episodeー5

 翌日が朝早い事を理由に勝木かつきの家に連行された芹沢せりざわは、何故か勝木の家から本社へ行く事になり、コンビニで買って来た晩飯を二人で食べてテレビを見て、風呂に交互に入ったかと思ったら、早々に「寝るぞ」とダブルベッドに半ば拉致された。


 突き飛ばされる様にベッドにダイブした芹沢は、驚いて振り返り勝木に問う。


「ちょ、勝木さんっ!? まさか、ここで一緒に寝るとか言わないですよね?」

「俺んちには客用の布団なんてねぇんだよ。ダブルベッドだし、ヤロウ二人で寝たって窮屈な事はないだろ?」

「いや、そうじゃ無くて……俺、全然床でもソファでも……」

「風邪でも引かれちゃ寝覚めが悪いだろ。大人しく言う事聞けって」

「でも……」


 芹沢は自分がゲイである事で会社が揉めていると言うのに、勝木が平然と同衾しようとする意味が分からなかった。


「あー、もう、はいはい。ジタバタすんな、良いから寝ろ」

「ちょ、え、あのっ……」


 芹沢は勝木の抱き枕にでもなったかのように、横になった芹沢に勝木は後ろから腕を回して来た。

 肩越しにその髪が触れて、腰に回されている腕は少し重いけどその重みが波立つ芹沢の気持ちを沈めて行く様だった。

 いつもと少し違う石鹸の香りと、風呂上りの緩んだ声。

 芹沢はあのホテルで勝木と話してから二か月以上、こんな風に誰かに触れられる事が無かったので、不謹慎にも身体が火照るのを蹲って堪える。


「逃げんな。寒いだろうが……」


 寝落ちる寸前の少し甘えた様な勝木の声が余計に芹沢の熱を上げて、トイレで落ち着こうと抜け出そうとすればグッと引き寄せられる。


「あの、勝木さん、俺……トイレ行きたい……」

「勃ってるから?」


 腰から滑る様に芹沢の下半身へと片手を宛がった勝木は、芹沢のものを確かめる様に一度撫で上げた。


「ちょ、待っ……」

「お前って男なら誰でもこうなんの? まぁ、男だしそんなもんか」

「いや、え? 何、ちょ、触らないで下さいっ……」


 地味に撫でる様に触られて腰を引きたくても後ろから抱き付かれている芹沢は逃げ場がない。

 勝木の吐息がかかる首筋が熱を上げて、その熱に呼応する様に下腹部にも熱が溜まる。


「ホントに、ヤダから……勝木さんっ!」

「手だけ貸してやるから、我慢すんな」


 借りたスウェットの中に入り込んで来た勝木の手は、思ったより大きくて半勃ちの芹沢のものをすっぽりと覆ってしまう。

 ビクリと仰け反った芹沢は、状況を把握出来ずに涙目になった。

 何の為に勝木がこんな事をするのか分からなったけれど、芹沢は競り上がって来る快感に声を押し殺すのに精一杯で、もう足掻く事さえ出来ずにいた。

 男なら誰でも、と言われて違うと言いたかったのに、勝木さんだからなんて殊勝な事も言えない。

 最初にホテルで話した時に勝木は「俺にそんな趣味は無い」と言っていた。

 勝木がノンケである事は明確で、今更大神店長に失恋したから今度は勝木なんて本気だと信じて貰うのは難しいだろう。

 でも、好きな人に触れられて我慢出来る程、芹沢は大人じゃない。


「……んっ」

「バカが。何で手噛んでる? 声出せ、苦しいだろ」

「やっ……」

「良いから、ほら、好きなだけ声出して気持ちいい事だけ考えろ」

「も……イヤだって……いってる……」

「何、イクの我慢しろとか言われた方が萌えんの?」

「ちがっ……」


 イケよ――。


 耳朶に押し当てられた唇から零れたその夜気を含んだ勝木の低い声に、芹沢の身体はビクリと跳ねる。

 芹沢はほどなく達してしまい部屋のクローゼットから着替えを放り投げて手を洗いに行った勝木を待っている間、壮絶な賢者タイムを味わう。

 何やってんだろ、何でこんな事になったんだろ、自分だけイカされてあの人何であんな平然な顔してんだろ。


「スッキリしたか? 今度こそ本当に寝るぞ。明日早いからな」

「何で……こんな事するんですか?」

「お前があのホテルで俺と話してから、ずっと禁欲してたって言うからだろ。俺は別にそんな事しろって言ったつもりはない」

「別に勝木さんのせいじゃ……」

「自棄になってまた男漁られて仕事に支障が出たら俺も困るからな。ほら、寝るぞ」


 今度は背を向けられてしまった。

 勝木にとって仕事場のスタッフ以上でない事は、芹沢も分かっている。

 それでも、こんな事までして貰うのは芹沢の生まれたての恋心には劇薬でしかない。

 

「おやすみなさい」


 背を向けたのは背中を見ている自分が虚しくて泣きそうだったからだ。



 翌朝、勝木のセレクトした秋物を着て本社ビルへと向かった。

 少しサイズの大きいニットを着せられた芹沢を見て、勝木は「萌え袖かよ」と笑っていた。

 まるで、昨日の晩の事は夢かと錯覚する位、いつも通りだった。


 新幹線で三時間、東京本社はしがないバイトの芹沢には全く違う世界に見える。

 普段はあまりスーツを着ない勝木も、今日はイタリア物のスーツを着て、オールドレザーの鞄を持って、別人のようだった。

 

「良いか、眠兎。お前が貫かなかったら俺も大神店長も勝ち目はないんだ。絶対に逃げんじゃねぇぞ」

「……はい」


 デカいビルの最上階。

 会議室のプレートの貼られたその重厚な扉の前で勝木は芹沢にそう言って、頭に手を乗せる。


「失礼します」


 勝木の後ろに付いて会議室に入ると、円卓の一番遠い所に三十代後半の男が仕立ての良いスーツを着て座っている。

 その男を挟む様に右に女が一人、左に男が一人、女の隣に男が一人、左の男の隣には大神店長が座っていた。


 値踏みをする様な八つの目と、労わる様な大神店長の双眸が芹沢を見ていた。

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