第41話 「ペテロ」 その10





「なぁ、俺もアンタに付いていっていいか?」

「え?」


 あれから、一人、また一人と信者がぽつぽつと居なくなり、その場にはイオアンとイアコフ、それからバルヨナ達兄弟が残るのみになっていた。

 バルヨナはイエスに問いかける。


「ヨハネ様が予言したって言うのもあるけど、それ以上にアンタに興味が湧いたんだ」

「え・・・、うん・・・」

「俺もだ!」

「えっと・・・、他の人がいいって言えば」


 アンデレの言葉にイエスは背後の五人を振り向いた。


「大丈夫です!」

「付いてくるです!」


 けれど言葉は違うところから振ってきた。

 ヤコブはうんざりした顔をしてイオアンとイアコフを見る。


「・・・・・・・・・・・・・・なんでお前らが言うんだ?」

「僕達がリーダーになるです」

「今度こそ上手くやってみせるです」

「・・・・・・・・・・・・・」


 こいつら、反省なんかしてないんじゃないだろうか。一同の白い視線に気がついていないのか、二人は当然と言わないばかりに答えた。


「・・・・・・・リーダーって・・・」

「イエス様の教団のナンバー1です!」

「僕達が引っ張っていくです!」


 首を傾げるイエスにさらに兄弟は続けた。


「なっ!? それならユダだろ? 一番最初に探し始めたんだし」


 二人の言葉にヤコブが反対する。いきなり名前が出されたユダは面食らった顔をしてヤコブを見返した。


「え!? ・・・いや、私は・・・・」


 何故自分が。そう感じているのがありありと分かる声だった。実際に彼はリーダー向きの人間でないように感じていたのは何もアンデレだけではなかったようでしばらく奇妙な沈黙が続いた。多分ヤコブも新参者に取られるのが嫌でユダの名前を出しただけでそこまで本気で捉えてはいないだろう。


「・・・・なら、バルヨナはどうだ?」


 代替案は意外なところから出た。

 発言したマタイはニッコリと笑って周囲の視線を集めている。


「はぁ!?」

「な! なんでバルヨナですか!」

「見た感じ、一番ふさわしそうに思ったからさ」

「バルヨナに人がついていくとは到底思えねぇです」

「全くその通りだ」


 イアコフの言葉にアンデレが頷く。まさか弟に裏切られると思っていなかったバルヨナは目を丸くして弟の方を見ていた。


「・・・・・・・・・・私は、バルヨナで・・・、バルヨナがいいと思うが」


 まさかの肯定がまたも意外な人物の口から発せられた。

 ユダの言葉にヤコブは目を丸くして彼の方を見る。


「はぁ!? ・・・・・・・・・・・・って、お前、なんで照れてるんだ?」

「別に照れてはいない!」


 頬がうっすらと赤くなっているのを見てヤコブは怪訝な顔をする。

 ああ、先程のバルヨナの言葉に絆されたのか、とアンデレはさきほど啖呵を切っていたバルヨナの言葉を思い出していた。


「ただ、私は誰かを引っ張るという人間ではないし、イオアン達は少し不安だから、バルヨナのような人間がいいと思う」

「・・・・・・・そうだね。バルヨナは、どうかな?」


 ユダの言葉にイエスも頷く。


「え・・?」

「それに、実を言うと、私もそれがいいと思う。嬉しかったんだ。ここに残るとはいえ、私の思ったように君たちが気付いてくれるという保証はなかったから。でも、君は気付いて怒ってくれた。その結果、皆君の言うことを聞いてくれた」


 ふわり、とイエスが微笑む。恩返しとはこう言うことか、とアンデレは以前のイエスの言葉を思い出していた。

 確かに、あの場でイエスが間違いを指摘したとしても彼らは聞き入れなかっただろう。


「もしも私が本当に救世主だとして、ヨハネ様のように志半ばで死んでしまったとしても、君みたいな人ならきっと安心出来る。・・・・・・・・君は、ここの皆を結びつける礎<<ペテロ>>になるんだ」

「・・・・・・・・・え、う、」


 兄は目を白黒させてアンデレに助けを求めるように視線を移す。その彼の背中をマタイが力強く叩いた。


「ペテロ! よかったじゃないか!」

「へ? え?!」

「私はお前なら上手くやれそうだ!よろしくな!」


 にこにことマタイは底の見えない顔をして笑っている。他の熱心党の連中も反対はないようでその様子を見つめていた。


「よろしくね。ペテロ」

「・・・・・・・・・・・・・イエス様がそう言うんなら仕方ねぇです」

「・・・・・そうですね」

「まぁ・・・、リーダーと言っても特にやることはないだろうから」


 しぶしぶ頷いた二人にユダがフォローを入れる。


「それなら僕たちは一番弟子です!」

「そうです! それで行くです!」


 どこまでもこの年若い兄弟は図太いらしい。流石にこれにはイエスも苦笑を漏らしていた。


「そういう事らしい。じゃ、上手く取りまとめてくれよ」


 ぽん、とマタイがバルヨナの肩を叩く。



 生まれて初めて誰かに頼られるという経験をした兄は、それからすっかりペテロという名前で呼ばれるようになったのだった。

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