第40話 「ペテロ」 その9
「僕とイアコフはこの教団から離脱するです!」
「僕たちは、ナザレのイエスに付いて行くことに決めたです!」
「彼こそがヨハネ様が予言された救世主です!」
まるで蜂の巣を突付いたように会堂が騒然となる。皆まさか彼らが自分たちを見捨てるとは思っていなかったのだろう、兄弟に非難が向けられた。
「どういう事だ!?」
「ナザレのイエスって・・・、誰だそりゃ!?」
「後ろにいる男です!」
イオアンの言葉に周囲の人間がこちらを振り向く。
「真中にいる男です! 僕たちは彼に付いて行くことに決めたです」
「はぁ?!こんな見窄らしい男が!?」
「大体、それは本当なのか!?」
「ヨハネ様が何でそんな事を俺らに言わないんだよ!?」
「かつがれてんじゃねぇのか!?」
教団員達のブーイングにイエスは竦んだように下を向く。とんだとばっちりだ。
「見窄らしく見えても素晴らしい力を持っているです!」
「お前たちは好きにするがいいです!」
「ふざけんな!なんだそりゃ!? 話が違うじゃねぇか!」
「俺達は今後どうすればいいんだよ!?」
「ヨハネ様に忠誠を誓って今まで通りやっていくのもいいです。イエス様と僕達について行くのでもいいです。好きな方を取るです」
えへん、とイオアン達が胸を張って言うと、信者たちは恨みがましい目をイエスへ向けてくる。
「ざけんなよ・・・・。お前、ヨハネ様に付いて行くって言ってたじゃねぇか!」
「そのヨハネ様が予言した救世主がいるです。だから付いて行くです」
「・・・・・・・・・・・」
イアコフの言葉にイエスは複雑そうな顔を返す。
その様子はどう見ても皆の待ち望む救世主には見えなかった。
「そうですね! イエス様! 僕達がリーダーになって今から出来る信者をまとめていってあげるです!」
「プロデュースするです!」
「は!? な!? ちょっとまて・・・」
「熱心党みたいなテロリスト達に使われるよりこっちのほうが何倍もいいです」
イオアンの言葉にユダは顔を赤くする。
「・・・・・・・な! 私たちはイエス様を使おうだなんて思っていない!」
「そんなんどーかわかんねーです」
「ちょっと待てよ・・・。そりゃ何か? 結局お前たちは俺らを見捨てて他の奴を頭に立ててまた同じような団体を作るって言うだけじゃねぇか」
信者の一人が食って掛かる。
「そんなんなら俺はそっちにつくぜ! おい、俺も弟子にしてくれ!」
「そうだな! そうすりゃ俺も暮らしていける」
「・・・・・・・・・!?」
弟子だった男達の言葉に兄弟は驚愕に目を見開いた。
「おい、俺もだ!」
「・・・・・・お前たち、何言って・・・」
二人の顔が青くなる。今までヨハネを信仰していると思っていた彼らが、結局は自分の生活の為だったのだ。
その時だった。
耳をつんざくような怒号が聞こえた。
「ふざけんなぁああぁああぁああ!!」
バルヨナの声に集会所が震える。
初めて見るような怒りを顕にした兄の姿がそこにあった。
「さっきから聞いてたら何皆自分の都合を押し付けてんだよ!」
弟のアンデレですら、彼がここまで声を荒げる姿は初めて見た。
他の者達も、普段のへらへら笑っている彼とのギャップに目を丸くしている。
「結局、お前たち自分のことが一番大切なんだな!? だから、イオアン達がやってることがおかしいと思っていても誰も何も言わなかった! 黙ってそれに付き従っていた! そうすりゃこんないい部屋に住めて飯も出てくるもんな!」
「なっ・・・!? お前ら僕達のことそう思ってたんですか!?」
バルヨナの言葉にますますイオアン達は厳しい顔を作った。そんな彼らにもバルヨナの容赦のない言葉が飛んでくる。
「お前らだって人のこと責められねぇよ! それを提供したのはお前たちだろ!? その癖上手く行かなくなったら新しい人を旗印に立てて教団のリーダーになろうとする!」
「何言ってるですか! 僕たちはこの人の教えに感動したです!」
「それに、熱心党の奴らが引っ張っていくより僕達が指揮したほうが何倍もいいです」
未だ悪びれない二人に更にバルヨナの眉間にしわがよった。
「どんな根拠で言ってるんだそれは!」
「熱心党はテロリスト集団です。すぐに暴力振るうです!」
「ローマに対する税金だって、暴力を傘に来て払わねぇです!そんなんズルイです」
「だから何だよ! その事と、こいつらの人間性とどう関係あるんだよ! こいつらがここに来てから一度でも暴力に訴えたことあったか!?」
バルヨナは後ろに控えていた元熱心党員の四人を指した。イオアンとイアコフはそっぽを向く。
「まだ猫かぶっているだけかもしれないです」
「人間性でだって、絶対僕達のほうがいいです」
「ここまで教団を引っ張ってきたです」
「・・・・・・・・・・あのな! こいつらは、熱心党に対して疑問を持った! だから抜けだしてイエスを探しに来た!昨日だって、ユダは自分の過ちを認めて謝ってくれた。おかしいと思って、その状況を変えるために行動して、自分が間違っていると思えばそれを直そうとする! 全部俺らに欠けてるものじゃねぇか!」
「・・・・・・・・・っ!?」
末端の団員の言葉にその場に居た全員が息を呑む。
「お前ら昨日、自分らは間違ってないって言ったよな!? でも、献金も減ってるし、信者も付いてきてない! 間違ってないって本当に言えるのか!? ただ単に自分で認めてないだけじゃねぇか!」
網元の息子達はぐ、と悔しそうに渋面を作るとバルヨナに向かって吐き捨てた。
「・・・・・なら、お前だってそうじゃねーですか。今までただ流されてきただけです」
「ああそうだよ! 俺だって間違ってるよ! 俺もおかしいって思っていた! 違うって分かっていた! なのに何もしてこなかった! こんなんじゃ、ヨハネ様だって救世主のことを俺達に言いたくなくて当然だ! こんな俺達になんか、ヨハネ様は安心して任せられねぇよ!」
「・・・・・・・・・・・っ!?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
ヨハネの名前が出てきて、しん、とその場が静まり返る。この場にいる人の殆どは最初は確かに彼の人間性に心が惹かれていたはずなのだ。
信者たちも、イオアンもイアコフも何も言えず、黙ってバルヨナを見つめていた。
しばらくの沈黙の後、ぽとり、と雫が落ち、イオアンの服に染みを作る。
「・・・・・・・・・・・・・・その通りです」
「・・・・イオアン!?」
認めるイオアンの言葉にイアコフは問い詰めるように彼の腕を押さえた。
「イアコフ、僕達、確かに何も分かってなかったです。ただあの人のした事を模倣していただけです。あの人が真実、何を求めて、どうしてやっていたか、本当に理解出来ていたですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「僕たちは、“救世主”の元にいたい。それだけだったんじゃないですか? だから、ヨハネ様への尊敬はあっても、実際に組織を運営していく上でどんどん見失っていった・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ああ」
イアコフの頬にも涙が落ちる。
「・・・・・・・・・・本当に、その通りです」
唇を噛み締め言う二人に、皆黙ってその姿を眺めていた。
何も言えなかった。
アンデレ自身、深く後悔していた。結局、彼の側にいたというのに、自分は何もわかっていなかった。だから、おかしいと思っていても変えることが出来ず、ただ流されるだけだった。
その事に気付いて、アンデレは頭を抱え、その場に膝を付いた。
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