第11話 「シモン」 その4
けれど、ユダについていった先はひどく閑散としていた。
ヨルダン川の下流に面したそこには、全盛期には何百人もの人がいたはずだ。なのに今はシモン達と同じように先ほど来たと思われる人達が数人いるだけで、教団の信徒達はいないように思われた。
その場にいた男の一人にユダが話かける。
「ここらへんにいた信者の方達はどうなさったのですか」
「・・・・・・お前達は?」
胡散臭そうな顔をしてその男はユダを見る。髪を後ろで一つに束ね、つり目ではあるが人の良さそうな雰囲気をまとった男だった。けれどひどく消沈しているようで元気がなかった。
「私は熱心党のものだ。ヨハネ様処刑の件で個人的に縁があったので葬式でもやっていないかとこちらへ来た。・・・・しかし、葬式どころかこんなに閑散としていたのでは・・・」
ユダの言葉に、男はやりきれないような表情をして俯いた。
「葬式なんて、いつになるんだろうな」
男の目が細められる。眉間にシワもよっていた。
「ヨハネ様の信徒達はアンティパス王へ復讐しようと市内へ行った。・・・・・それ以外にもいたんだが、どこかへ行ってしまった」
「・・・・・・そんな。死を悼む人達は・・・」
男の言葉にユダは信じられないように唸った。
「死を悼むよりも先に武器を持って市街地へ走っていったよ」
「・・・・・・・・・あなたは」
ユダの視線を受け、男もユダを見返す。けれどすぐに顔はそらされた。
「俺も、信徒だった・・・・。死を悼む人、というならきっと俺がそうだろう・・・。いや・・・・けれど・・・・」
男は目を泳がせながら後ずさった。
「・・・・俺は、あの方の教えに感動した。集まっていた人達もそうだと思っていた・・・・。それなのに・・・」
「・・・・・・」
自分に言い聞かせようにぶつぶつと口の中で呟いている男に眉をひそめながらユダは続いて口を挟む。
「・・・・・イエスという男を知っていますか?ナザレから来たという」
「・・・ああ、あの男。あいつが何か?」
男は知っているようだった。やっとユダをまっすぐ見る。
「今、どこにいるかわかりますか?」
「・・・・知らない。ヨハネ様から洗礼を受けて、どこかへ行った」
「・・・・・・そうですか」
聞きたいことは聞き終わったとばかりにユダは頷いた。ありがとうございました。そう続けると振り返り帰路へ付いた。
「・・・・・なんだか、おかしな方でしたね」
男の姿が見えなくなってからシモンはこっそりとユダに話しかける。
「動揺しているんだろう。急な話だったからな」
ユダはシモンの方を見ようともせずにずんずんと歩いていった。
「そうですね・・・。あ、そう言えば、ユダ様にお聞きしたいことがあったんです」
「なんだ?」
「ツンデレ様とはどなたのことですか?」
シモンの問いかけにユダの足が止まり振り返る。急なことだったのでシモンは慌てて後ずさり距離を取った。
「・・・・・・・・・・は?」
ユダは目を丸くしてシモンを見る。
「ヤコブ様にツンデレ様に伝言を頼まれていたとお聞きしました。そんな方が熱心党の中にいらっしゃるのですか?」
尋ねると、ユダは嫌そうに渋面を作りたっぷりと長い沈黙のあとで重く口を開いた。
「・・・・・・私のことだ」
ユダの言葉にシモンの脳内は疑問符に埋め尽くされる。
「え? ユダ様、改名なされたのですか?」
「違う。あだ名のようなものだ。なんでも二千年後に流行する言葉らしくて、最初はツンツンしてるが、仲良くなって・・・・、って、私がいつデレたかっ」
急にユダは顔を赤くしてどこかへ向けて怒鳴った。いつも冷静な彼がこうやって声を荒らげるのは珍しくシモンは目を白黒させる。
「・・・・・え? あの? ユダ様?」
「あー、だから、あだ名だ。もっとも、呼ばれたことは一度しかないが」
こほん、とユダは咳払いをした。
「なんでそんなあだ名でわざわざ・・・」
「私のことを気遣ってくれたのだろう。兵士達がツンデレという人物を探し始めたという噂も耳にした。本名を使っていたら今頃私まで捕らえられただろう」
「そうなのですか・・・。それではユダ様はその方の元へ行かれるのですか?」
たずねるとユダは顔を曇らせた。
「・・・・・・・わからない」
「わからない?」
「わからないんだ。訪ねるべきか、そうでないのか。・・・・今の状態でそんなことを言い出したら、熱心党の幹部の方々がどう動くかわからない。・・・・きっと、昔だったらすぐに報告したんだろうが」
ユダは唇の端を歪めて俯いた。その真意が測りかねてシモンはますます首をかしげる。
「もしも先ほどの男が行き先を知っていて、それがすぐに訪れることが出来るような場所ならば行くことも出来たが・・・。探すとなればもしかしたら数ヶ月かかるかもしれない。そんなに長い間仕事を休めるわけがないだろう」
「・・・そうですね」
それきり、お互いに大した会話も交わさずに市内へと戻る。すっかり夕焼けの色に染まった市内では、城門の方から絶えず騒がしい音がしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます