episodeー4
あれから秋冬物の入荷が始まり試験の間バイトに出ていなかった
ラブホテルで
勝木から出される課題を黙々とこなし、接客スキルを上げる為に勝木の接客を近くで盗み聞きし、真島からは作業スキルを盗み見た。
「書いて来たか?
「勝木さん……あの、はい……」
「結構調べたな。お前、頑張るのはいいが卒業出来ないとか言われても困るんだからな」
「あ、はい。大丈夫です」
この冬から春にかけてのトレンドを勉強して纏めたレポートの様な物を提出しろと言われて、昨夜は徹夜で仕上げた。
大神店長は相変わらず西日本を転々と移動しながら、母店であるこの店には月一回来るかどうかで、経営戦略部に呼ばれるのは来春からだと聞いている。
それでも、勝木に出された課題の全てを勝木が目を通した後に大神店長も目を通してくれているらしい。
「お、そうだ。この前お前が接客した岡田さん。お前に見立てて貰ったスーツで面接受けたら再就職出来たって、お前によろしく伝えてくれって態々出向いて下さったぞ」
「ホントっすか!?」
「あぁ、何社も落ちて弱気になってたから、岡田さんすげぇ嬉しそうだったぞ」
「良かったぁ……。落ち込んでたから、岡田さん……」
「アメリカンじゃなくてブリティッシュにしたのが岡田さんを良く魅せてくれたのかもな。あのスーツ着てる岡田さん、三割増しでカッコ良かったもんな」
「少し猫背なのが気になって、タイトな方がスタイル良く見えるかもって思って……」
「そうだな。良いチョイスだったと思うぞ」
「へへっ……あざっす」
芹沢はただ服を売って行くだけの仕事じゃないこの世界に夢中になりつつあった。
家族の事、仕事の事、恋人の事、信頼を得られればプライベートな事情を垣間見る事もある。その度、人それぞれ服を買う理由には拘りも気持ちもあるのだ。
ただ似合うかどうかではなく、生活の一部を演出する為の自分らしさをお客さんと一緒に創っていく。プロデュースするにはまだまだ経験が足りない芹沢も、お客さんからダイレクトに感謝されれば飛び上がるほど嬉しかった。
「お疲れ様です」
聞きなれた声に振り返ると、久しぶりの
モノトーンのチェックのYシャツに黒いレザーのテーラードジャケット、緩いサルエルパンツの柔らかい素材とレザーのハードな素材をチェックでカジュアルに仕上げた大神店長の着こなしは相変わらずカッコイイ。
靴はハイカットのブーツで、シャツに合わせた様なモノトーンのツートンだった。
「お……大神店長……」
「よう、芹沢。最近、頑張ってんな」
「あ、はい。勝木さんが色々教えて下さってるので……」
「そうか」
「あ、いや……俺なんかまだまだですけど……」
「勝木チーフ、ちょっと良いか?」
「はい」
「暫くの間チーフ借りてくぞ。何かあったら携帯鳴らしてくれ」
芹沢は来て早々勝木を連れ立って店を出て行く大神店長の後姿を目で追った。
来月のイベントの話でもするのだろうと、深く考えていなかった芹沢に衝撃的な話が聞かされたのは、閉店して間もなくの事だった。
暫く、と言っていた大神店長と勝木が帰って来たのは閉店前で、二人共険しい顔をしていた。
漠然とした不安が店内に広がって行く。
「切れって事ですか?」
「そうしない為に、食い止めてんだ」
「でもそれじゃ……大神店長の立場が……」
物々しい雰囲気で店に戻って来た二人を見て、
「じゃあ、俺はこれからまた本社戻るから……勝木チーフ、正念場だぞ」
「……はい」
「な、何かあったんすか? 勝木チーフ……」
「真島、お前は帰れ。眠兎、ちょっと来い」
「え……? 俺……?」
バックヤードに呼ばれた芹沢は、訳も分からず座る様に言われたパイプ椅子に腰かけて眉間に皺を寄せる勝木の顔をジッと見た。
別に怒られる様な事は何もしていない、とここ最近の仕事を反芻した芹沢だったが、対応や不良品が原因でショップ店員を名指ししてくる客もいる。
「俺……何か、やらかしたんですか?」
「……」
言葉を選ぶように煙草に火を点けた勝木は吸った煙を天井に向かって吐く様に、上を見上げた。
「お前がゲイだって事を匿名で本社に密告したヤツがいる。ネットで誹謗中傷らしき事も流されているらしい。社名もお前の名前も一応伏せてあるらしいが、見る人が見たら分かると大神店長は言っていた。上はその件でお前の処遇に揉めているそうだ」
「……え」
「大神さんが上に掛け合ってお前が辞めなくて良い様に話を止めてるらしいが、まだ油断は出来ない状況らしい」
「お、俺……何で? あれから、勝木さんとホテルで話してから、俺……一度もそう言う事してない! 俺、ちゃんと真面目にっ……」
「分かってるよ、落ち着け」
「だって、それじゃ……大神店長の立場が……」
「落ち着け、眠兎」
頭に置かれた勝木の大きな掌は、勿体ない位の熱が伝わってくる。
冷たく冷えた唇を、その熱で溶けた何かが伝って落ちた。
「泣くな」
「ひっ……うぅ……」
「大丈夫だから」
一番迷惑掛けたくない人達に、迷惑かけているだけでも芹沢の心臓は潰れて止まってしまえば良いのにと思う程息苦しかった。
「明日、俺と一緒に本社に行くぞ。大神店長もいるから、何も心配要らねぇよ」
「……俺が辞めれば、一番簡単にケリが付くんですよね?」
「バカ言うな。お前は何も悪い事はしてないのに、お前が引いてどうする」
「でもっ……」
「眠兎、自分から絶対に逃げるな。お前が逃げなければ、俺が全力でお前を守ってやる。戦い方を教えてやる。尻尾振って付いて来いって言っただろ」
「勝木さん……勝木……さん……」
芹沢は勝木の高そうなシャツに顔を埋めて泣いた。
煙草の匂いと、いつものムスクのフレグランスが勝木の優しさを代弁する。
ただ黙って泣き止むまでそうしてくれていた勝木は、またあの優しい笑顔で笑っていた。
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