第37話 「ペテロ」 その6
「話はついたですか?」
「あいつらはなんて言っていたですか?」
話がついてバルヨナとアンデレが彼らの執務室に報告に行くと、彼らは待っていたようで詰め寄った。
「ああ・・・、イエスと一緒に残ると言っていたが」
「それはよかったです」
アンデレの言葉に満足そうに二人は頷く。
「適当な部屋を見繕っておくです。住まわせておくといいです」
「・・・・・・・・ああ」
彼が報告の為に訪れた彼らの私室では、イオアンとイアコフは忙しそうに書類に目を通していた。
「・・・・・・・・あの、ちょっといいですか?」
普段ならば二人に話しかける勇気など持ち合わせていたなかったが、先程のことが心にひっかかりアンデレは口を開いた。
「なんですか?」
「・・・・・・・ヨハネ様が、彼を救世主だと予言されたそうですが、あなた方はそれをご存じだったのですか?」
「・・・・・・・・・・どういう事です?」
二人はアンデレの言葉に書類に向けていた顔をあげて彼を見る。
「そのまんまなのですが・・・」
「・・・・・・・初耳です」
「彼が来た時には僕たちには何も言ってなかったです」
二人共衝撃を受けたような顔をして末端の教団員を凝視する。
「お前はそれをどこで聞いたですか?」
「・・・・・あの、ヨハネ様はユダにそう伝えたと言っていましたが・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
二人の顔色が目に見えて青くなる。
「・・・・・・それは本当ですか?」
「・・・俺もさっき聞いただけですけど」
「・・・・そのユダってのは何者なんですか?」
「えっと、ヨハネ様の旧友で、熱心党の人間らしいですけれど・・・」
アンデレの言葉に二人は目をむく。
「熱心党!?」
「あのテロリスト達ですか!?」
「えー・・・、あー・・・、まぁ」
言わないほうがよかっただろうか。アンデレは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
イオアンとイアコフは目を丸くしてお互いを見た。
「そんなんと何故救世主が一緒にいるですか?」
「なんで救世主の存在を僕たちには教えてくれなかったですか」
そんなの自分の方が知りたい。アンデレは眉尻を下げて視線をそらした。
「・・・・・・・・・・僕たちは、間違ってるですか?」
「・・・・・献金も減って、信者も少しずつ離脱してきているです」
二人の覇気がなくなる。悲しそうにお互いの目を見つめ合った。
「あなた達は、そもそも何故あの人に着いていこうと思ったんですか?」
黙っていたバルヨナが口を開く。
「あの人が救世主だと思ったからです」
「・・・・僕たちを、ユダヤを救ってくれると思ったからです」
「・・・・それは分かるんだ。分かるけど、」
バルヨナは何と言っていいか分からないような顔をして、助けを求めるような顔をして弟を見る。そんな事をされても彼にはどうしようもない。
二人は緩やかに頭を振る。
「・・・・・やっぱり、僕らは間違ってないです」
「今はちょっとうまくいってないだけです。すぐに軌道にのるです」
頭のなかでどういう思考になったのか、持ち直したように二人は上を向く。どちらかというと自分たちの失敗をみとめたくないような、そんな語気だった。
「・・・・・・・・・・・」
バルヨナは複雑そうな顔をして二人を見つめた。
「そんなわけで、今日はもう帰るです」
「明日からまた忙しくなるです」
手をひらひらとふって二人は兄弟を返そうとする。
「・・・はい。失礼しました」
これ以上話をしても、とアンデレは思い頭を下げる。二人の部屋を後にすると、どっと脱力感が体を覆う。腑に落ちないような顔をしてバルヨナが呟いた。
「・・・・・・なぁ、アンデレ」
「なんだ?」
「俺ら、ヨハネ様にどう思われてたのかな」
「・・・・・・・・」
立ち止まり、アンデレはじっと兄の姿を見た。兄はアンデレを見返す。
「あの人は俺たちを待ってたって言っていたよな。なんで、待っていたんだろう」
「・・・未来が見えて、俺たちが来ることを分かっていたからだろう?」
「うん・・・。信者候補が来るっていうだけなら、それで終わりでいいんだと思う。それなのに、“俺たちを”待っていたのはどういう事なんだろう」
「・・・・・・・・・・」
考えたこともなかった。アンデレは普通に信者候補が来るからヨハネが待っていたと思ったのだった。
バルヨナはアンデレから視線をそらし遠くを見る。今日は一日が早い。夕暮れの朱色が窓から入り込んでいた。
「ユダに救世主の事を言って、俺たちには言わなかった。それは、未来の事に何か意味があるんだろうか。・・・・・それとも、」
「・・・・・・なんだ?」
「・・・・・・・・・・・うーん・・・。何て言っていいんだろう・・・。・・・・・・俺たちは、あの人に利用されていたわけじゃ、ないよな?」
「・・・・はぁ!?」
兄らしからぬその言葉に俺は両目を丸めて驚いた。あのヨハネが他人を利用するだなんて考えることもできなかった。
バルヨナは頭を振る。
「うーん・・・、そういう訳じゃ、ないよな。うん。悪い!俺、嫌なこと考えてた!」
「いや・・・」
先ほどの不安そうな様子を取り払い、バルヨナはにぃ、と微笑んだ。アンデレは、いつもは豪快な兄がヨハネを疑うのが酷く不思議な気がした。
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