパートナーだから、俺が背負う!」


 ヨハネにつられたのかナタナエルも前に出た。


「でしたら、俺とナタナエルの二人で何かあった時に彼を助けます。幸いなことに俺のパートナーは足が使えるので」

「・・・・・・・・・・」


 ヨハネの言葉にリーダーは二人に対して面倒くさそうに見た後、ため息を付いた。


「・・・・お前たち二人がそう言うんなら、仕方ないな」

「ありがとうございます」


 言うと隊列をなして歩き出す。ヨハネもナタナエルも成績がいい。この学園の主席と次席だ。

 他の生徒も彼の後ろをついて足を進めだした。ナタナエルとヨハネも続く。


「・・・俺ひとりじゃダメなのかよ」


 しばらく歩を進めていると、ナタナエルは憮然とした表情で言う。

 先程、リーダーが二人がと言ったのを気にしているのだろう。


「俺としては出来るだけ自分で頑張りたいけど・・・。やっぱり、君たちが居てくれると心強いよ。・・・・特に、ナタナエルはパートナーだから」

「・・・そっか、そうだよな!」


 嬉しそうな彼から視線を移し、フィリポ達よりも前を歩くヨハネに見る。少し前で隣の人と仲良く雑談している彼は、接するもの全てに優しく多くの人に好かれていた。フィリポの松葉杖もそうだが、困っている人がいるとその人の力になろうと何やら便利な道具を開発し持ってくる。


「・・・・・・・・・ヨハネは優しい。皆に優しい。・・・・・・でも、俺にはその優しさが時に不気味に映る」

「は? ・・・・・・、お前、あいつのこと嫌いなのか?」


 ナタナエルは目を丸くしてフィリポを覗き見た。ナタナエルに視線を移し首を横に振る。


「嫌いじゃないよ」

「そうなのか?」

「うん。むしろ大好き」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 不満そうな顔をする。ナタナエルの前でヨハネのことを褒めるといつもこうだった。苦笑を漏らす。


「この足も、皆が俺のことを白い目で見るのに、“罪人”として扱うのに、ヨハネは俺が自立できるように考えてくれた。だからヨハネは好き。でも、たまに、ヨハネの底が見えなくて怖い」

「・・・・・・そうか?」


 腑に落ちないような顔でナタナエルはヨハネに視線を移した。


「うん。なんて言うのかな、まるで見えない何かに操られているようにも見える。俺達には想像もつかない何かが、見えているのかもしれない」


 それはここ最近のフィリポの感想だった。それまで目立つ人間ではなかった彼が急に頭角を表し始め、他人の力になったり、今後起こるであろう困りそうな事をまるで予知していたかのように言い当て解決策を講じる。それが周囲の人間には頭がいいように見えるのだろうが、フィリポにはたまに不気味に思えた。

 普通の人間なら、それで調子に乗り偉そうな態度になるであろうに、彼は自分のそうした叡智に対してどこか他人事に捉えているようだった。


「なんだそりゃ?」

「・・・・うーん・・・、俺もよく分からないなぁ・・・。なんて言えばいいんだろう」

「ヨハネには神秘的な力でもあるってことか?」


 納得のいっていないような顔をしてナタナエルは唇を尖らせた。


「そうなのかもしれない。聞いてみる?」

「誰がそんなこと聞くもんか! どうせそんなのフィリポの思い違いだろう」


 ふい、とナタナエルは顔を背ける。拗ねたようだ。


「・・・・・・・・・・そっか」


 これ以上は何も言わないでいよう。ヨハネのことを一方的に敵視している彼の前で褒めないほうがよかったかな。そう思ったフィリポはうつむいて歩くのに集中しようとする。そんな彼に言葉が降ってきた。


「・・・・・・・・フィリポは、やっぱりヨハネのほうがすごいと思うのか?」


 不安そうな声だった。

 前に聞いたことがある。彼には数人兄が居て、皆主席で学院を卒業したという。彼にとってはプレッシャーだろう。

 何と答えていいかわからなくてフィリポは先程の言葉を反復した。


「すごいと思うけど、やっぱり怖いとも思う」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 ふい、と横を向いて、それでも俺から離れずに歩く。律儀な人だ、と申し訳なく思った。


 最初は興奮してスイスイ歩けていたというのに、松葉杖で歩くことがだんだん辛くなってきた。疲れて息が切れるのだが、まだ1時間も歩いていない。ナタナエルが心配そうな顔をしてフィリポを見つめた。


「フィリポ、大丈夫か?」

「うん・・・、ちょっと疲れただけ」

「少し休むか?」


 両手が塞がっているフィリポの汗をナタナエルは持っていた布で拭う。


「ううん、まだまだ歩けるよ」

「そうか・・・? 歩けなくなったらすぐに言えよ?」

「・・・うん、ごめん」


 心配そうな彼に笑顔を返し、すいすい歩いていく行列に遅れないように必死になって杖を動かす。けれどやはり慣れない行軍に次第についていけなくなっていた時だった。


「リーダー、そろそろ休みませんか?」


 ヨハネの声が行軍の中で響く。怪訝な顔をしてリーダーは振り返った。


「は? もうか?」

「ええ。最初のうちから飛ばしてたんじゃ皆もたないし。俺も休みたいんですが」

「・・・・・・・・ふむ」


 リーダーはちらりとフィリポを見てため息を付いた。


「仕方ないか・・・。まったく、これだから罪人が一緒に来るのは嫌だったんだ。おい、フィリポ。今ならまだ引き返せるぞ」


 団体の中でもフィリポの苦しそうな顔は目立つ。息を切らしていない中で一人だけ苦しそうに体全部を使って呼吸をしているのだ。


「・・・・・・・・すみません」

「・・・・別にフィリポは関係ないですよ」


 フィリポが俯くとヨハネが尖った声を出す。

 あしらうようにリーダーは手を振ると全員に声をかけた。


「あーいい、いい。よし、とりあえず一時休むぞ」


 彼の言葉に皆俺をちらりと見て、どこか物足りなさそうに場に座る。申し訳ない気持ちがして俯いた。


「・・・悪かったな」


 ヨハネはフィリポの側に近寄り腰を下ろした。


「ううん。 行きたいとずっと思っていたんだし。ヨハネには感謝しているんだよ?」

「辛いようだったら言ってくれよ?」


 ヨハネは彼の動かない方の足に手をかけ優しく撫でる。不思議と力が出てきたような気がした。


「ありがとう」


 微笑むと、ナタナエルがフィリポとヨハネの間に割って入る。


「そうだ! なんたってフィリポには俺がついているんだからな!」

「うん・・・。ナタナエルもありがとう」


 相変わらずの笑顔で返すが、彼はフィリポに振り返り、憮然とした表情をした。


「そう言ってなかなかフィリポは頼らないんだよなぁ」

「出来れば自分で何とかしたいと思っているから・・・」


 俯く。フィリポの頭頂部に二人の視線が突き刺さった。


「それは分かるんだけどさー」

「まぁまぁ。でも、フィリポも出来るだけ俺達を頼ってくれたら嬉しいな」


 更に何かを続けようとするナタナエルをヨハネが制する。


「・・・・うん」


曖昧な笑顔で頷く。

休憩があけ再び歩き出す。一人で歩きたい、確かにそうは思うものの、現実にはフィリポの体力は持たず結局彼らの背を借りることとなってしまった。

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