第28話 「マタイ」 その5
客間を飛び出し、ユダはシモンの部屋へ向かう。
頭が沸騰しているようで、うまく考えられなかった。
「おい、お前たち」
息を切らして入ってきたユダを見て、タダイとシモンは目を丸くした。
部屋はすっかり暗くなっており、小さなろうそくが灯されているだけだった。
「・・・・・・・・な、一体どうしたんですか?」
「ヤコブは?」
驚いている二人に問いかける。
「え? まだ戻っていらっしゃりませんが・・・・」
「そうか。・・・・、私もここを出て行く」
「・・・・・・・どうしたんだ?」
常にない様子のユダにタダイが眉をひそめる。シモンの調子を見たら誤った判断であることは目に見えていることだろう。ヤコブを説き伏せて、我慢してここに留まっていなければならなかったのに。
「レビと仲違いをした」
「・・・・・・・・・・は? お前が? ・・・どうしてまた?」
「・・・・・・・・ローマに歯向かうのは無駄だと言われた。・・・・あんな大きな国にこんな小さなユダヤが叶うわけない、と」
言うと、タダイはユダ同様に沈痛な面持ちをした。けれど、出てきた言葉は彼が予想していたものとは違うものだった。
「・・・・・・・・そうかも、しれねぇなぁ」
「っ!? タダイ?」
「あのっ」
タダイにくってかかろうとするユダを制したのはシモンのか細い声だった。
「頭が本当に痛いんです・・・。 今日は休ませてもらえませんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
最年少者の言葉に理性を取り戻す。ため息をついてそれ以上は何も言わず、ユダは自分の寝床に潜り込んだのだった。
次の朝、シモンは更に症状が酷くなり、胸元だけではなく顔にまで斑点が侵食していた。タダイにシモンを背負わせて屋敷を出るべく行動を開始する。
「ヤコブはどうしたんだろう・・・。結局一晩中戻らなかったな」
まだ明けたばかりの空は地平線以外は暗い。ユダは周囲を見回しながら白い息を吐き出した。
「おい」
背後からまさに探していた人物の声がかかる。
三人は驚いて振り返った。
「!? お前・・・・。どうしたんだ!?」
「・・・・・・・・門の前で待ってたんだよ。お前らこそどうしたんだよ」
ヤコブは不思議そうな顔をしてユダ達を見ている。今回の原因は自分にあることを自覚しているユダはうつむいた。
「・・・・・・・・・・・・・レビとケンカして出て行く所だ」
「まじか」
ユダがレビと喧嘩をするという事は彼にとっては意外だったらしい。ヤコブは目を丸くした。
その時だった。
背後から数人が近づいたかと思うとシモンを引き剥がし、捕らえる。驚いて振り向くと、兵士がシモンに縄をかけて地面に転がしていた。数十人はいると思われる彼らに取り囲まれて、六十代くらいの男が憎々しそうな顔をして私たちを見ている。
随分といい生地の服をきていることから、彼が位の高い人物だということが知れた。脇に、昨日シモンを診察した医者が立っている。
「こいつが、伝染病にかかっているという子供か?」
「ええ、間違いまりません。胸元に黒い斑点が・・・、おお、昨日よりも広がっている」
「・・・・・・伝染病?」
二人の会話にユダは眉をひそめる。
老人は鼻を鳴らした。
「なんだ、レビは何も言わなかったのか?」
言いながら、医者は杖でシモンの顔の斑点を示す。
「これは伝染病の末期症状だ。この斑点が出るとあと一週間も生きられん。そして、これは子供から移っていくという。よくもこんなものを持ち込んでくれたな」
「・・・・・・・・・っな!?」
そんな事レビは一言も言っていない。四人共目を丸くした。老人は触りたくもないというように杖でシモンをつついた。
「さぁ、病原菌は捕まえた。病気が広まる前に焼いてしまえ!」
「ちょっと待てよ!」
不穏な言葉にタダイが食いつく。
「さっきから聞いていれば、何を言っているんだお前たち」
「このガキを焼いてしまう、と言っているのだが」
「ふざけるな! そんな事許されると思っているのか?!」
「多くの民を救うためだ。神もお赦しくださるだろう。・・・・・レビ」
何かに気が付き振り向いた老人の視線の先には、起きたばかりと思われるレビの姿があった。
「レビ殿、昨日私はあなたにこいつらを縛っておけと言いましたよね?」
「・・・・逃げられたようですね」
あくびをしながらレビは興味なさそうに医者に答えた。
「そんな他人事のように・・・。困りますよ、そんなのでは!」
「レビ・・・・」
レビに老人が重々しい声で言った。レビは急に居住まいを正す。
「・・・・首長」
かしこまった声を出しレビは敬礼する。
「もともとは、お前の客人とのことだが、まさか伝染病の子供を連れ込むとは・・・」
「大変申し訳ありません・・・」
「このガキは議会にかけて明日にでも処刑する。・・・・連れていけ」
老人は兵士に命令を下す。兵士たちはシモンを捕らえたまま何処かへ連れて行こうとした。
「おい、レビ!」
ヤコブの声にレビが一瞬そちらのほうを向くが、すぐに目をそらす。
「・・・わかりました」
「最後に洗礼くらいなら受けさせてやろう。来い」
言うと、彼らは神殿の方へと歩いていく。追いかけようとしたが、兵士たちに押さえつけられて三人はレビに引き渡されたのだった。
そのまま彼の家の地下に閉じ込められる。
普段使っていないのであろう地下室はじめじめとしてかび臭かった。小さな明かり取り用の窓があるものの、全体的に薄暗い。
「おい、レビ! 一体どういうことだよ」
扉に鍵を掛けるレビにヤコブが食って掛かる。レビは面倒くさそうにヤコブを見ると、大きなため息を付いた。
昨日の快活な彼との落差に驚いたのかタダイは身を引いていた。
「そのまんまだよ。あの子は伝染病にかかっている。ならば拡散を防ぐ為に焼かなければならない。・・・・君たちの症状はどうなんだい? あの病気はまず高熱がでる。熱っぽい奴はいないか?」
そう言われて誰が手を上げると言うのだろう。
見たところユダ達三人でそういう症状のあるものはいないようだった。
「まったく、本当に手間をかけさせてくれる子だなぁ、ヤコブは」
「あぁ!?」
「君たちの処分も今日の議会で決まるだろう。さぁ、私はそれに参加してこなくちゃ」
「ちょ、待て! おい」
レビはヤコブの言葉を無視して地下室の扉を閉め鍵をかけた。足音が遠ざかる。
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