第35話 「ペテロ」 その4
「何言ってるですか。今日もいつも通りパン一つです」
「余所者にたくさんあげるわけにはいかないです」
しかし、彼らの回答は極めて明快で、それ以上何も言えなくなるほどにきっぱりと言ったのだった。
「まぁ、そうですよね」
わかっていたことなのでため息をつく。
アンデレの後ろでバルヨナが更に続けた。
「なぁ、お願いだ。あの人瀕死の子どもを癒してすごく力を使っちゃったようなんだ」
バルヨナの言葉に兄弟の目がキラリと光る。
「・・・瀕死の子どもを癒した、ですか?」
「詳しく教えるです」
二人は眼の色を変えて詰め寄ってくる。
「えっと・・・、あの人が崖から落ちた子どもに手を当てた瞬間、その傷が治ったんだ」
「どの程度治ったですか?」
「ほぼ完治した」
バルヨナの言葉を補足するようにアンデレが答える。
二人は目を丸くした。
「……………へぇ。それはすごいです。お前たちはそれを見たですね?」
「ああ」
「それはいいです。その人をここへつれてくるです」
有無を言わせない物言いに、俺とバルヨナは気圧され、うなづく。食堂で物欲しそうに食料を見つめていたイエスを連れてくると、ユダ達は通さずに彼と俺達だけが彼らの執務室の中に入るようにと言われた。
「お前、人の怪我を治せるですか?」
「ああ。何故か」
「なるほどです」
言うとイアコフはその場にあったナイフで自分の腕を薄くなぞる。手に赤い筋が出来た。
彼はそれをイエスの前に突きつける。
「これを治してみるです」
「・・・・・・」
イエスは面食らったような顔をして、けれどイアコフの傷口に手を当てると軽くなぞった。やはり、次の瞬間にはその傷が消えてなくなっている。
二人はお互いの顔を見て頷きあった。
「あなた、ここに留まる気はありませんか?」
「お供の者たちも一緒にいてもいいです。3食しっかり保障するです」
「・・・・・・・・・・・?!」
二人の言葉に俺もバルヨナも耳を疑った。対するイエスはまるで子どものような顔をして首をかしげている。
「えぇっと・・・・・・、けれど、私は一応同伴者がいるから」
「ならその同伴者も一緒に連れてくるです!」
「・・・なんでそんな必死になっているんです?」
「あなたの力が必要だからです!」
「・・・はぁ」
「…どう必要なんですか?」
なんとなく、嫌な予感がしてアンデレは尋ねる。
「その力を教団のために使ってもらうです」
「そうすれば信者の方が増えて献金もアップです!」
二人の言葉に思わず兄にするようにツッコミを入れそうになり、慌ててアンデレは唇を引き結んだ。
バルヨナも首を傾げる。
「今はそんなに危ない状態なんですか?」
「そこまで言うほど危ないわけでもないです。でも、ヨハネ様が亡くなってから献金は本当に少なくなったです」
しょんぼりとまだ年若い網元の息子が答える。イオアンもそれに同調した。
「このままじゃじりじりと沈んでいくだけです」
「そうならないように策を探しているです!」
「・・・・つまり、金儲けの為にこの人を利用しようということですか?」
アンデレの言葉に二人は鼻を鳴らす。
「金儲けじゃねーです。人気アップです」
「でも、結局その先にあるのは金儲けじゃないか」
兄弟は冷たい表情になった。
「生意気言ってんじゃねーです」
「今の教団に何人いるかわかってるですか?」
「たくさん」
二人はバカをみる目をしてバルヨナを見る。
「100人以上ですよ?」
「献金がなくなれば皆食事にもありつけねぇです。今の収入源は僕たちの実家からの仕送りと献金だけです」
「僕たちはリーダーとして皆を食わせていかなければならねーです」
「そうして、皆にきちんと彼の教えを伝える助けをしてもらわなきゃならねぇです」
「なるほど」
納得したようにイエスが頷く。アンデレは二人の雰囲気に押されて何も言えなくなった。
アンデレだって、彼らから食事を貰っていたのだ。
「どうも少し捻れてしまっているようだね」
「は?」
「君たちはどうしてヨハネ様の教団を名乗っているんだい?」
イエスが尋ねる。
「あの方の思想を世の中に示す為です」
「その為に僕たちは教団を体系化して、洗礼も始めたです」
二人が胸を張る。イエスは苦笑した。
「そこまでやっているのに、どうして献金は減ったんだろうね」
「そんなん簡単です」
「あの方が死んでしまったからです」
「あの方の人望あってのものだったです。僕たちが束になっても叶わない人気があったです」
二人は悲しそうな顔をする。
「うーん・・・。それだけじゃないような気がするけれど」
「?」
「?」
「そうだね、特に今は急いでもいない。あの方への恩返しもしたいし、しばらくは私も一緒にいよう」
「本当ですか!」
「ありがたいです!」
にこにこと言う二人を見ながら、本当にいいのだろうかと思う。その不安は当たっていたようで、戻りそのことを告げたら5人、特にユダとヤコブは盛大に嫌そうに顔をしかめたのだった。
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