第9話 「シモン」 その2
深夜になり、外から聞こえてくる喧噪で目を覚ました。
きっと二人が帰ってきたのだ。
そう思いシモンは皆の集まっているであろう広間のほうへと行くと、首長の怒声が聞こえてきた。
「ふざけるな! たどり着いておきながらみすみす殺されただと!?」
「・・・・・はい」
走り、声のした方へ行くと真っ青な顔をしたユダと、逆に怒ったように顔を赤くしているヤコブの両極端な二人が首長の前に並んで立っていた。
「・・・・・あの方は自分の死ぬことを予言されておりました。自分の方からここで死ぬから、と」
「そんなことは知らぬ。鍵まで持っていたのだろう!?担いででも連れ出せばよかったんだ」
怒鳴り声にユダがびくりと身をすくめる。
ヤコブが首長を睨みつけた。
「お言葉ながら、そのようなことをすれば目立ってしまい、私達全員捕らえられていたでしょう」
「わかっておる。もののたとえだ。お前だってその場にいながらのこのこと帰ってきおって・・・・」
ヤコブはしらんだ目で首長を見ると鼻を鳴らした。この団体の最高権力者に対して不遜な態度に見ているシモンとしては肝が冷える。
「私が見たところ、あい・・・、あの人は到底私達のほうにつくような人間には見えませんでした。たぶん、連れて帰ったところで遅かれ早かれ決別していたでしょう」
「・・・・・・」
ぐ、と首長が押し黙ると、もういい、下がれ、と手を振り踵を返し重役達の集う会議室のほうへ歩いていった。
きっとその中で今後について話し合うのだろう。ユダ達についての悪態を交えながら。
ユダはとても疲れた様子で自室の方へと歩き出す。それとは反対にヤコブはシモンと同様に集まった野次馬の中からタダイを見つけ、彼のほうへと歩み寄った。
「おい、筋肉、聞きたいことがある」
言って、タダイの腕を掴むと人垣をかき分けて外へと歩いていく。
タダイがシモンの方をを見たことで、ついていっていっていいのだろうと思い、二人の背中を追いかけた。
「なんなんだ、あの男は」
外の城壁のすぐ近くまで着て、周囲に人が少なくなったのを見たヤコブは憎々しそうにそう言った。
「・・・・・何って、ユダのことか?」
「違う、ヨハネって奴だよ。未来が見えているらしく、俺達が来ることを知っていたような口振りだった」
「ほう」
タダイが片眉を上げるだけだったのに対して、シモンの方は盛大に驚いた顔をしてしまった。
ヨハネは未来を見ることが出来るとは聞いていたが、まさか今回ヤコブ達が来ることまで予見していたとは。ユダとヨハネが連絡を取り合う時間などなかったはずだ。
「そうして、俺達が牢までたどり着けるように手助けをしてくれた。それはいいんだ。けれど、出る気はないと言った。出ると、この後救世主となるべき男の邪魔になるとか言って」
「・・・・・この後救世主になるべき男?」
「ああ、名前は言わなかったけど、多分ナザレのイエスという奴だ」
「ナザレ? あの、田舎町の?」
ヤコブの言葉にシモンは驚いて大きな声を出してしまった。睨まれる。口に両手を当てて目を伏せた。
ナザレはここから北に行った場所にある、名前だけは知っているような辺鄙な村のことだった。
そこの出身と言うことを聞いて、予言は間違っているような気がした。
聖書には救世主に関する預言があり、それによると救世主はベツレヘムから生まれるのだ。
「ああ。なんでも、熱心党のツンデレという奴にそいつを訪ねるように、と言うのが最後に交わした言葉だった」
「・・・・・ツンデレ様ですか?」
シモンは首を傾げる。
「知っているのか?」
ヤコブは期待している様子でもなく問う。シモンは即座に首を振った。
「いえ、今初めて聞きました。・・・というより、そんな方がいらっしゃるということすら初めて聞きました」
会計をやっている為、シモンは党内の主要人物の名前はある程度把握していたが、そんな人物は聞いたこともない。
同様にタダイも知らないと言う。
結局、ユダは知っているようだから明日彼に聞こうという話になってその日は解散したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます