第38話 「ペテロ」 その7



「・・・・・・・・お?」


 そのまま部屋に戻ろうと歩を進めていると、前方からコツコツという足音がした。見ると、ユダがいた。


「・・・・・・・・あ」


 ユダは二人の姿を見ると複雑そうな顔をするものの、すぐに不器用な笑顔を貼り付けた。


「どうしたんだ? こんな所で」

「道に迷ってしまって・・・」

「ああ。確かにここは分かりにくいもんな」

「どこ行きたかったんだ?」


 二人の反応にユダは目を瞬かせた。


「・・・・・・・怒ってないのか?」


 恐る恐ると言った声音で尋ねる。


「ああ、お前らのさっきの態度にか?」

「・・・・・・・・・・・っ!」


 バルヨナの直球な言葉にユダは口をつぐんだ。


「あああああ、もう! お前は少しは空気を読め!」

「いやー、確かに俺たちも違うとは思ってたし」


 アンデレは兄の頭を後ろから叩くのに、バルヨナは飄々と答えた。


「・・・・・・・・・悪かった」


 兄弟で漫才を繰り広げる二人の間にユダの声が響く。


「あ?」

「へ?」


 殊勝な言葉に二人は目を丸くした。


「・・・・マタイの言う通りだったように思う。あなた達はあの人のことを慕って頑張っているのに・・・」

「え!? あ・・・、いや」


 いきなり謝られるとは思っていなかったアンデレは両手を振ってそれほどのことではないと示そうとした。


「・・・・・・・・でも、お前も思うところがあったんだろ?」


 バルヨナはユダを正面から見つめる。


「・・・・・・まぁ・・・。・・・・私は、ヨハネ様が洗礼を始めてしばらくして、あの人に会いに行ったんだ。あの人は、貧しい人の事を本当に考えていらっしゃる方だった。それなのに、今のやり方では・・・・」


 ユダは慌てて口を塞ぐ。

 再び非難してしまうと思ったのだろう。


「・・・・悪い」

「いや・・・。あんたは、そんな頃からあの人と知り合いだったんだな」


 アンデレはしみじみと言う。


「なぁ、なんでお前はヨハネ様から救世主のことを聞いたんだ?」


 バルヨナは無表情になってユダに尋ねた。


「・・・・・・・・・は?」

「お前はヨハネ様からイエスが救世主と聞いたんだろ? なんでだ?」


 兄の言葉にユダは不思議そうに首を傾げた。


「・・・・あの人はそうとは言っていないぞ?」

「は? でもシモンが・・・・」

「どう言ったのかは分からないが、ヨハネ様はイエス様が救世主だとは言わなかった。ナザレのイエスを探しなさい、と言ったんだ」

「・・・・・・・・・それも不思議だな」


 アンデレは腕を組み考え込む仕草をする。


「ただ、そうであって欲しいと私は思っている。他の人たちもそうだろう。その願望が出たんじゃないのか?」

「・・・・・・・・・そうなのか?」


 ユダの言葉にバルヨナは首をかしげた。


「・・・・・なんでだ? なんであの人にそんな願いを託すんだ?」

「確かに人を治せるのは凄いと思う。でも、・・・・・・それだけだろう?」


 思想を持って活動をしていたヨハネを知っている二人からすると、今の覇気のない彼にはカリスマ性が足りないような、そんな気がしていたのだった。


「それは・・・、そうなんだが・・・。正直なところを言うと、私にはまだよくわからないんだ。それでも、私たちはあの人に会うために熱心党を抜け出してきた。実際に会ってみて、何故かは分からないけれど、側にいたいと思った。・・・・・今の私にとって、ただ一つの希望なんだ」

「・・・・・・・・・・・もう、戻るところもないから、か?」


 バルヨナの言葉に悲しそうにユダが笑う。


「・・・・・・・そうだな、そうかもしれない。・・・・・・・・あ、あまりこの事は言わないでもらえないか? 私たちがここにいることがバレたら殺される」

「・・・・あ、ああ」


 アンデレは頷く。その後ろでバルヨナは測るようにユダを見つめていた。


「あの・・・、所でそろそろ帰り方を知りたいんだが・・・」

「あ、ああ! そうだったよな!」

「送ってやるよ」


 言うと俺とバルヨナはユダを彼らの泊まった部屋まで送り届けた。

 帰り道、バルヨナは珍しく静かに何かを考え込んでいた。あまりにも真剣に考えているようだったが、30秒ほどした頃だろうか、「よし!」と、大きな声で言うと彼は食事を取るために食堂へと走っていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る