episodeー3
如何わしいピンクの壁紙のその部屋が残念な位似合わない
そこで胡坐を掛ける様な雰囲気でも無く、
「男とラブホテルにいた。これで俺とお前はフェアだ」
「はい?」
「中で何してたかは聞くだけ野暮だろうが、俺にそんな趣味は無い」
「あの……勝木さん?」
「お前はあの日俺にそれを見られた事が気になって、逆ギレしてきたんだろ? だから、これでオアイコだって言ってんだよ」
妄想が行き過ぎていただろうか。
いやでも、勝木がこのホテルを選んだのは偶然か?
でも勝木は真直ぐこのホテルに向かって車を走らせて来た。
経験がないのなら、何故そんな事を知っていたのだろうかと困惑する芹沢はアホ面のまま勝木から目が離せなかった。
「俺があの日あのホテルの界隈にいたのは、あのホテルが親の持ち物だからだ。このホテルも、あのホテルも、親父がやってる」
「え……そう、なんですか……」
飄々として顔色一つ変えずにそんな事を暴露した勝木は、呆れた様に溜息を吐く。
芹沢は不意に片腕を掴まれてベッドサイドへと座らされた。
「良いか、芹沢。俺はお前の事を大神店長から社員に拾い上げて一流のプロに育てろって言われてんだ。あの程度の事で臍曲げて反抗期迎えられちゃ、俺が困る」
「大神店長が……俺の事を……?」
「お前はどうなんだ? アパレルでやって行く気があんのか?」
「……まだ、良く分かりません」
「大学卒業するまでもう一年半も無いんだぞ? 何をどうしたいのか、まだ決まってないのか?」
「俺は……」
誰にも期待なんかされてない。
芹沢は自分がゲイだと気付いたのがかなり早かった故に、親とも幼い頃から噛み合わない事が多々あり、大学に出て来てからも周りと噛み合わない事を当たり前として受け入れていた。
ただ、邪魔にならない様に、親に迷惑かけない様に、生きて行く事さえ出来ればそれで良い。
なのに、容姿も成績も人並みの芹沢は自分が何か出来る等とは思えずにいた。
フリーターになって、当てもなく毎日を過ごして、誰とも知れない男と寝続けるんだろうと、芹沢本人がそう感じていたのだ。
「大神店長はな。お前がゲイだって相当早い内から気付いてたみたいだぞ」
「え……」
「あいつは自分と同じだから、ちゃんと居場所作ってやんねぇとこの先ロクな事にならないって。だから、本人がやりたくないって言うなら別だが、そうじゃ無ければ俺の下で育ててくれと言われている」
「店長……。って言うか、大神店長は勝木さんにカミングアウトしてたんですか?」
「あぁ、大分昔にな。俺がチーフになるって時に自分はそう言う人間だって聞いても無いのに言って来て、それが受け入れられないなら他のヤツの下に異動させる事も出来るからって言われたんだ」
「じゃあ、勝木さんは知ってて大神店長の下に残ったんですか……」
「まぁ聞いた時はビックリしたけど、俺がこの世界に入ったのはあの人がいたからだし、あの人は職場でそう言う話持ち出す事は一切ないからな」
それより、信用してくれてんだって気持ちの方が大きかったから、と勝木は照れを隠す様に煙草に火を点ける。
「信頼してんすね……」
「俺は元々あの人の客で、高卒で社員として働いていた大神さんは俺が大学卒業する頃には店長張ってた。同じ歳の男としてカッコ良いとしか言い様がなかったし、尊敬してる。危うく惚れちまいそうになる位あの人はカッコイイよ」
「ははっ……勝木さんでもそんなジョーク言うんですね」
「大神店長はお前の事、やれば出来るのにあいつは何でやらないのかって俺に聞いて来るから知りませんよって、本人に聞けば良いって答えてたけど、最近その意味が分かった」
「意味……ですか?」
「芹沢、大神さんは近いうちに本社に呼ばれていなくなる。俺が店長になって、お前がどんなスタッフなのか俺が知らない事が問題だって言いたかったんだよ、あの人は」
「……」
「お前はどうしたい? あくまでバイトで辞めるって言うならそれも良い。ただ、大神店長は芹沢ならやれるって思ってる。因みに、俺もそう思う」
「俺、こんなですけど……いいんですか……? 何かを本気でやるなんて自分には出来ないって、やった所で正当な評価はして貰えないって、どっかで思ってる自分がいる……」
別に悪い事なんて何もしていなくても、自分がマイノリティであると言う事が芹沢の自信を喪失させる。
相手がそれを知らなくても、劣等種であるような感覚が子供の頃から抜けない。
「大神店長が言ってたよ。俺達の仕事はキャリアが全てで、免許とか資格が無くても出来る仕事だからその能力には個人差が出る。やればやった分だけ評価してやれるから、芹沢には向いてる世界だって」
ずっと憧れて、片思いしていた大神店長が自分の事をそこまで考えていてくれただけで、弱い芹沢の心からは甘い雫が零れ落ちる。
「まぁやる気あんなら明日から俺が扱く。俺がお前を一人前にしてやるから、尻尾振って着いて来い」
見た事のない勝木の柔らかい笑顔に、芹沢の鼓動は一瞬跳ねた。
弧を描く唇の綺麗な輪郭に目を瞠る。
冷静で仕事以外じゃ無駄に笑わない勝木の珍しいその笑みをずっとどこかに閉じ込めておけたら、芹沢はいつか嫌な事があっても頑張れそうな気がした。
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