第6話 「洗礼者ヨハネ」 その6
「よし、通れ」
見張りはあっさりと言うと、タダイとシモンに顎で示し、城門を開けた。奴隷に扮したタダイとシモンはにこにこと微笑んだまま、ぶどう酒の入った樽を積んだ荷を城内へと運び入れた。
「ユダ様の言うとおり、びっくりするくらいうまくいきましたね」
ぼそぼそとシモンはタダイに話しかける。
タダイも苦笑をシモンに返し、先程の見張りに言われたとおりにぶどう酒の入った樽を所定の倉庫に置くと、その中から二つの樽を開き、中に入ったわずかなぶどう酒を全てほかの樽に移すと中蓋を外した。
「おい、出てきていいぞ」
「うまくいったようだな。・・・・・ああ、体が痛い」
ユダは樽から出ると体を伸ばした。
特注の樽とはいえ、成人男性が入るにはやはり小さい。中蓋で人間を隠し、その上にワインを入れてカモフラージュしまんまとユダとヤコブは潜入できたのだ。
ユダはまだ無理やり入る事が出来たが、ヤコブは樽の中で必死に丸まっていたのだろう、体が痺れており、タダイに引っ張り出されていた。
あの後ユダは熱心党を支持する貴族の一人に連絡を取り、名前を借りてぶどう酒を祝いの宴に寄付するよう手紙を書かせた。それを奴隷に扮したシモンとタダイによって届けさせたのだ。
樽を全て荷台から降ろすと、頃合いを見計らったかのように外から声がした。
「おい、荷物を置いたらさっさと立ち去れ」
待ってました、とでも言うようにシモンはタダイに目配せをし、外へ出て行く。打ち合わせ通り私達は扉の影に隠れた。
外でシモンがさも疲れたかのような顔をして言う。
「それが、樽が重くて、僕と兄さんだけではもう少し時間がかかりそうなのです・・・。誰か手を貸していただければ嬉しいんですけど・・・」
しょんぼりとしたシモンの声に兵士達数人が仕方ないな、と声を出す。
外見が幼く、ひ弱に見えるシモンのその言葉は説得力があったのだろう。男を二人、助けに呼ぶことが出来たようだった。
シモンが連れてきた兵士たちが完全に中へ入り、倉庫の扉を占めた後、ユダとヤコブが背後から彼らの手を掴んだ。
タダイによる腹への一撃により気絶させると猿轡を噛ませ、身ぐるみを剥ぎ、見つからないように先程まで私達が入っていた樽の中に閉じ込める。
「それじゃあ、僕達はこれで帰りますけど、無茶はしないでくださいね」
荷台を持ちながらシモンとタダイの二人が言う。ユダたちは急いで剥いだ兵士の服に着替えると二人と一緒に倉庫を出たのだった。
昼飯時を狙って侵入した甲斐があり、ちょうど兵士達の交代の時間に重なった。ユダ達は誰に咎められる事もなく中に入る事が出来、急いでヨハネを救出に向かう。
「ここが、ヨハネが捕らえられているところか?」
周囲に誰もいないことを警戒しながらヤコブが問う。ユダも声を押し殺して答えた。
「ああ。・・・・・・・・・罪人を閉じ込めておく地下牢だ」
あとはこのままヨハネを連れ出せばいい、そうヤコブと目をあわせて確信し合った時だった。
ヨハネのいる牢を警備している兵達の服を見てユダは眉を顰め、ヤコブの腕を掴むと物陰に隠れた。
「どうしたんだ?」
急な行動にヤコブは怪訝な顔をする。
「失敗した・・・・・・」
「・・・・? どういうことだ。あとはあそこへ行って交代の時間だ、とでも言えばいいんじゃないのか?」
「あいつらの鎧の胸元を見ろ」
ヤコブは首だけを出し、それからすぐに物陰に隠れた。
「あれがどうした?」
「気付かなかったのか? あれはアンティパス王の紋章だ。つまり、あそこに居るのはアンティパス王の親衛隊だ」
「・・・・・は?」
アンティパスの軍隊は主力軍と補助軍、それから親衛隊の三つから成っていた。主力軍は主に戦争で戦ったり、城の警備をする。補助軍がその名のとおりにそれらを補助する役割だというのに対し、親衛隊は王の身辺を守る、いわば私兵だった。彼らは胸に王の紋章を付ける。それにより他の兵と区別をしていた。
「今私達が着ているこの鎧は一兵卒のものだ。胸に何の紋章もない。親衛隊はこういう時は全員酒宴のほうの警備をしていると踏んでいたんだが・・・・。読み間違えたな」
「はぁ!? じゃあ、どうするんだよっ。宴まではあと数時間もないんだろ!?」
ヤコブは声を上げる。街のゴロツキのような怒鳴り方だった。慌ててユダは彼の口に手を当てて黙るようにと指示を出す。ここまで来て気が付かれたらどうしてくれるのだ。
夕方に始まるという宴だが、窓から差し込む光によって、太陽が沈んでいるのがわかる。くそ、とユダはヤコブから手を離し悪態をついた。
その時だった。
「なあ、今日は随分と辺りが騒がしいが、何かあるのかい?」
奥からヨハネの声がする。
やはり、ここにいるのか。
ヨハネの声に答えて兵士達が今日はアンティパス王の誕生日の祝いの宴があるのだ、と答えた。
「へぇ、あのおじさん、あんな歳になっても自分の誕生日が嬉しいんだ?」
揶揄するようなヨハネ様の声に、兵士達は舌打ちをする。
「それならば、君達はそちらの警備に当たらなくてもいいのかい? 私の所にいても面白いことなんか何も無いだろう?」
「面白い、面白くないで仕事をする奴があるか。それに、時間になれば俺達もヘロデ王の警備へ行く」
「それは、時間になればここには誰もいなくなるということかい?」
「そんなわけがあるか。俺達親衛隊じゃなく、一般兵が来るんだよ」
「なるほど。時間になれば君たちの代わりに普通の守備兵が来るということだね」
「・・・・・・・・なんでそんな大きな声で言っているんだ?」
わざわざ繰り返し、大きな声で言うその様子から、もしやと思う。やけに響く声だったので内容がよく聞こえていた。
こっそりとそちらの様子を見ると、素知らぬ顔をしたヨハネが親衛隊の男達をからかっている。
せっかく彼が聞き出してくれた情報に二人は安堵のため息をついて時間になるまでその場で待つことにした。
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