第26話 「マタイ」 その3


「本当にすみません・・・。僕のせいで」

「まったくだ。もういいからさっさと治せ」


 ヤコブはぺちりとシモンの頭を叩く。力は入っていないようで、ベッドに寝かされたシモンは困ったように微笑んだ。

 外でずっと待っていたタダイとシモンを連れてきて、レビに頼んで医者へ使いを出させる。あと数分もしたら医者は来るだろう。


「それにしても、ヤコブ様って実はお金持ちだったんですね。びっくりしました」

「金持ちじゃねぇよ。身内に金持ちがいるだけだ。 あいつの金だからどうせ俺のところには入ってこねぇし。まぁ、家は豪華だけど、俺は元の質素だった家の方がいい」

「え?  もともとここに住んでたんじゃなかったんですか?」

「ここには住んでたけど、レビが随分改築しちまったようだ。もう俺の知っている実家じゃねぇよ」


 客間にしては豪華すぎる寝室は涼しくやわらかい風が吹き込む。その外観からは昔の面影に想いを馳せることは難しそうだった。


「しかし、あの様子だとここにいる限りいい暮らしが出来るだろうに、どうして熱心党に入ったんだ?」

「・・・・・・・・・あの、兄の近くにずっといたいと思うか?」


 ヤコブが地を這うような声を出す。場の空気が冷えた。


「第一、取税人の兄なんてお断りだ! お前だって嫌じゃないのか?  ローマの手先の家に泊まるなんざ」

「抵抗はあるが、我慢できないわけじゃない。シモンの調子も悪そうだし」


 しゃあしゃあとユダが返すとヤコブは嫌悪の表情を隠すことなく向けてきた。


「俺は嫌だ!  あんな奴の近くにはいたくない」

「お前なぁ・・・。 あんな優しそうなお兄さんを捕まえて・・・」


 タダイがため息を漏らすと、ヤコブがますます殺気立つ。彼は先ほどのやり取りを見ていない。ユダはあえて口出しはせずに乾いた笑いを漏らした。


「そうだゾ。こんな優しいお兄様はなかなかいないゾ。さ、医者を連れてきてやったぞ」


 背後からの声に振り返ると、レビがにこにこと笑って立っていた。その後ろに医者らしき人物。彼は医者を招き入れ、シモンの様子を見せる。

 最初に彼の熱を測りその目を見た。 それから口をあけさせたかと思うと、眉をひそめてシモンの胸板を見た。点々と黒い斑点がさらに範囲を広げていた。


「・・・・・・・・・・・」


 一瞬、彼は目を丸くすると、レビと一緒に出て行く。

 しばらくしてレビだけが戻ってきた。


「ただの風邪らしい。もう少し寝ていると治るとさ」

「そうですか・・・。よかった」


 ほっとした顔を返すシモンのほうは一切見ずに、レビはにっこりと微笑んでヤコブを見た。


「もう少ししたら夕飯だ。久しぶりにゆっくり一緒に食べないか?」

「えっ・・・・、いや俺は・・・」

「まさか嫌だとは言わないだろう?」


 まるで捨てられた子犬のような瞳でヤコブを見つめる。ヤコブは心の底から嫌そうな顔をした。


「どうしたんだ?  兄弟だし、久しぶりに会ったんだろう?  俺達には気を使わないでのんびり食べてくるといい」


 事情を知らないタダイが呑気に微笑んで言う。 ヤコブの舌打ちが聞こえた。


「タダイ、お前も一緒にどうだ?」

「俺はシモンが心配だからこっちについておくよ」

「ああ、そういうことなら食事はここに運んでこよう」


 タダイはシモンの頭を撫でながら返す。レビはニッコリと微笑んで召使を呼んだ。


「それならユダ! お前はどうだ!?  一緒に食べないか!?」

「・・いや、私もせっかくの兄弟水入らずに割ってはいるのも」


 レビにとって食事に招待したいのはヤコブだけだということが目に見えている為に顔をそらしながらユダが答えると、ヤコブがぎろりと睨んでくる。こんな二人の中に入って食事など気苦労を考えるとやはり行きたくなかった。

 レビのほうはというと、小首をかしげて微笑んだ。


「そんなことはない。私の知らない弟の姿をじっくり聞かせてくれたまえ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 どうやら歓迎はされているのだろうか。

 ヤコブはそれはそれで嫌そうな顔をしたものの、二人きりになりたくないのだろう、ユダの腕をつかんで結局レビの後ろをついていったのだった。








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