第20話 「アンデレ」 その6




 ヨハネがその場から去り、アンデレとバルヨナが二人きりで残された。


「・・・・なぁ、さっきの話は一体どういう事だ?」


 低い声で尋ねると、バルヨナが固まったのが分かる。


「何の話だ?」


 それでも表面上には何でもないことのように返してくるバルヨナにアンデレは舌打ちをした。


「お前、全部計算して俺を連れ出したのか?」

「いや、まさかここまでうまく行くとは思っていなかった」

「おい」


 素で返したのであろうバルヨナは気まずそうにそっぽを向く。


「どうして、俺を連れ出してまでヨハネ様に会いに行こうとしたんだ」

「お前を連れ出したのは、俺の分までお前が税を払わなければならなくなるのが可哀想だったからだ」


 通常、その家から家出をするものが出た場合、役所に届け出るのだが、だからと言って税金が少なくなるわけではなく残ったものの負担になる。死亡通知を出してやっと割り引かれるのだった。しかし、死亡通知を出すには葬式を挙げなければならない。遺体もないのに葬式が挙げられるだろうか。


「・・・・・じゃあ、なんでヨハネ様に会いに行こうと思ったんだ」

「・・・・・・・・・光が、見えたからだ」

「光?」

「小さい頃から、不思議に思っていた。どうして皆、ローマに対して不満は言うくせに言われたままに税を払い続けるのだろう、と」

「・・・・・・・・・・は」


 きょとん、とアンデレはバルヨナを見た。

 そんなの、払わなければ殺されるからに決まっているだろう。


「本当に嫌だったら逃げ出すなり、蜂起するなりすればいいんだ」

「無茶を言うな」

「無茶? なんでだ? 俺達だって逃げ出して身一つでここまで来ることが出来たじゃないか」


 バルヨナが弟を見つめる。

 確かに、ここに来てから今までのように税に追われることもなくなった。代わりに儲けは一切なくなり、毎日イナゴ豆と野蜜の生活に変わったが。


「あのままだったら俺達は税を払い続けるためだけに生きているようなものだった。一生懸命働いても、ほとんどを税として取られて、残った僅かな金で生活をする。俺はそんな生活が一生続くのは嫌だった」

「・・・・・・・・・」

「だから、いつでも逃げ道を探していた。ヨハネ様の話を聞いた時、これだと思った。・・・・・彼こそが救世主と思ったんだ」

「・・・・・・だからといって、光るラクダなんて」

「俺だって自信がなかったんだよ。ヨハネ様が本当に活路となり得る人なのか」

「だからって・・・・」


 冷たい瞳で兄を見る。

 兄はそんな弟の視線を受けて縮み上がっていた。

 本当に無軌道な男だ。

 勝手に船を売って、逃げ出して。

 それなのに、怒る気にならないのはヨハネに出会ったからだろうか。今までのように税を稼ごうと必死にならなくなった分、心に余裕が生まれたからだろうか。

 今の生活を気に入っているからだろう。

 ふぅ、と溜息をつくと兄が恐る恐るアンデレを見てきた。


「仕方ないな」

「え・・・、許してくれるのか?」

「ああ。五発ほど殴らせてくれるのなら」


 にこり、と拳を作って言うと、バルヨナは怯えたように竦み両目をぎゅっと瞑ったのだった。








 次の日アンティパス王の元を訪れたヨハネはすぐに処刑されると思っていた。けれど、アンティパス王のほうがヨハネの言葉を聞くようになったという。もしかしたらこのまま説得が成功するのではないだろうかと弟子たちの間に噂が広まっていた時だった。

 ローマから来た視察団によりヨハネがアンティパス王を通じて捕らえられた。彼の誕生祭の前日だった。


「ヨハネ様を助けだすですっ!」

「ヨハネ様を解放するですっ!」


 中天に太陽が来る頃、やっと起きてきたバルヨナはイアコフとイオアンが拳を振り上げて弟子たちを扇動している様子を見て目を丸くした。


「あれは一体なんだ?」

「お前、やっと起きてきたのか・・・」


 のんびりとした口調で弟に訪ねるバルヨナにアンデレは冷たい目を返す。


「弟子達で徒党を組んでヨハネ様を助け出しに行こうとしているらしい」

「へ!? そうしたらあの人は助かるのか?」

「わからない・・・。あの人が言うには遅かれ早かれ捕らえられていたとは言われていた。けれど、死ぬとは・・・・」


 そこまで言った時、ヨハネは自分の死に様を知っていると言った。そして、ヘロデ王に直訴をしに行く前、彼は震えていた。あれが怒りではなく、死ぬことに対面しての震えだとしたら。

 頭の中に閃いた嫌な可能性にアンデレは首を振ってその考えを払拭する。けれど一度思いついたその考えは消えることなく彼の頭を支配していった。


「お前ら、ヨハネ様をアンティパス王に殺させていいですかっ!?」


 気がつくと、目の前にイアコフとイオアンが立っていた。ヨハネの教団の中でも一、二位を争うくらいの地位にいる二人に睨まれてアンデレ達は咄嗟に後ずさるが、周囲に他の弟子まで集まり始めていた。手に持った棍棒から彼らが武力で持ってアンティパス王の城に攻め込むつもりでいることが知れる。


「いいえ、そんな訳ないじゃないですか」


 バルヨナが答えると、彼らの持っていた武器の一つが渡された。この集団に加われということらしい。

 その後、アンデレにも視線が寄せられる。


「俺も・・・、死んで欲しくはない」


 言うと、彼にまで棍棒が渡される。

 受け取り手に持つが、そのずっしりとした重さに違和感を感じた。


「いいですか! ありったけの武器を集めるです! 遅くても今日の夜までには人数は三百、武器はそれ以上を集めておくです!」


 イアコフがそう怒鳴ると弟子達は大声で返事を返す。声がまるで津波のようにアンデレを襲う。

 武装蜂起をするという彼らを見ているとアンデレの中に疎外感と違和感が募っていった。ヨハネは本当にこんなことを望んでいるのだろうかと疑問に思う。

 彼は居ても立ってもいられなくなって、その場を離れ街の方へ向かった。



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